第61話 魔法訓練

「──えっと……コウヤ君、だよね?」


 声のした方に意識を向ければ、空中にビー玉ほどのあなが開いていた。

 孔の向こうにはどこか知らない場所の景色が映っている。


『そうだぜ、オレだ。一昨日〖進化〗したんだ』


 〖意思伝達〗を使って思念波を拡散させる。

 実は〖意思伝達〗には二種類の発信方法があり、個人に対してか周囲に居る者全員に対してかを選択できるのだ。

 今回は後者を使った。


 どうやらオレの思念は届いたらしく、ズズ……と孔が拡大して人間大になると、そこを通ってポーラが姿を現す。

 冒険者らしく革鎧を纏っているが、普段の冒険者活動時とは違いバスケットは持っていない。


「……うそ……ホントに〖凶獣〗になったの……?」

『おう! ヒュドラを倒した〖経験値〗で〖レベル100〗を超えたんだ。それもこれもポーラとエルゴが協力してくれたおかげだぜ、ありがとな!』

「う、うん。どういたしまして……?」


 小首を傾げながらもポーラは答えた。

 それから恐る恐るといった調子で言葉を紡ぐ。


「アタシ、〖凶獣〗って見るの初めてだよ……。すっごい、本当に木よりもおっきいんだね。それに存在感も。まるで空間に直接根を張ってるみたい……」


 しげしげとオレの全体を見渡すポーラ。

 それから好奇心を目に宿して提案して来た。


「……ちょっと触ってもいい?」

『いいぞ、それぐらい』


 許可を出すと彼女は右手の指を伸ばし、夏空のように澄んだ青色の体表をペタペタと触る。

 若干くすぐったい。


 ポーラは興味深げに立方体の面の一つを撫でているけど、でも分かることってそんなないと思うんだよな。

 感触だってジュエルスライムだった頃と変わらねぇはずだし。


 少しして彼女は満足したのか手を離し、それから目を輝かせて口を開く。


「ね、ね、ちょっと上に乗って見てもいい!?」

『お、おう』

「やったっ」


 やけにテンション高いな。さっきまでの緊張は解れたみてぇだが……。

 まあいいや。肉体を階段状に変形させて……と。これで上れるだろ。


「うわぁっ、高っかぁ!」

『落ちるなよー』


 体の縁に立って見晴らしの良さに感嘆するポーラへ、そんな忠告をする。

 まあ、万が一落ちてもポーラにダメージはねぇだろうけども。


 空間魔法を覚えてから〖レベル〗上げも積極的にしており、今では〖レベル20〗を超えている。

 〖タフネス〗による頑丈さと〖スピード〗による受け身の取りやすさが合わされば、この程度の高さは脅威じゃねぇ。


 それからもいくつか彼女に付き合い、そうしてようやく魔法の修行に入る。


「ごめんなさい。少しはしゃぎ過ぎました」

『いや、うん。気にしなくていいぞ』


 この段階になるとポーラも落ち着きを取り戻していた。

 先程までの浮ついた様子を思い出してか、顔を両手で覆っている。


『じゃあこの前と同じように好きなように仕掛けて来てくれ』

「あ、うん。ちゃ、ちゃんと手加減してね……?」

『当然だ』


 その答えに安心したのか、ポーラは腰の短剣を引き抜くと真っ直ぐに走り出した。

 オレは鉄製の盾を模り彼女に向ける。


「たぁぁぁっ!」


 気勢を上げての斬撃を、盾で真正面から受け止めた。

 少し会わない内に彼女の〖レベル〗はまた上がったようだが、だからって鉄盾を壊せるわけじゃねぇ。

 当然、刃が弾き返される結果となる。


 けれどこうなる事はポーラももちろん織り込み済み。すぐさまニの太刀、三の太刀を放って来た。

 右へ左へ揺さぶりを掛けつつ、盾を突破して本体を斬り付けようする。


 しかしオレもそう簡単に攻撃を通させはしねぇ。

 盾を動かす速さはポーラの動きと同程度に抑えているが、動体視力を落とすことはできないため、正面からのぶつかり合いじゃオレが断然有利だ。


「〖スペースホール〗!」

『!』


 だからこそポーラは魔法を使う。

 空中に孔が開き、そこを通ってポーラはオレの背後に出た。ここらの植物の多くに『マーキング』が施されているのだ。


「はぁッ」

『っぶねぇ』


 背後にもう一つ盾を模り受け止める。

 転移先では〖マナ〗が高まるので普段は察知できるのだが、今回は上手く隠されていて危うく見逃すところだった。


 それからもポーラは転移を駆使してオレの死角を突こうとし、オレは〖マナ〗の流れに神経を尖らせて不意打ちを防ごうとする。

 ポーラは実戦で空間魔法を洗練させられ、オレは〖マナ〗の感知をより高精度で行えるようになる。

 ウィンウィンな修行だ。


 そんな修行が始まって数分が経ち、ポーラの現在の力量も把握できた。

 そろそろ本格的に始めるとしよう。


『こっからはオレからも仕掛けるぞ』

「うんっ」

『よし、雷撃・弱!』


 〖マナ〗が雷へと変わり宙を翔ける。

 威力も速度も十分の一程度まで落としているとは言え、ポーラの〖スピード〗じゃ見てから避けるのは不可能な速度だ。


 けれど雷撃が通り過ぎた時にはもう、彼女は軌道上にいない。

 〖マナ〗の揺らぎから雷撃の軌道を先読みし、発動より早く躱し始めているそうだ。


 攻撃を続行する少女に数度雷撃を放ち、全て避けられ、ここでさらに攻撃方法を追加する。

 体の上部を鞭に変形させてポーラへと振るった。


「っ、フぅっ」


 ポーラはこれも紙一重のところで躱す。攻めの手もほとんど緩んでねぇ。

 頭上──視覚外からの攻撃も〖空間把握〗に掛かれば丸見えだ。


「スラ、スラ」


 二本目、三本目と鞭を増やした。雷撃も交える。

 そうするとさすがのポーラも回避が追いつかなくなり、そして遂に雷撃が彼女の体を撃つ──、


「〖スペースホール〗!」


 ──寸前で孔が発生し、雷撃はそこを通ってオレの背後に転移した。

 〖スペースホール〗を応用し、攻撃を相手に返す技だ。


 自身を転移させるよりも孔の発生から攻撃到達までの時間が短いため、防御の難易度が高い。


「(〖レプリカントフォーム〗)」


 が、今回は〖スペースホール〗の〖マナ〗を感知できた。背面に盾を模り雷撃を防御。

 修行での成長を感じながら正面の盾でポーラの斬撃を受け止める。


 鞭を避けながら斬撃を重ねる少女。

 もはや何度目かも分からねぇ斬撃が繰り出され、それを盾が受け止めず、〖受け流し〗。


「うひゃあっ!?」


 ポーラが地面を転がる。

 込めすぎてしまった力に足を取られたのだ。


『力任せになりすぎるなよー』

「うんっ」


 すぐさま立ち上がり再び駆け出す。

 そのようにして今日も魔法の修行は続いて行った。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>戦火いざなう兵器産み、不破勝鋼矢が〖パリィ〗を獲得しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 しばらくして、ポーラが肩で息をし出した。

 ぐっしょりと汗をかき、表情は険しく、〖マナ〗も体力も尽きかけなのは一目瞭然だ。


 ポーラは頑張りすぎるきらいがあると言うか、ただの訓練でもぶっ倒れる寸前まで自分を追い込むことがよくある。

 そろそろ休憩を提案するかなぁ、とオレがタイミングを見計らい始めたその時。


 歯を食い縛って剣を振りかぶるポーラが、短剣に大量の〖マナ〗を送り込む。


「やあぁぁァッ!!」

『何だ……?』


 〖ウェーブスラッシュ〗にしては〖マナ〗が多すぎる、と怪訝に思いつつも盾で受けた。すると盾とその向こうにあるオレの体表がいとも容易く斬り裂かれる。

 まるで豆腐を切ってるみてぇに何の抵抗もなく。


 驚いて〖ステータス〗を確認するが、〖ライフ〗はほとんど減ってねぇ。

 そのダメージも〖高速再生〗で一瞬にして治癒していた。


 目立った損傷は壊死した盾くらいで、本当に斬られたのか疑いたくなるくらいに体の傷は微少だったのだ。

 いや、微少って呼び方は違うか。鋭利、が正しい。

 紙一枚分の厚みすらねぇ程に、意識しなければ斬られたことにすら気付けねぇ程にその切り傷は薄く、鋭かった。


 そんな不可解な斬撃を放ったポーラは、短剣を振り抜いた体勢のまま、ポツリと呟く。


「……〖典位〗、が上がった……みたい……」


 そして言い終わるかどうかのタイミングで、ふらりと崩れ落ちたのだった。

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