第55話 ヒュドラ2

 〖スキル:死毒の吐息〗。毒霧の奔流を吐き出して広範囲を攻撃し、触れたモノを重篤な〖毒〗で侵すヒュドラの〖スキル〗。

 〖マナ〗消費は重いがその分威力・毒性・速度・範囲の全てが頭抜けており、冒険者ギルドの資料ではヒュドラの切り札的〖スキル〗なのではと推測されていたらしい。


 だからこそ、戦いが長引けばどっかのタイミングで使われると思ってたし、その時に備えて準備もしていた。

 弓矢を引き絞った状態で体内に沈め、いつでも撃てるようにしておいたのだ。


「(──〖ヘビーシュート〗!)」


 ガバリと開かれた五つの口の内、真ん中の口を狙って爆発矢を射る。

 走りながらの射撃でも〖狙撃〗の補正は遺憾なく発揮された。高速で空を切った矢は見事、ヒュドラの口内へと侵入した。


 爆発音が響き射られた首が大きく仰け反る。〖スキル〗の発動が中断された。

 しかし残る四つ首は未だ健在。〖転瞬〗や〖遁走〗込みでも既に回避不能な段階。


 中断させられた首の無念を受け継ぐようにして、四つの息吹が勢いよく解き放たれた。

 まあもちろん、〖死毒の吐息〗への防御策も用意してあるんだが。


「(〖武具格納〗!)」


 オレは〖ヘビーシュート〗を放った直後から、〖武具格納〗から武器をいくつも取り出していた。

 それは盾……ではない。どれだけ巨大な盾でも体を覆うには足りねぇし、複数の盾を並べたとしてもどうしても隙間は出来ちまう。

 〖死毒の吐息〗は一定時間滞留するらしいのもあって盾じゃ防げねぇ。


 だからオレが取り出したのは爆発矢だ。その数、十本以上。

 息吹が命中した衝撃によってそれら全てが一斉に起爆、閃光と爆音が森を駆け抜けた。


「(ぃよっし、上手く行った!)」


 森を走っていたオレは爆発に押され、さらに加速し吹き飛んで行く。

 反対に、息吹は爆風で散らされた。


 如何いかんせん障害物の多い森の中、しばらくしてオレは木に当たり止まったが、それまでの間に息吹の射程からは脱出。

 爆発後の息吹の滞留も躱すことができた。


「(〖毒〗は……食らっちまったか。けどこの程度なら問題ねぇな)」


 再度走り出しつつ〖ステータス〗を確認した。

 僅かに毒霧を浴びたせいで〖毒〗にはなっちゃいたが、少量だったから症状は軽微だ。


 今回受けた〖毒〗の効果は〖ライフ〗が漸減するっつう初歩的なもので、減少量も毎秒一未満。

 〖自己再生〗と効果が相殺し合ってるのもあるんだろうが、五秒かけてようやく〖ステータス〗上に変化が現れるくらいだ。


「(この程度なら戦闘に支障はねぇな。〖抗体〗の発動条件も満たせたし結果オーライだ!)」


 〖スキル:抗体〗には〖状態異常〗になった時、一定時間その〖状態異常〗への耐性を得るって効果がある。

 これにより、少なくともヒュドラとの戦闘が終わるまでは〖毒〗に強くなれた。


 と、その時。オレの後方の毒霧を突き破ってヒュドラが姿を現した。


「(あの首にもダメージを与えられたみてぇだな)」


 その姿を見て安堵する。

 口を爆発矢が直撃した首は、ボタボタと血を流しもう接近戦は出来なさそうな有様だった。


「(けど、二発目は厳しそうだな……)」


 先の件で懲りたのか、首達はピッチリと口を閉じている。

 徐々に距離が縮まっており今なら〖死毒の吐息〗が届くはずなんだが、使ってくれる気配はない。


 隙の少ねぇ毒液は一瞬だけ口を開けて飛ばして来てるが、息吹はそんな軽々とは使えないんだろうな。

 まあぶっちゃけ走りながらじゃ、首が届くくらい近付かねぇと口を狙撃できねぇんだけどな。


 それよりも着目すべきはヒュドラの冷静さだ。

 〖挑戦〗や〖蠱惑の煌めき〗を使ってんのに無理に攻めようとして来ない。厄介だ、こいつには赤い怪物にした高高度〖墜撃〗みてぇな隙のデカい攻撃は躱されちまう。


「(〖コンパクトシュート〗、〖コンパクトシュート〗、〖コンパクトシュート〗!)」


 手持無沙汰なので爆発矢を何発か射かけてみる。

 〖連撃〗も最高潮に達しており、体表をそこそこ削れたものの、結局これじゃあ決定力が足りねぇ。


 射撃のために少し速度を落としたことでヒュドラとの距離も縮まったことだし、ちょうどいいのでそろそろ接近戦と行こう。


「(うーん、〖空中跳躍〗での奇襲もやっぱ警戒されてんなぁ)」


 距離がある一定より近づいたところで、ヒュドラが毒液を飛ばして来なくなった。

 毒液担当の二本の首が目を光らせており、オレが反転攻勢に出るのを今か今かと待ってやがる。


「(だったらお望み通り近づいてやるよ、〖ヘビーシュート〗!)」


 噛みつきの射程に入る直前、さっき息吹を中断させた首を再び爆発矢で狙った。

 その首が爆発矢を大袈裟に避けると同時、オレは鎖鎌を木に引っ掛けてそこを基点に半回転。速度を殺さず方向転換した。


「ヒシャゥッ」

「(〖空中跳躍〗!)」


 爆発矢を射なかった方の首が毒液を飛ばして来るが、予め来ると分かっていれば回避は容易。

 〖転瞬〗の効果と合わせ、オレは勢いよく上に跳び毒液を躱した。


 枝葉を突き抜け空中へ。

 ヒュドラの首が一斉にオレを見上げ、視線の先でオレは彼らに弓を引く。


「(〖コンパクトシュート〗!)」


 すかさず放った矢はヒュドラの目を狙っていたのだが、さすがにこんな状況で目なんて小さな部位を狙うのは難しい。

 矢は額に命中した。


 そんなことをすれば当然、首達は怒って毒液を吐き出すのだが、それこそがオレの思う壺。

 毒液達を躱すために〖転瞬〗が発動し、〖空中跳躍〗や〖猛進〗と合わせて急加速。


「(〖ヘビースラスト〗!)」


 落下と同時、一本の首を目掛けて真紅の槍を突き出した。

 オレの急加速に付いて来れなかったその首は、無防備に頭部を貫かれる。

 短く絶叫した後、首は地面に倒れ動かなくなった。


「「「ビィジャアァァァッ」」」

「うおっと」


 オレをしぶとい〖豪獣〗じゃなく、本物の敵だと見定めたんだろう。ヒュドラは突如、猛攻を始めた。

 負傷で毒液吐きに徹していた二本の首達も含め、四本の首が暴走したように牙を剥く。


 だが当然、反撃が来ることは予想できていた。

 回避のための〖スキル〗を活かして冷静に捌いて行く。


 シチュエーションは初めに接近した時と同じだが、オレにはその時より余裕があった。

 オレが相手の動きに慣れた事や、そもそも半数の首が傷で動きを鈍らせている事などが要因だ。


「(〖コンパクトスラッシュ〗!)」


 今では躱しざまに反撃をする余裕も生まれた。

 〖連撃〗や〖クロスカウンター〗の乗った斬撃は鱗を易々斬り裂き、ヒュドラが苦痛の叫びを上げる。


「(けどやっぱ決定打にはならねぇよなぁ)」


 今は何とか翻弄できてるが、これも永遠には続かねぇ。

 オレの体力が切れたり、ヒュドラがこっちの動きを見切ったりする可能性もある。それに何より、時間をかけすぎると与えた傷が癒えちまう。


 ヒュドラには強い毒性の他に、回復力が高いって特徴がある。

 これは〖自己再生〗の上位版である〖毒蛇の生命〗の効果であり、おかげで爆発矢のような焼く攻撃や、再生阻害付きの真紅の槍での攻撃じゃねぇとすぐ再生されちまう。


 そんな事を考えながら傷を与えて行くことしばし。

 オレはそれまでより僅かに高く〖跳躍〗し、そこへ猛烈な速度でヒュドラの顎門あぎとが差し向けられ、そして噛みつかれる寸前、


「(ふんぬっ)」


 オレは全力を注ぎ体を変形させた、リング状に。

 ヒュドラの頭は今更止まったり軌道を変えたりすることもできず、オレの真ん中に空いた穴を通過。

 直後、オレは体を収縮させ首に巻き付く。さながら首枷だ。


「ヒュアァァっ!」

「(〖不退転〗っ、そう簡単には振り落とされねぇぜ!)」


 ガッチリと捕まるオレを落とすべく、ヒュドラの首が左右に前後に振るわれる。揺さぶられる。地面に打ち付けられる。

 けれど、オレは巻き付いた位置から少しもズレない。驚異のフィット性を実現していた。


 あまりじっとしていては冷静に他の首から毒液を掛けられそうなので、揺れに慣れた段階で迅速に攻撃を開始。


「(食らえっ……いや、オレが食らうのか……? まあいいや、〖嚙み千切り〗!)」


 そして体内でいくつもの真紅の槍を模倣し、それらを並べて牙に見立て、突き立てる。


「ビョシュァぁぁっ!?」


 けたたましい悲鳴が響き、ヒュドラの動きが一層激しくなった。

 落とされないよう踏ん張りながら、何度も何度も槍を突き立てる。


 ヒュドラ側は巻き付かれた首がビタンビタン跳ねるばかりで対抗策を講じられていねぇ。

 他の首達が援護しようとしちゃいるが、激痛で勢いよく首を振っているため手出しのしようが無いみてぇだ。


 首から溢れる血を浴び、耐性を貫通して軽度の〖毒〗になりつつも、オレはひたすら噛みつき続けた。

 そして〖嚙み千切り〗の回数が十を超えた頃、遂に首が動きを止める。仕留めることに成功したのだ。


「(ハァ、ハァ、これで、二本目……)」


 半ばまで噛み千切られ、動きの止まったヒュドラの首。そこに居座るオレへと他の首達が殺到し、オレは慌てて〖跳躍〗を使った。

 オレの体でき止められていた血が噴き出るのを、離れた地面に着地しつつ見る。


 〖毒〗は悪化したが、まだ〖ライフ〗漸減と多少の〖スタッツ〗低下しか受けてねぇ。

 対するヒュドラは戦力四割減だ。

 この勝負、行ける! あと三本も一気に刈り取ってやるぜ!


「(……あれ?)」


 ガクリ、と残る三本の首から力が抜ける。

 既に力を失っていた二本と異なり、三本首は必死に動こうとしているが、芋虫みたく地面を這うばかりでさっきまでの威容がねぇ。


 い、一体どうしちまったんだ? 死んだ振りなのか……?


「(いや、冷静に考えろ)」


 頭を貫かれ、首を半分喰い千切られたのだ。

 普通の生物なら即死だし、いくら頭が複数あったって出血多量で死ぬに決まってる。


 〖凶獣〗の莫大な〖ライフ〗ならそんな状態でもある程度生き永らえられるのだろうが、戦闘行動をするほどの活力は残っていなさそうだった。


「(何だかなぁ……)」



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルアーマリースライム)が〖スキル:精密射撃〗を獲得しました。〖スキル:狙撃〗が統合されます。

>>〖スキル:毒手〗を獲得しました。

>>不破勝鋼矢(ジュエルアーマリースライム)の〖魂積値レベル〗が111に上昇しました。

>>〖進化〗が可能になりました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 少し釈然としない消化不良な気持ちのまま、〖レベル〗の上がる感覚を味わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る