第48話 質問タイム

 槍の返還から数分後、オレ達は向かい合って座っていた。

 いや、丸太に座ってんのは人間の二人だけで、立方体なオレは地べたにっているが。


『そんじゃあ最初の質問だ』


 槍を返した後、お礼に色々教えてもらう事になった。

 青年はもっと他のこともしてくれると言ってたし、頼みてぇことも色々あったが、まずは情報だ。


 この世界について知らねぇことは多いし、今後の方針を決めるためにも知識は不可欠。

 何より青年は商家の次男で普通の冒険者よか知識が豊富らしいからな。


『ペットと言うか従魔と言うか……そういう“人間と共存している魔獣”っていんのか?』

「それは……家畜以外で、と言う事でしょうか?」

『そうだな』

「……僕はあまり聞いたことが無いですね。道楽として魔獣を飼う貴族や豪商が稀に居るとは聞きますが、それも極少数のはずですし」

『居ることには居るんだな? じゃあ人間の協力者が居れば町にも入れるのか』

「あ、いや、それは難しい……というか止めた方が良いと思います」


 青年が慌てて手を振った。


「スライム殿の種族は〖魂片経験値〗的にも素材的にも価値が高く、多くの人間に狙われます。よっぽど高位の権力者から庇護を受けない限り、確実に襲われたり攫われたりといった目に遭うはずです。まあそもそも権力者の協力がなくては町に魔獣を引き入れるようなこと、騎士や衛兵が許してはくれませんが」

『うーん、そうなのか……。上手く行きゃ冒険者から襲われる事もなくなるって思ったんだけどな……』

「あ、それなら心配いらないと思います」


 オレのボヤキを拾い、軽い調子で青年は言った。


「冒険者ギルドの上層部はスライム殿には手出ししない方針に決めたそうですから」

「へっ? 何ひょれアタシ知らい」


 少女が果実を頬張りながら首を傾げる。

 この子にも話を聞かせてもらうってんで、お礼に栽培中の果実を上げたのだ。


「まぁ、このことは秘匿されていますので」


 それから青年が語ってくれたのはこういう内容だった。


 赤い怪物を倒したオレは危険な魔獣である。

 しかし、並の手段では殺害は出来ず、また、人間に敵対的な様子はない。

 なので一旦は距離を置き、様子見するとのこと。


 ただ、ジュエルスライムの〖豪獣〗が居ると知れては欲に目が眩む人間は必ず現れる。

 それを防ぐために一般冒険者には情報を秘匿し、代わりにオレはもう討伐されたって噂を流したらしい。


 幸い、オレの存在は青年しか知らないし、後は豪獣域──人間は地域の〖マナ〗濃度を〖獣位〗で区分してるらしい──で活動する上級冒険者に口止めすれば、理論上は確実に秘匿できる。


「そんな事になってたんだ……」

「まあポーラさんは他の冒険者との関わりが薄いですからね……」

「悪かったね、ボッチで」

「そっ、そういう意味じゃないですっ。……まあそれは置いておいて、スライム殿のことは他言無用でお願いしますね」

「もちろんだよ」


 ここでオレは気になったことを聞いてみる。


『そう言えば名前、ポーラって言うのか?』

「あっ、言ってなかったっけ。そうだよ、アタシはポーラ・スティア」

「あ、紹介が遅れました、僕はエルゴ・ファージュです」

「スライムさんは? てゆーか名前あるの?」

『あるぜ。オレはコウヤって名前だ。よろしくな』


 スライムに苗字があるのはおかしいかも、と思いそこは伏せておいた。

 改めて自己紹介を挟んだところで次の質問に移る。


『冒険者の階級についても教えてくれねぇか? 〖レベル〗がいくつとか、どのくらいの〖獣位〗の魔獣とやり合えるのかとか』

「そうですね……まず、冒険者には五つの階級があります。一番下が無級。それから低級、中級、上級となって、最高位が英雄級です。それで──」


 青年、エルゴの話をまとめるとこうなる。


 無級は駆け出しで〖レベル〗は一桁。〖雑獣〗を狩るのがやっとな初心者。

 低級になるとひよっこは卒業だが、まだまだ弱い。〖レベル10〗以上が多いが、〖長獣〗と戦うにはパーティーでも心許ない。


 中級でようやく一人前。〖レベル20〗を超え、単身で〖長獣〗を討伐できる者も居る。

 〖レベル50〗以上になると立派な上級冒険者だ。パーティーでなら〖豪獣〗にもまず負けない猛者達であり、大抵の町のギルドでは彼らが最上位層だ。


 だが実際は、〖レベル100〗の壁を突破した一握りの強者のみが認定される階級がある。

 それが英雄級。〖凶獣〗とも渡り合えるという超人の位階。


「──とまあ、こんな感じになってます。まあ同じ階級の中でも強さには結構バラつきがあるんで、あんまりアテにはならないんですけどね。僕は中級ですけど〖長獣〗と戦ったりしたらすぐに殺されちゃいますし」


 そんな風に締めくくった彼に、オレは前々からの疑問を訊ねてみる。


『なあ、最近この近くにその英雄級の冒険者が来なかったか? こう、お年を召した感じの』

「あぁ! 来てましたよ。名前は確か……」

「もぐもぐごくっ、んん、“戦鬼”のトルバさんだよ」

「それです!」


 それから話を聞いてみれば、トルバとやらは徒手空拳でどんな魔獣にも戦いを挑む、イカれたお爺さんだということが分かった。

 その他の特徴も一致するし、恐らくはオレにダメージを通したあの老爺だろう。


 まあ、もう他の町に旅立ったらしいので安心だ。

 それより次の質問と行こう。


『さっき出て来た〖凶獣〗って〖獣位〗、それは〖豪獣〗の次の段階ってことで良いのか?』

「そうです。〖レベル100〗の壁を越えた魔獣だけが〖進化〗できる、単騎で町すら滅ぼす厄災です」

『この森の中心にいる、甲羅から木が生えた巨大亀も〖凶獣〗なのか?』

「巨大亀……ドワゾフのことですか。それなら〖凶獣〗で間違いないはずです」

『そうか……!』


 よし、ようやく森亀の背中が見えて来たぜ!

 追いつくにはもっともっと時間が掛かるだろうが、あと少しで〖獣位〗で並べるって思うと活力が湧いて来る。


『あ、そうだ。〖獣位〗と言やぁ、人間には別のものがあるんだろ? えっと、何だっけ……そう、〖属性〗だ!』

「ありますよ、〖属性〗は〖種族〗みたいなものですが。〖獣位〗と対になっているのは〖典位〗です」

『〖典位〗……?』


 また知らねぇ言葉が出て来たな。


「〖属性〗の等級みたいなものです。初めは〖第一典〗で、次が〖第二典〗。数字が大きいほど強くなります」

『それも〖レベル〗によって上がるのか?』

「いえ、〖典位〗は魔法を習熟することで上昇します。と言っても、魔法の鍛錬のためには〖レベル〗を上げて〖マナ〗の最大量を増やす必要があるので、全くの無関係でもありませんが。それと〖属性〗は〖種族〗と違って、名称が変わることは少ないです。僕は〖第二典〗ですが、〖第一典〗の頃から〖幻影属性〗のままですし」

『あー、あん時隠れてたのはやっぱ魔法を使ってたのか』


 それからふと気になって隣のポーラに意識を向ける。


『そういやポーラはどんな〖属性〗なんだ?』


 空気が凍り付いた。


 ──まぁアタシはハズレ〖属性〗だから魔法は使えないんだけどね。


 遅ればせながら、以前聞いたセリフを思い出す。

 少女は目を伏せ、青年は気まずげに視線を逸らした。


『いや、無神経なこと聞いちまった。別に答えなくても──』

「ううん、隠すほどの事でもないし教えるよ。ご馳走にもなってるしね」


 ポーラが視線を上げ、淡々と語る。

 いつもより平淡な声音は怒りを抑えているようにも、悲しみを堪えているようにも、全てを諦めているようにも感じられた。


「アタシの〖属性〗はね……」


 ゴクリ、と喉があれば鳴らしていただろう。

 それくらいに緊張していた。

 たとえどんな答えを聞いたとしても、彼女が傷つくような反応はすまいと心に決めた。


 それから躊躇うような間を置いて、ポーラは口を開く。



「──空間だよ」

『空……間……?』


 言われた意味がよく理解できず、オウム返しに聞き返す。

 空間ってのはつまり、あの超有名な空間ってことで良いのか?


「うん、アタシは〖空間属性〗なんだ」

『…………』

「えっへへ、訳わかんないよね、空間なんて」


 これまでの眩しい笑みとは異なる、どこか陰を帯びた卑屈な笑顔をポーラは見せた。

 オレは少し時間を置いて彼女の言葉を反復し、反芻し、噛んで含んで理解する。

 そして心の中で叫んだ。



 どう考えてもチートじゃねぇかっ!!

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