第51話 理解

「(いっち、にっ、さん、しっ。ごー、ろっく、しっち、はちっ)」

「……なにを、してるの……?」


 ある日の朝。住処の花園にてラジオ体操をしていると、訪ねて来たポーラに訊ねられた。


『〖スキル〗の練習だ。戦闘に活かしてぇからな』


 〖踊り〗は踊る際に動きを機敏にしてくれる〖スキル〗。

 この効果を戦闘中に適用できれば、と思って試行錯誤していた。


 オレが知ってる数少ない踊りの一つ、ラジオ体操を復習しながらスライムの体でも行えて、かつ戦闘にも転用できそうな動作がねぇか捜していたのだ。


「そ、そうなんだ……」

『じゃあ今日も魔法の練習始めっか』

「う、うん、よろしくお願いします」


 何故か腰の引けている彼女にそう切り出す。

 エルゴと二人で来た日から数度、この様にして魔法の練習に付き合っていた。


「あ、その前に。頼まれてた物持って来たよ」

『おっ、サンキュー』


 少女はそう言って一本の矢を取り出す。

 その矢のやじりは割れ物を梱包するみたく、白い綿に包まれていた。


「先っぽが特別な金属になってて衝撃を与えると爆発するから、使う時は綿を外してね、だって」

『オーケーオーケー』


 ポーラが言うように、これは当たると爆発する特殊な矢だった。エルゴに調達するよう頼んでいた物の一つだ。

 滅茶苦茶高価らしいので、〖レプリカントフォーム〗で解析したらポーラに持って帰ってもらうが。


 取りあえず、誤って爆発させないよう〖武具格納〗に仕舞った。


『そういや、長距離テレポートも問題ねぇみてぇだな』

「うん、多重発動にはまだちょっと手間取るけど、でも〖スペースホール〗での移動自体は問題なかったよ」


 〖スペースホール〗は異空間にあなを開ける魔法だ。

 物の出し入れだけなら〖スペースストレージ〗だけでも出来るのだが、この魔法では物体一つ一つしか対象に取れねぇ。


 例えば大量の武器を仕舞おうとするのなら、武器それぞれに対して〖スペースストレージ〗を発動させる必要がある。

 当然、この方法では〖マナ〗効率は最悪だ。


 そういった時に〖スペースホール〗が使えれば、あなを開けている間に武器達を詰め込んでしまえる。

 あなは一度開ければ維持には大して〖マナ〗を使わないため、複数の物を仕舞う状況ならこちらの方がコスパが良い。



 そして、そんな〖スペースホール〗を転移魔法に応用できないか、という話になったのが少し前のこと。

 あなを二つ開け、一つは自身の近く、もう一つは離れた場所に設置できれば異空間を通って一瞬で移動できる。


 だが、これには問題が二点あった。

 一つは異空間に生物は入れないこと。

 もう一つは〖スペースホール〗を離れた地点に作れなかったことだ。


 前者は少しの訓練ですんなりと解決した。

 あな同士を異空間内で密着させる、つまり異空間内での移動距離をゼロにすることで異空間に入らず通り抜けられたのだ。


 後者の問題も魔法の技量向上によりある程度は解決できそうであった。

 たった半日の練習で十センチも孔の射程が伸びていたのだ。

 短距離転移ならそう遠くない内に実現できるだろうと思われた。


 しかし、それではいつまで経っても長距離転移が出来ない。

 と言う訳で色々考えたり試したりし、『マーキング』すればいいことを発見した。


 この『マーキング』とは、転移したい場所にある物体に異空間を作ることだ。

 〖スペースストレージ〗は現実の物体に紐付けて異空間を創造する魔法であり、この“現実の物体”はポーラ以外でも構わない。


 そして自作の異空間同士なら距離の制限を無視できるらしく、かなり離れていてもポーラの異空間と物体の異空間を〖スペースホール〗で繋げられた。

 異空間同士が繋がるとポーラと物体の距離もほぼゼロになるので、物体の近くに〖スペースホール〗を発動できる。


 その後それぞれの孔を密着させれば、晴れて長距離転移孔の完成と言う訳である。


 まあ正直なところ、町からこの豪獣域まで異空間同士を繋げられるかってのは疑問だったんだが、それはついさっき実証された。

 自作の異空間同士なら、本当に無限の距離を無視できるのかもしれねぇ。


 まあ何にせよ。おかげで朝早くから魔法の訓練を始められる。


『今日の訓練だが、〖スペースストレージ〗の理解を深めて行こうと思う』


 転移で異空間を経由している事から分かるように、現実空間に干渉する感覚をポーラはまだ掴めてねぇ。

 なので空間魔法の特性についてより深く知るべきだ。


 現実空間に干渉できればあんな七面倒なことしなくて済むしな。


「前にもやらなかったっけ?」

『あれは簡易的なものだろ。今回はもっと本腰を入れたやつだ』


 以前は生物が入らない事や無理に入ろうとすると〖スペースホール〗が解除される事、縁の部分は非常に脆く攻撃には使えなさそうな事などが分かった。

 けど、今回はもっと詳細に調べて行く。


『──で、今日はここで訓練を行う』

「〖スペースストレージ〗の最大容量を計ったとき以来だっけ、ちょっと懐かしい」


 体の上に少女を乗せ、鎖鎌移動でやって来たのは普段、水汲みに利用している川だ。

 歩いて五分くらいの位置にある。


『まずはこれを見て欲しい』


 言って、オレは鎖鎌の分銅で水面を叩いた。

 水柱の後に気泡が浮かび、流されて行く。

 気泡の一つを分銅で指して訊ねた。


『あれは何だと思う?』

「何って……泡?」

『だな。ところであれ、〖スペースホール〗で収納できるか?』

「できると思うけど……〖スペースホール〗……。できたよ」


 ポーラが魔法を発動させると泡の進む先に真っ黒い孔が発生。

 泡は水流と共にそこへ吸い込まれて行った。


『よし、なら今度はそれを川の上に出して見てくれ』

「? はい」


 指示通り気泡を川にリリースしたポーラ。

 気泡が弾けず流れて行くのを見て質問する。


『あの泡の中身が何か分かるか?』

「空気でしょ?」

『そうだ。つまりさっきのポーラは泡と一緒に空気も収納してたことになる』

「……あっ!?」

『〖スペースホール〗は生物を吸い込めねぇが、空気はそうじゃないんじゃねぇか?』


 〖スペースストレージ〗の異空間には『生物が入れない』って制約しかなかったという。

 ならばできると信じてしまえば、空気も収納できるんじゃねぇかと思ったのだ。


 予想は的中し、ポーラが新しく〖スペースホール〗を広げるとゴウゴウと風音が鳴り始めた。

 が、それもすぐに終わる。


「もう容量が満杯になっちゃった」

『よし、じゃあ次はそれを出して見てくれ』

「うん……あ、あれ? どうやって出せば……?」


 気体は〖スペースストレージ〗の対象に取れないらしく、しかし〖スペースホール〗で出すことも出来ず苦戦していた。

 彼女は少し悩んでからこちらを向く。


「コウヤ君、武器貸して」

『どうぞどうぞ』

「ありがと、〖スペースホール〗……うん、押し出せるみたいだね」


 彼女はそれからポイポイポイと異空間に武器達を投げ込んだ。

 満杯でも武器は入ったが、代わりに空気が押し出される。

 それを繰り返し、やがて異空間の中から大半の空気が排出された。


「ありがとう、返すね」

『おう』


 武器を返却されながら、今回のことについて話し合っていく。


『何で空気だけが押し出されたんだろうな? 他にもいくつか物は入ってるんだろ?』

「それはアタシが空気を押し出すように意識してたからだね。入れる物より体積が大きいなら他の物を押し出すことも出来るみたいだよ」

『なるほど、そこは任意なのか……。あ、それと大丈夫だろうけど〖スペースホール〗が普通に使えるか確かめて見てくれ』

「分かった、〖スペースホール〗……うん、空気を取り込まないよう意識したら元と同じように使えるね」


 オレの持ついくつかの〖スキル〗と同じく、その辺は融通が利く

 少し心配だったのでほっと胸を撫で下ろす。


『ところで、空気は全部排出したのか?』

「ううん、まだちょっとだけ残ってるよ」

『体積は拡がってねぇのか?』

「うん。本当に少ししか容量は使ってない」

『密度が変わらねぇのな。松明たいまつの実験で大方予想はできちゃいたが、異空間じゃ状態は入れた時のまま保存されるのか』


 そのようにして、この日も魔法の訓練を続けて行った。

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