第62話 〖空間属性・第二典〗

『おっと、大丈夫か?』

「うぅ……」


 謎の斬撃を放った直後、真っ青な顔で倒れかけたポーラをシュルリと鞭で抱き留める。

 五百越えの〖スピード〗があれば見てから動いても充分間に合うのだ。


『こいつは……多分〖マナ〗切れだな。ちょっと待ってろ』


 他の鞭でマナフルーツを取って来る。

 食べる気力もなさそうなポーラのため、黄色いトマトみてぇなその実を潰して果汁を絞り、果肉を細かく砕いた。


 ボタボタと滴るそれらをゴクリと飲み込むと、ポーラの顔に徐々に生気が戻って行く。

 この辺りには掃いて捨てるほどあるマナフルーツだが、これは相当強力な〖マナ〗回復果実だ。


 実の大きさや熟れ具合にもよるが、一個で最低でも百は回復する。それもかなりの即効性で。

 エルゴが言うには金貨で取引されるレベルの代物だそう。金貨とか言われてもオレはあんまわからねぇけども。


「……ふぅ、ありがとう、コウヤ君。ごめんね、また助けられたよ」

『気にすんな。それよりさっき言ってたのは……』

「うん、〖昇華〗したんだ」


 〖昇華〗。それは魔獣の〖進化〗に該当する、〖属性〗の強化現象。だったと思う。

 魔法の腕が一定以上になると発生するって聞いてたが、こんな唐突に起きるもんなのか。


『あの斬撃も〖昇華〗したから放てたのか?』

「そうだよ。コウヤ君がよく言ってた実際の空間への干渉が〖第二典〗からは出来るみたい」

『なるほど……』


 〖属性〗は〖典位〗によって出来ることが変わって来る。

 例えば〖水属性〗の場合、氷を扱えるようになるのは大抵〖第二典〗かららしい。


 同様に、〖空間属性〗も〖第一典〗では異空間しか扱えなかったのかもしれねぇ。

 これまでどんなに試しても空間を切り裂いたり捻じ曲げたり出来なかったのはそのためかもな。


『よし、それじゃあこっからは〖第二典〗の空間魔法で出来ることを探って行くぞ』

「うん! あ、でももう一つマナフルーツ頂戴。〖昇華〗で〖マナ〗総量が増えたから一つじゃ全快しないみたいで」

『おぉ、そうか』


 それからポーラは二つ目の果実を食べ、しっかり〖マナ〗を回復させた。


『まずは例の斬撃からだ。あそこの木に向かってやってみてくれ』


 少し離れたところにある、果物の実っていない木を指して言う。

 それから二人── 一人と一体──揃ってその木の前に移動した。


「それじゃ行くよ──〖スペーススラッシュ〗!」


 すぅ、と息を吸って、吐いて、短剣を逆袈裟に振り抜く。

 短剣の切先が幹を掠めた。


 ──ズズズ……。


 その数秒後。短剣の太刀筋に沿って幹は音もなくズレて行き、最後には重低音を響かせ地に落ちた。


「やった!」

『とんでもねぇ切れ味だな……』


 いや、凄いのは切れ味だけじゃねぇ。

 短剣の刃渡りは、当然ながら幹の直径よりは遥かに短い。にもかかわらず、たった一太刀で木を斬り倒した。

 明らかに道理から外れている。


『一体全体どういう理屈だ……?』

「範囲のこと?」

『ああ』

「それは〖スペーススラッシュ〗が〖ウェーブスラッシュ〗を応用した技だからだよ。『空間を斬り裂く魔法』を斬撃に乗せて飛ばしてるんだ、こうした方がやりやすいからね」


 なるほど。たしかに発動前の挙動は〖ウェーブスラッシュ〗に似ていた。

 魔法はイメージが大事だと聞くし、使い慣れた〖スキル〗を媒介にしたのか。


『攻撃範囲が伸びてた理由は分かった。なら逆に、それの範囲を短剣の刃渡りと同等まで絞ることも出来るのか?』

「多分……〖スペーススラッシュ〗ッ、出来たよ!」

『ほうほう、〖マナ〗消費はどうだ?』

「えぇとね、うん、軽くなってる。さっきは三十くらい持ってかれたけど、今は十くらいしか減ってない」


 その後、何度か検証して〖マナ〗消費は切断面の面積に比例すると判明した。

 過不足ない範囲指定が今後の課題だが、ポーラはこういった〖マナ〗操作の伴う調整は得意だし心配はいらねぇな。


 それよりも今はもっと性質を調べるべきだ。


『なぁ、その魔法は短剣を振らずに発動出来ねぇのか?』

「んー、難しい、かなぁ? 出来なくはないと思うけど難易度は上がるし、それに〖マナ〗消費も重くなるはず。短剣に乗せる事で節約してるけど、現実の空間に干渉するのって結構大変だから」

『そうか……なら次は斬られた空間がどうなってんのか確かめよう』


 言いながら、鞭を斜めの切り株へと伸ばす。

 断面の縁を撫で回してみるが、鞭が不自然に斬れたり止まったりはしねぇ。既に斬られた空間は元通りになってるみてぇだ。


「それなら調べるまでもないよ。アタシには〖空間把握〗があるからね。空間の裂け目が本当に一瞬で閉じてたのは確認済み」

『そうだったのか』


 空間の断絶は長持ちしねぇらしい。


『じゃあ斬撃をその場に留めて罠にしたり、ってのは難しいのか?』

「そうだね。出力を上げるとやっぱり燃費が……」

『出力……? 空間を裂くだけなのに出力を変える必要があるのか?』

「ああ、うん。説明が難しいんだけど、形ある物を壊すには普通の出力じゃ駄目なんだよね。ほら、〖スペースホール〗の縁で物を切れないか試したことあったでしょ?」

『やったな、昔』


 結果は不可能だった。

 縁に物をぶつけると縁の方が欠けてしまうのだ。


「あれが失敗したのも出力が低かったからだよ。〖スペースホール〗じゃ物体の空間的強度を破れないの。だから魔法の方が押し負けちゃう。でも空気は別みたいだよ。さっき斬った感触だとかなり脆かった」

『空間的強度……物的強度〖タフネス〗霊的強度〖レジスト〗とは違ぇのか。どういうものが固いとか分かるか?』

「それはまだちょっと……あ、でもコウヤ君には全然刃が通らなかったよ。空気どころか木とも比べ物になんないくらい」


 うーん、生物か非生物かで変わる……とかなのか?

 これも要検証だな。


 それに、〖典位〗が上がったことで他にも出来ることが増えてるはずだ。

 その辺りもきちんと調べるとしよう。

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