第60話 ヒュドラの武器

「(ふぅ、こんなもんか……)」


 最後のヒュドラ武器を作り終えた。

 素材にはまだ少し余裕があるが、残りは何かあった時のために取っておく。


「(これだけ作れば充分だろ)」


 完成した武器達を見る。

 鞭に始まり槍、鎚、剣、弓の計五つだ。

 〖凶獣オレ〗の体格に合わせたためどれも電柱みてぇなサイズで、鞭に至ってはさらにその二倍はある。


「(よしよし、張り具合も充分だな)」


 毒弓を手に取り弦を弾いた。

 この弦は、非常に強い弾力を持つヒュドラの毒腺を糸状に加工したもので、〖凶獣〗の膂力でなくては引くことさえ難しい。


「(風除けの弓は最近ちょっと柔く感じてたからなぁ。よっぽど遠くを狙うんでなけりゃこっちのが強そうだな)」


 ヒュドラの毒弓には風除けはねぇが、その分弾性向上と弾性限界上昇を付与した。

 普通に射るだけでも、風除けの弓で〖ウェポンスキル〗を使ったのと同等の威力が出るはずだ。


「(毒矢も出来たし遠距離戦力が大幅アップだぜ)」


 五つの武器を作る中で余分な素材が出たので、その中の牙を使って数本だけ矢も作製した。

 命中した時〖毒〗を与えるっつーシンプルかつ強力な効果を付けている。


 毒弓に〖マナ〗を込めると矢に〖毒〗を乗せられるので、毒矢と合わせれば二重に〖毒〗を付与できる。

 ヒュドラ戦で数を減らした爆発矢と並び、毒矢も量産して行くことにしよう。


「(〖武具格納〗)」


 ヒュドラ武器、及び周囲の武器化した植物達を仕舞った。

 〖進化〗による体積増加で〖武具格納〗の容量は増えているが、さすがに何度も森を武器にしてたらすぐに限界が来そうだ。


「(まっ、『収束・・』がありゃその心配はいらねぇんだけどな)」


 自身の〖制圏〗に意識を向けながらそんなことを思った。

 完成品を眺めていた時も、武器になった植物を集めていた時も、そして拠点の花畑に向かっている今も、〖縄張り〗は発動したままだ。



~制圏詳細~~~~~~~~~~~~~~~

追加効果:『鋭利』『収束』


縮小 〖制圏〗の効果範囲を狭める。

収束 〖制圏〗の効果範囲を極小化。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 範囲を絞るように意識し続けていたからか、オレの〖制圏〗には『収束』が追加可能になっていた。

 『収束』で極小化した〖制圏〗は、ちょうどオレだけを覆う形になる。一ミリの誤差も無く、だ。


 武器化やその他諸々のデバフが無意味になるが、ここまで範囲が狭まると〖マナ〗消費がほぼなくなる。

 加えて花畑などに影響も出ないのだから良いこと尽くめだ。


「(つっても、切り替えで消耗しちまうのは難点だけどな)」


 便利な『収束』ではあるが、デメリットもあるにはある。


 広範囲に〖制圏〗を広げる場合、『収束』を外さなくてはならない。

 しかし、〖縄張り〗発動中に追加効果を付け外すには〖マナ〗を必要とする。僅かとは言え時間もかかる。


「(一長一短……てほど損得が釣り合ってはいねぇか)」


 それでも『収束』を使っているのは、単純にこちらの方がメリットが大きいからだ。

 オレは〖貯蓄〗のおかげで〖マナ〗には余裕があるし、急いで〖制圏〗を広げたり追加効果を付け替えたりしなくてはならない事態ってのもあんま浮かばねぇ。


 結局、『収束』で常時〖縄張り〗を発動し、『鋭利』で切れ味アップの恩恵にあずかるのが最善だと思う。

 ──と、そんなことを振り返っていると拠点の花畑に着いた。


「(ん~……もう寝るか)」


 まだ空は茜色だが、今日は本当に色々あった。

 ヒュドラを食べてお腹も空いていなかったオレは、そのまま眠りに就いたのだった……。




「(そいや)」


 鞭を振り上げ、振り下ろす。ヒュドラの鞭の先端が霞み、破裂音と炸裂音が同時に響いた。

 無謀にも花畑に踏み入った熊の〖豪獣〗の、右肩部分が弾け飛ぶ。


「グオォォォオオッ」


 右前脚が地に転がり、熊は絶叫を上げた。

 元からダラダラと涎を垂らし、あまりご正気ではないご様子だった熊さんだが、この一撃を受けて冷静な思考力を取り戻したらしい。


 慌ててこの場から逃げ去ろうとして、しかし二歩目を踏み出す前に崩れ落ちる。

 鞭の毒が効いたのだ。

 倒れながらも這って逃げようとしていた熊だが、程なくして大量の血を吐き絶命した。


「(相っ変わらずえっぐいな……)」


 この毒鞭は〖百毒牙〗の性質を受け継いでおり、傷口から多種多様な毒を与えられる。


 〖ライフ〗の減少。身体の弱化。感覚の麻痺。回復の阻害。そして免疫の無効化。

 以上、五つの効能を持つ〖毒〗だ。

 百毒ってのはかなーり名前負け感があるが、強力なことには変わりねぇ。


 さて、そんな毒鞭を熊へと伸ばし、巻き付け、自分の元まで持って来て捕食する。

 熊は〖豪獣〗なだけあって二メートル以上はあったが、今のオレの〖パワー〗なら鞭一本で持ち上げられる。


「(もぐもぐ……やっぱ〖凶獣〗は基礎能力から違ぇな)」


 先の戦闘、とも呼べない蹂躙劇を思い返し呟いた。

 〖進化〗を遂げたあの日から二日。〖凶獣〗という存在がいかに桁外れかはこの二日で何度となく味わった。


 〖ウェポンスキル〗すら使ってねぇ通常攻撃で〖豪獣〗をワンパンできるのだから恐ろしい。

 文字通り格が違う。


「(〖激化する戦乱〗……こいつの素材は特に必要ねぇな。全部溶かすか)」


 硬い爪や牙、毛皮を全て吸収した。今のオレの〖分解液〗ならこのくらい造作もねぇ。

 それから体の一部を鞭へと変え、縦に横に何度も振るう。鞭攻撃の訓練だ。


 剣や槍を手に入れる前のオレは体を鞭のようにし、〖ウィップ〗などの〖ウェポンスキル〗で戦っていた。

 だが肉体を変形させてそれっぽくしただけの物と、今使っている本物の鞭では使い勝手が全く異なる。


「(やっぱ余計な干渉はしねぇ方がいいみてぇだな)」


 数度鞭を振るってみて、昨日下した結論を再確認した。

 鞭は鎖同様、オレの意思で自在に動かせるのだが、それを利用するよりも柄だけ動かし反動やしなりを活かした方が威力が出る。


 変に干渉すると勢いが殺されるっつーか、連動が邪魔されるっつーか、そんな感じだ。

 力の正常な伝播を阻害しちまうんだとオレは思ってる。


「(ハッ)」


 だからこそ昨日、半日を費やして鞭の振り方を研究した。

 どうすればはやく鋭く振るえるか、試行錯誤を重ねた。


 教本も何も無い訓練だったが、〖レプリカントフォーム〗で模倣した鞭は体の一部みてぇなもんだし、〖激化する戦乱〗の解析能力も手伝ってそれなりにコツは掴めた。

 敢えて一旦引き、反動を付けてから前へ鞭を振るう。

 よくしなる一閃が空気を切り裂く度、笛にも似た高音が鳴り渡る。


「──えーっと……コウヤ君、だよね?」


 と、どこか遠慮がちな声が響いたのはそんな時だった。

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