第53話 第二の〖凶獣〗
〖縄張り〗。それは〖制圏〗を敷き世界を支配する〖スキル〗。
〖制圏〗の内側では法則や環境が歪められており、様々な特殊現象が発生する。
俗に言うステージギミックみたいなもので、〖縄張り〗発動者に有利になるよう〖制圏〗内を改変する。
ただ、〖凶獣〗の中でも強力な個体になると影響力が溢れ、余波となって〖制圏〗の外にまで効果を及ぼすこともあるらしい。
「(いやー、やっぱ人間の知識は偉大だなぁ)」
エルゴから聞いた話を思い出しつつ、改めてそんなことを思った。
オレにとっちゃ未踏の領域な〖凶獣〗も、人類全体を通して見れば幾度も遭遇している存在だ。
当然、その特異な能力についてもおおよそ把握できている。
おかげでオレはこうして〖縄張り〗と、それの生み出す〖制圏〗について
「(たしか、森亀の〖制圏〗は〖樹海〗だっつってたよな)」
小太りの青年、エルゴの言葉を思い出す。
〖制圏:樹海〗は植物の活性化を主な効果としていて、その余波でこの森では植物が育ちやすくなっているそう。
いずれ森亀を倒す予定のオレとしては、『森亀を殺したらポーラみたいな採取を生業にしてる人間が困るのでは?』と気になったりした。
だが〖制圏:樹海〗は何百年もかけて土地に馴染んでおり、〖制圏〗自体が消えても余波はしばらく残るので倒しても問題ないのだとか。
いつか消えるなら問題大アリじゃね? とも思ったが、そもそも〖凶獣〗は暴れ出したら町が滅ぶ災害なので、倒せるなら倒してくれた方がありがたいとの事。
そういう訳で戦力が整い次第、速やかに倒してしまおうと思う。
「(ま、今は無理だけどな)」
森亀の〖レベル〗は最新の記録によるとおよそ二百だったとか。
ハッキリ言って化け物だ。今のオレじゃ相手になるかは怪しい。
かと言ってその辺の〖豪獣〗で〖レベル〗上げをしてたんじゃ時間が掛かり過ぎる。
〖レベル〗を九十九から百に上げるには、それまでの比ではない莫大な〖経験値〗が必要なのだ。
これを一般に、〖レベル100〗の壁と言うらしい。
だからこそ手頃な〖凶獣〗を倒し、〖経験値〗を大量入手する。
この森には森亀の他にも後一体〖凶獣〗が居るそうで、そいつはつい数十年前に〖凶獣〗になったばかりで〖レベル〗もまだ百台前半。
住処や能力もエルゴとポーラから聴き取り済みだ。
「(ここから先が例の魔獣の〖制圏〗か。分っかりやすいな……)」
ちょうど境界に差し掛かった。緑の木々と、毒々しい色彩の木々との境界だ。
ここから先が〖凶獣〗の勢力圏であるとハッキリ分かる。
若干の恐怖を呑み込んで、勇気を出して踏み込んだ。
入った瞬間毒に侵される、なんて事はなく普通に森を進んで行く。
「(いや、〖毒〗自体は食らってるみてぇだけどな)」
自分の内側に意識を向けると、何やらペタペタと素手でまさぐられているような、不快な感触があった。
これが〖制圏〗の効果だろう。
「(〖制圏:毒沼〗の効果は毒効強化と無差別な〖毒〗の付与だったか。そのせいでこの辺りの植物はどれも毒性を持っちまってると。ま、オレは〖レジスト〗が高ぇから平気みてぇだが)」
忘れがちだが、〖完璧の守勢〗の効果でオレの〖レジスト〗には〖タフネス〗の一部が加算されている。並大抵の〖状態異常〗は受け付けねぇ。
とはいえ、本体の攻撃が直撃しちまったらどうなるかは分かったもんじゃねぇがな。
「(なにせこの先に居る〖凶獣〗は──)」
〖マナ〗の濃い方へ向かっていると、目的地が見えて来た。
森のけばけばしい木々が途切れ、パッと視界が開ける。
そこは見るからに毒っぽい、紫色をした沼だった。
少なくとも学校のプール四つ分以上の広さがあり、中心部の浅瀬では一体の魔獣が眠っている。
「(あいつが“避け得ぬ百毒の長”か。聞いてた通りの見た目だな)」
“避け得ぬ百毒の長”ってのは通り名とかじゃない。れっきとした種族名だ。
何でも、〖凶獣〗の種族名にはこんな感じのが多いらしい。
ただ、これだと長い上に容姿も分かり辛いので、心の中では別の呼び方をしよう。
より直感的で特徴を表した呼び名、ヒュドラと。
「(まあ、頭は五本しかねぇけどな)」
すやすやと眠るヒュドラを見て思う。紫紺の鱗を纏った太い胴体は途中で枝分かれし、五つの頭部に繋がっていた。
オレの知ってる神話のヒュドラは九つ首だったのでここは微妙に違うな。
けど、強力な毒を持ってるって部分は同じだ。
人間情報によると毒系統の〖スキル〗を多く持っているらしく、上級冒険者でも少し浴びただけで瀕死になるレベルなのだとか。
胴体は大木のように太く、その全長は十メートルは下らねぇ。
奴が起きる前に攻撃準備をするとしよう。
~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~
・・・
>>不破勝鋼矢(ジュエルアーマリースライム)の〖愚行〗が発動しました。
・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「(〖レプリカントフォーム・模倣〗)」
風除けの弓を二張り、模倣する。
混沌種に使った高高度からの〖墜撃〗も選択肢ではあったが、沼の毒がオレに有効だった場合、〖制圏〗の効果と合わせて不味いことになりそうなので安全策を取った。
頭が複数あって一撃で仕留められるとも限らねぇしな。
それから近くの丈夫そうな木に登り、ヒュドラを見据える。
初撃が肝要だ。無防備なところを攻撃でき、さらに〖奇襲〗の効果も乗るので出来る限り強力な一撃を食らわせねぇと。
そういう訳で、オレは爆発矢を取り出し、鞭の先端にくくり付け、そして弓に……は
そして遠心力を最大限に活かし、全力投球ッ!
「(〖一擲〗!)」
〖一擲〗は〖投擲〗が上位化した〖スキル〗で、体力を消費して強力な投擲を行えるって効果が増えた。
その補助を受けた爆発矢は弓による射撃以上の速度で宙を駆け、一瞬にしてヒュドラに到達。
そして爆発した。
「「「ヒュオォォォっ!?」」」
五つの首が同時に叫ぶ。
投擲にも〖狙撃〗は適用されるため、爆発矢は狙い通りヒュドラの頭の一つに命中した。着弾点からは細い煙が立ち上る。
それこそが開戦の狼煙だ。
オレと避け得ぬ百毒の長、ヴァープルとの戦いは今この瞬間に始まった。
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