第45話 閑話 ポーラという少女

「──はい、全部で銀貨四枚、銅貨五枚となります」

「ありがとうございました」

「次の方どうぞー」


 採取した素材を売り払い、アタシはギルドの受付を後にする。

 併設された酒場の喧騒を背に受けながら、開けっ放しの出口をくぐった。


「今日はちょっと遅くなっちゃったな」


 黄昏れ出した空を見て小さく呟いた。

 母さん達を心配させちゃいけない。

 アタシは水色の髪を揺らしながら、早足で帰路に就くのだった。




「ただいまーっ」

「あら、今日は少し遅かったわね」


 玄関に入り大きめに声を上げると、家の奥から母の返事があった。

 水音も聞こえるので、きっと料理中なのだろう。


「「ねーちゃんお帰りー!」」


 そんな母の代わりに、二人の男の子が駆けて来た。

 瓜二つの顔をした彼らはアタシの双子の弟達だ。


「ねーねー、ねーちゃん、塔組み遊びしよーよ!」

「えー! ボクもう飽きたよ! それより札合わせの方がいい! ねーちゃんもそう思うよね!?」

「ごめんねー、お姉ちゃん、ちょっとやる事あるから」


 元々、玄関に入ったのは帰宅を知らせるためである。

 まだ家で休む気はない。


「そうよー、二人共お姉ちゃんの邪魔はしないの」

「「ちぇーっ」」


 母からの援護もあり、弟達は家の中に戻って行った。

 後ろめたさを感じながらも、アタシは玄関を出て裏庭に向かう。


 狭い裏庭に一本だけ生えた木の前に立ち、腰の鞘から短刀を引き抜いた。

 そして十歩先の木に向けて刃を振るう。


「〖ウェーブスラッシュ〗」


 斬線に沿って〖マナ〗の刃が宙を駆けた。

 刃は木にぶつかり、その表面に薄っすらとした筋を刻む。


「〖ウェーブスラッシュ〗」


 再度斬撃を飛ばす。

 〖ウェーブスラッシュ〗は燃費がいいので〖マナ〗の残量はまだ九割近い。


 それからも何度も何度も斬撃を飛ばした。

 ウェーブ系は〖マナ〗を消費する珍しい〖ウェポンスキル〗だ。

 だからアタシみたいな魔法が使えない落ちこぼれでも、〖マナ〗制御の練習が出来る。


 一振り一振り、繊細かつ迅速に〖マナ〗を込めて斬撃を飛ばす。


「ハァ、ハァ、〖ウェーブスラッシュ〗……っ、うっ」


 繰り返すこと約二十回、眩暈と吐き気と倦怠感に襲われていた。

 原因は〖マナ〗の過度な消耗。

 脳を襲う酩酊感で体の感覚がぼやけ、短刀をきちんと握れているのか、自分は真っ直ぐ立てているのかすら曖昧になって来る。


「ポーラ、その辺にしておけ」


 その時、アタシの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 重い体を動かし、振り返る。


「父、さん。お帰、り……」


 途切れ途切れに言葉を紡ぐと、父さんは呆れた顔になり、アタシを担ぎ上げてしまった。


「うわぁ」

「黙っていろ。声を出すのも辛いだろう」

「……うん」


 そのままアタシは家の中へ。

 居間では母さんが料理を完成させていて、家族皆で食卓を囲う。


 〖マナ〗欠乏の吐き気を堪えながら料理を口に運んで行く。

 この訓練は〖マナ〗の最大量を増やすため小さな頃から続けているけど、いつまで経っても苦しい事には変わりない。


「ねぇ、ポーラ」


 サラダを摘まんでいると母さんに名前を呼ばれた。

 アタシは視線だけで聞き返す。


「実はね、あなたにお見合いの話が来ているの」

「…………」

「あなたもそろそろそういう事を考える歳でしょう? 冒険者なんて危険な仕事をしてるんだし、やっぱり出来るだけ早い方いいとお母さん思うのよねぇ」


 その声音からはこちらを慮る気持ちが強く伝わって来た。

 ウートン特産の葉野菜をよく噛んで飲み込み、笑顔を作って答える。


「うん、アタシ、その話受けてみようと思う」

「そう、良かったわ! お相手は──」


 嬉しそうな母さんの顔を見ながら夕飯を食べ進める。

 気分は依然、鉛でも飲んだかのようだった。




 夜。家族と同じ寝室で横になって暗い天井を見上げる。

 寝息だけが聞こえる闇の中に居ると、ついつい思考を巡らせてしまう。


(アタシは、どうすればいいんだろう)


 それはこれまで幾度となく考えて来たこと。

 答えなんてとっくに分かり切っている問い。


 幼い頃に読んだ絵本には、とってもすごい魔法使いが居た。

 日照りの村には恵みの雨を、悪い魔獣は溺れる程の豪雨を降らせる、文字通り絵に描いたような大魔法使い。


 そんな大魔法使いにアタシもなりたいと思った。

 だから子供なりに〖マナ〗を増やせるよう頑張ったりもした。


 けれど現実は非情で。アタシの目覚めた〖属性〗は訳の分からない、使い方すら思いつかない、あっても無くても変わらない空気みたいなモノだった。

 〖火属性〗のように攻撃することも、〖回復属性〗のように癒すことも、〖音属性〗のように人を楽しませることもできない。


(無理、だよね……)


 魔法使いとして大成するための登竜門、魔法学園の入学試験は半年後。

 常に特性を使い続けているのに未だ〖第一典〗のアタシが、あと半年で〖昇華〗に辿り着けるとは思えない。

 たとえ〖昇華〗で〖第二典〗になっても、魔法が使えないんじゃ何も変わらない。


(潮時なのかなぁ……)


 これまでは魔法が使えないという現実から目を逸らしてガムシャラに頑張って来た。


 どれだけ〖マナ〗の制御を鍛えても、魔法が使えないなら意味が無いのに。

 魔獣を倒して〖レベル〗を上げても、魔法が使えないなら意味が無いのに。

 お金を溜めて魔武器を手に入れても、魔法が使えないなら意味が無いのに。


 全てが無駄だ。

 なのにみっともなく夢にしがみつき、両親に心配をかけ、弟達にも構ってあげられていない。


 酷い長女だと自分でも思う。


(いい機会なんだよ)


 だからこのお見合いは転機だ。

 分不相応な夢を諦め、普通の幸せを掴むのだ。

 それが一番アタシのためにも、周囲の人のためにもなる。


 ウートンの町は公都と違って、魔法至上主義が根強くもない。

 お嫁に行ってしまえば、魔法が使えなくても困ることはない。

 アタシがそれを拒む理由など、ただの一つも有りはしない。


「……………………魔法が、使いたいなぁ」


 寝返りを打ち、こぼれた本音に蓋をした。




 翌朝。アタシはいつものようにギルドへ行く。お見合いは相手方との予定のすり合わせもあるので、行われるのはまだまだ先だ。

 通達事項が無いか聞こうと受付に向かい、そこで一人の青年を見つけた。


「資料をくれ。〖念話〗系〖スキル〗を使う魔獣の資料だ」


 小太りの彼の言葉で、アタシは最近森でできた友達の事を思い出す。


「とと、結構あるな……」

「読まれるのは構いませんが、ギルドから持ち出さないようお願いしますね」

「分かっている」


 そうこうしている内に本を抱えて小太りの青年が歩いて来た。


「ねえ、ちょっといいかな──」


 何を調べたいのか興味を引かれ、アタシは彼に声をかけるのだった。



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 次回から主人公視点に戻ります。

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