第54話 ヒュドラ

「(〖コンパクトシュート〗、〖コンパクトシュート〗、〖コンパクトシュート〗──)」


 沼地の傍の木の上で、ヒュドラへ爆発矢を連射する。

 やじりが爆ぜる度に鱗が剝がれ、血肉が舞う。


 だがそれはヒュドラの巨体からしちゃ掠り傷だ。

 五つの首を一斉にオレの方に向け、一気に距離を詰めて来やがる。


「(速ェなっ)」


 モーターボートのような初速で沼を割って駆けるヒュドラ。

 真っ直ぐ来てるから矢を外してはいねぇが、逃げに徹されたら当てるのは難しそうだ。


「ヒシュアッ」

「(うおっ、〖跳躍〗!)」


 首の一つが毒液を吐き出した。〖スキル:塗炭の吐露〗だ。

 高速で迫る毒液を跳んで回避する。


 毒液はオレが先程まで乗っていた木に当たった。

 その衝撃で木は軽く揺れ、かと思えばみるみる枯れて行く。毒液の力だ。


 この辺の植物は毒に高い耐性を持つはずなんだが、やっぱヒュドラ自身の能力は格が違ぇな。

 喰らわねぇようにしねぇと。


「(〖猛進〗!)」


 ヒュドラから逃げるようにしてオレは森の中へ逃げる。

 射撃は木から降りた時点で中断した。


 沼を出たヒュドラは立ち並ぶ木々を薙ぎ倒しながらオレを追う。

 〖遁走〗があっても速力で負けており、距離は徐々に詰められていた。


 まあ、毒に侵された森を出られさえすればいいので、このペースなら問題ねぇ。

 〖制圏〗の効果が馴染んでる場所だと効力がより強まるから、それを避けるためだ。


 やがて普通の森に入れたが、そのころには距離も随分縮まっていた。

 ついに射程に捉えられ、首の一つがオレを呑まんと伸びて来──。


「(〖空中跳躍〗、〖レプリカントフォーム・模倣〗、〖ヘビースラッシュ〗ッ!)」


 宙を踏みつけ進行方向を百八十度転換。

 〖受け流し〗による反作用の利用を始め多くの〖スキル〗の補正が乗り、素の〖スピード〗の数倍に匹敵する速度で空を切る。

 顎門を開いたヒュドラの首の、その真横を翔け抜けたオレは交錯の刹那、真紅の槍を閃かせた。


「「「ビィァァァっ」」」


 悲鳴を聞きながらも油断なく、背後から攻撃を仕掛けようと準備したその時。

 視界を紫紺が横切った。


「(ぐおっ!?)」


 強い衝撃に吹き飛ばされる。

 尻尾で薙ぎ払われたのだ。


 ヒュドラの〖スタッツ〗は平均600くらいで、防御貫通系の〖スキル〗もねぇからオレは無傷だが、周囲の木々は扇状に破壊されている。

 ただの尾撃でとんでもねぇ威力だ。


「(それでこそ〖凶獣〗だぜ!)」


 すかさず弓矢を取り出し〖シュート〗を一発食らわせる。

 〖ウェポンスキル〗の違いや〖連撃〗数の増加で、初めの連射よりも威力が上がっていた。

 それでもヒュドラにとっては掠り傷であり、何の躊躇いもなく向かって来るが。


「(けど、槍の一撃は効いたみてぇだな)」


 四つの頭が威嚇するように鎌首をもたげているが、残る一本は縮こまっている。

 頭の高さは一軒家の屋根くらいの位置にあるのに一つだけ縮こまってると少しシュールだ。


「(──なんて、ふざけたこと考えてる暇はねぇかっ)」


 深い傷を付けられたことでヒュドラ達も本気になったらしい。

 これまで以上の獰猛さで、四本の首が牙を剥く。


 〖凶獣〗としての〖スピード〗。単純計算で通常の四倍となる圧倒的手数。〖スキル:自己共有〗による首同士の連携。

 あまりの猛攻に反撃を挟む余地がねぇ。

 そうして回避で手一杯だったその時、一瞬の判断ミスを突かれ、遂に牙の一撃をもらっちまった。


「(よしっ、〖百毒牙〗はやっぱ〖タフネス〗で防げる!)」


 体の表面で牙が止まったのを見て心の中でガッツポーズする。


 〖百毒牙〗とは噛んだ相手に種々雑多な〖毒〗を付与するの〖スキル〗だ。

 直接体に浸透する毒液と違い、牙が刺さらないオレには通じないのでは? という予想は当たってたみてぇだ。


「(雷撃っ)」


 オレを挟む口の中に雷を飛ばす。

 さすがに〖凶獣〗には大した効果は見込めねぇが、少しは顎力を緩ませられた。

 その隙ににゅるりと拘束を脱する。そして〖跳躍〗。


「「「ヒシュアッ!」」」

「(悪ぃがそいつは勘弁だっ)」


 慌てて飛び退くと、ついさっきまでオレの居た場所に毒液が五つ、吐きかけられた。

 オレを噛んでる奴の口内に退避しようかとも考えたが、喉奥に毒液が溜まり始めたのを見て断念した。


「(傷は塞がってねぇみてぇだが、毒吐くくらいは出来るのか)」


 ヒュドラから逃げつつ情報整理。

 先程、オレを攻撃したのは五本の首全てだった。真紅の槍で斬りつけた首も含まれてる。


 真紅の槍の回復阻害が働いてっからまだ接近戦ができる程には回復してねぇが、警戒する要素が一つ増えちまった。


「(あー、一筋縄じゃいかねぇなぁっ、〖レプリカントフォーム・模倣〗!)」


 ヒュドラは駆けながら毒液を吐き始める。

 〖跳躍〗と〖転瞬〗で躱し、そして移動補助用に鎖鎌を二つ模った。


 鎖を時に木へ巻き付け、時に木へ引っ掛け、高速かつ変則的な機動で毒液を逃避して行く、


「(これっ、でもっ、ギリギリかよっ)」


 けれどヒュドラは振り切れない。

 木々の合間を縫うようにして逃げるオレを、奴は障害物などないかのように追い詰める。


 噛みつきが届くかどうかという位置にピッタリと付けられ、そこそこの頻度で攻撃されていた。

 だが、今のところは紙一重で躱せている。

 そんなオレに業を煮やしたのか、ヒュドラは大技を出すことにしたらしかった。


 五つの頭部にある〖マナ〗が急激に高まって行く。

 そしてそれらが爆発的に弾けた次の瞬間、毒霧の息吹が放た──


「(この時を待ってたぜ! 〖ヘビーシュート〗!)」


 ──開け放たれた口の中へと爆発矢が射られたのだった。

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