第47話 返還

「やっと見つけたよー」

『おー、しばらく振りだな』


 やって来たのはやたらと森でよく出くわす、水色の髪の少女だった。

 いや、特性っていう〖スキル〗のおかげで索敵範囲が広いんだったか。


「久しぶり、スライムさん。綺麗なところだねぇ」


 彼女は周囲の花々を見渡して感心したように言う。

 辺りはまさに百花繚乱の様相だった。


『まーな。これはオレの【ユニークスキル】で育ててるんだぜ』

「【ユニークスキル】……?」


 オレがここに来る前は花も果実も今ほどじゃなかった。

 たった一週間でここまで様変わりしたのは【ユニークスキル】の力だ。


『ところで、今日はどうしたんだ? やっと見つけた、っつってたし何か用があるんだろ?』

「あっ、そうだった。おーい、これでわかったでしょー? スライムさんは怖くないよー」


 少女は背後の木へと声をかける。

 それからたっぷり五秒ほどの間を置いて、一人の青年が姿を現す。


「ど、どうも……」

『あんたは、たしか……』


 その小太りの青年とはどこかで出会ったような気がした。

 見覚えっつってもオレが会った事のある人間は水色の少女と、ジャスカル一味と、それから──。


『──ああ! 赤い怪物に襲われてた人間か!』

「そっ、そうです! その節はどうも……」


 茶髪の青年は頭をブンブンと縦に振る。


『いやぁ、無事に町まで帰れたみてぇで良かったぜ。送ってやれなくてゴメンな』

「いえいえいえそんなっ、混沌種から助けてくださっただけで僕はもう心の底から感謝していまして──」


 その後、しどろもどろになりながらも青年はお礼を言ってくれた。

 ただ、やっぱりオレのことが怖く緊張してるんだろう。

 頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出してるって感じで、同じ話題がループしている。


 このままだと永遠に続きそうだったので、オレは彼の言葉に割って入る。


『──オーケー、凄く感謝してくれてんのは伝わった。んで、今日ここに来たのはそれを伝えるためだけか?』

「あっ、そっ、そうでした」


 そこで青年はハッとしたような顔になった。

 本気で忘れてたみてぇだ。


「あっ、そっ、その……僕を助けてくださったときに槍を使ってらっしゃいましたよね……?」

『ああ、これか?』

「! そっ、そうっ、それです!」


 以前、上級冒険者のジャスカルっぽい男が使っていた琥珀色の槍を見せると、青年は喜色を満面に浮かべた。

 かと思えば次の瞬間、彼は土下座した。


「どうか! どうかその槍を僕に譲ってください!」


 へー、この世界にも土下座の文化があるんだなぁ──なんて、的外れなことを考えちまう。

 オレも突然のことに混乱しているのだ。

 しかし唖然としていても彼が頭を擦り付けるばかりなので、取りあえず無難な返答をする。


『……理由を聞かせてくれ。どうしてこの槍が欲しいんだ?』


 などと訊きつつも、オレは既に答えが分かっていた。

 多分、青年はジャスカルの家族とか友達そんなポジションなのだ。武器を奪われ落ち込んでいるジャスカルのため、取り返してあげようというのだろう。


 正直なところオレとしちゃあどっちでもいい。

 〖レプリカントフォーム〗で記録した以上、返還しても戦力的損失は無いに等しいからな。


「実はですね、その槍、僕の実家の家宝だった物なんです」


 ほうほう。


「それでその、とある魔獣を倒すため特別に持ち出させてもらったんですが……その魔獣とは別の相手に奪われてしまいまして……」


 濁しちゃいるが、とある魔獣ってのはオレのことだろうな。

 そんで『別の相手に奪われた』の部分は嘘だろう。


 実際はジャスカルがオレを殺すために槍を持ち出し、オレに槍を奪われたのだ。

 しかしそれを馬鹿正直に話してはオレの機嫌を損ねかねないため、こんな噓を吐いた。

 こう考えるのが一番筋が通る。


「今思い出しても腹が立ちます。ジャスカルと言う男なんですが、僕が持ってた槍を強引に奪ったんですよ!? しかも森の中で! 信じられませんよっ」


 んん???

 どういうことだ……?


「こほん、失礼しました。話を戻しましょう。僕からその槍を奪ったジャスカルは、恐らくスライム殿に挑み、破れました。そうしてその槍がスライム殿の手に渡ったのだと思うのですが……心当たりはありませんか?」

『あ、ああ、あるっちゃあるな。この槍は元々人間が使ってた物なんだが、撃退した時そいつが槍を落として行ったから使わせてもらってたんだ。あれがジャスカルって男だったのかもしれねぇ』

「……え? スライムさん、ジャスカルさんと戦ったの?」

『あ……』


 忘れてた! 少女にはジャスカルに遭わねぇよう気を付けろって忠告されてたんだった!

 こ、このままだと忠告を無下にしたことになっちまう。

 ど、どうする……何て言って誤魔化せば……。


『そ、それがだな……不慮の事故と言うか何と言うか……』

「いいよいいよ、咎めたいわけじゃないの。スライムさんはこうして生きてるんだし、余計なお世話だったみたいだね」

『そんな事はねぇ……オレがジャスカルに勝てたのは事前に情報を聞いてたおかげで……』


 気にしていないと言われているのに言い訳してしまうのは、後ろめたいからだろう。

 そんなオレへと青年が声をかけて来た。


「すみませんスライム殿、その槍はジャスカルの持っていた物ということでよろしいですか?」

『あ、ああ、多分な。名前を確かめたわけじゃねぇが、外見の特徴は聞いてたのと一致する』

「おおっ、ではやはりそれは当家の家宝、“屠土竜矛モウルドブレイカー”に違いありません!」


 地味に土下座したまま会話をしていた青年は、そこでさらなる行動に出た。

 即ち、頭を地面に叩きつけた。


「何卒! 何卒その槍をお譲りください! 言っていただければ僕に出来る事なら何でもします! ですのでどうか……!」

『おっ、おう、いいよ、やるよ。てか返すよっ。だから顔を上げてくれ』


 とまあ、そんなこんなで土特攻の槍、屠土竜矛モウルドブレイカーは青年の手に戻ったのだった。

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