第44話 閑話 冒険者ギルド
「上級冒険者諸君、忙しい中よくぞ集まってくれた。礼を言う」
ウートンの町。冒険者ギルドの会議室。
立ち聞きなどされないよう厳重に戸締りされたその部屋で、最奥の席に座る男性がそう言って頭を下げた。
男性はこのギルドの長、ギルドマスターである。
冒険者が長い前置きを好まないと知る彼は、単刀直入に用件を告げる。
「今回集まってもらったのは他でもない、“
ギルドマスターは会議室に集まったおよそ十名の者達を見渡しつつ、淡々とした口調で言った。
それを聞いた上級冒険者側に動揺の色はない。
ジャスカルの死は冒険者の間では周知の事実であった。
「先日、ジャスカルは仲間と共にスライムの巣を破壊しに向かった。だが戦闘の最中赤いスライムが突然〖進化〗し、根のような物を体内に宿す特異な魔獣となったらしい。強力なその魔獣にジャスカルや他の冒険者達は殺害されたという訳だ」
『根のような物を体内に宿す』という言葉を聞き、耳聡い一部の冒険者は眉根を寄せる。
「謎の魔獣の襲撃で冒険者は一人を残して全滅し、その一人も殺されかけた。しかしその直前でジュエルスライムが乱入し、謎の魔獣はそちらに標的を移したという。おかげでその冒険者は生還でき、我々もこうして詳しい経緯を知れたのだ」
ここまで話したギルドマスターは水を一口含む。
「その後の調査により、白澤の墓で戦闘痕と赤い魔獣の物と思われる死体が見つかった。それらを持ち帰り解析系魔法の使い手に見せたところ、魔獣の情報がいくつか判明した。〖獣位〗は〖豪獣〗。種族名は侵されしファッティブラッディスライムだ」
「何だそりゃ、長い名前だな」
机に足を掛けた若い男性が声を上げた。
頭の後ろで両腕を組んだ彼は、心底不思議そうに問いかける。
「〖凶獣〗ならともかく〖豪獣〗で四単語は初めて聞いたぜ。何かの間違いじゃねーのか?」
通常の〖豪獣〗の種族名は二単語、希少種であっても三単語なのである。
首を傾げる青年に、向かいの席の女性から冷ややかな視線が向けられた。
「笑止。貴方は戦闘以外のことにも目を向けるべき」
「あんだと?」
「混沌種。俗にそう呼ばれる魔獣は、既存の魔獣に根を生やしたような姿で、種族名に『侵されし』を戴く」
「んだよそれ、見たことも聞いたこともねーぞ」
「近頃現れ始めた新種だ、知らないのも無理はない。主な出現地域は大陸東部だからな」
ギルドマスターが腕組みをしながら答えた。
「ふーん、その混沌種ってのがこの辺りにも出始めたって訳か。そいつ、強さはどうなんだ?」
「かなりバラつきがあるな。と言うのも、元となった魔獣の強さや相性に左右されるからだ。しかし私の聞いた話では、元となった魔獣より〖
「っ!?」
その言葉を聞き、青年の空気が変わる。
同種族でも〖
だと言うのに三十もの上昇など、規格外にも程がある。
到底看過することは出来ない。
「スゲーじゃん! 〖豪獣〗が最低でも二十アップなら〖レベル70〗相当か!? ちょっくら
「落ち着けうつけ者。その魔獣は既に死亡済みだと言っただろう」
「そういやそういう話だったな」
ギルドマスターの言葉に、青年は浮かせた腰を下ろした。
「……ん? 待てよ、じゃあ誰がそいつを倒したんだ?」
「未だ調査中だ。それを突き止めるため、というのが君達を集めた理由の一つだったのだが……」
冒険者達の表情を見ながらギルドマスターは続ける。
「……どうやら誰も心当たりはなさそうだな」
彼らの中に討伐者が居れば話は簡単だったのだが、と胸中で落胆するギルドマスター。
それから、自身の立てた信じ難い推測を話す心の準備をした。
「実は、混沌種を討伐したと思しき者には既に目星が付いている」
「はぁ? じゃあそれを先に言っとけよ」
「先入観の無い意見を聞きたかったのだ。私の推測はあまりにも荒唐無稽で、私自身未だ信じ切れていない。──ジュエルスライムが混沌種を倒したなどと」
会議室に沈黙が訪れた。
怪訝そうな顔をする聴衆達に構わず、ギルドマスターは話を進めて行く。
「根拠はジュエルスライムが〖豪獣〗だった事だ。報告によればそのジュエルスライムは、一辺が大の大人ほどもある立方体であったという」
「ジュエルスライムの〖豪獣〗? マジならそいつ殺すだけで〖レベル100〗の壁超えられそーじゃん。でもさすがに有り得ねーだろ、それは。変な形してたから生き残りが見間違えたんじゃねーか?」
「信じられないだろうが、〖豪獣〗であることはほぼ間違いない。そうだな? “蒸発温泉”」
「うん」
「肯定する」
首を縦に振ったのは二人の女性。
“蒸発温泉”という間抜けな名称は彼女らのパーティー名だ。
「ジャスカルが殺されたその日、私達も長獣域で四角いジュエルスライムに遭遇したの。それで出会い頭に〖エクスプロードカノン〗を食らわせたんだけど煙で見えなくなってる間に逃げられちゃった。周りを探しても肉片っぽい物は見つからなかったし、多分無傷だよ」
白い軽鎧を身にまとった女性がその時の状況を告げて行く。
中でも、〖エクスプロードカノン〗がノーダメージだったという部分で一同はどよめいた。
彼女の相方の必殺魔法が無類の火力であることは、言わずとも知れ渡っている。
「んー、そのジュエルスライムが〖豪獣〗なのは分かったけど、結局それがどう繋がるんだ? 防御と逃走に特化したジュエルスライムが、まさか変異種を殺せる訳ねーだろ?」
「そのまさかだ。このジュエルスライムは色々と特殊な個体であるらしく、〖念話〗系の〖スキル〗を使用したという。〖エクスプロードカノン〗に耐えた以上〖タフネス〗が異常に高いのは確定だが、通常のジュエルスライムとは一線を画す存在だと考えられる」
「だから混沌種とやらも倒せたってか?」
疑心に満ちた目を青年は向ける。
「やっぱ有り得ねーよ。ジャスカルは性根はカスだが実力だけは一流だった。そのジャスカルを倒した魔獣が、いくら〖豪獣〗とはいえジュエルスライムにやられるはずがねー」
「ああ、他の魔獣が仕留めた可能性も大いにある。だが戦場には大穴が穿たれていた。天高くから巨石を落としたが如き大穴だ。もしも隕石を落とすような特別な〖スキル〗を持っているのなら、〖パワー〗が低いジュエルスライムでも打倒は可能だろう」
そう言われては青年に返す言葉はない。
が、今度は代わりに“蒸発温泉”の片割れが深刻そうに呟いた。
「それは、たしかに不味いかもね。もしかして私達を集めたのは全員で討伐するため?」
もしその攻撃が町に対して使われたら、と想像した女性はそんな予想を口にする。
「いや、逆だ。君達にはジュエルスライムへの接触禁止を命じる」
不可解な指示に冒険者達は眉を顰める。
「何でだよ!? たしかに強ェんだろうが、俺らが束になれば突破口の一つや二つは見つかんだろ!」
「問題は討伐の成否ではない。あのジュエルスライムが人間に友好的かもしれないということだ。先程、〖念話〗系〖スキル〗を使えるようだと話したが、それは生き残りがそう証言したからだ。『巻き込まれないように逃げろ』と、そう伝えて来たらしい」
表情を一層真剣にし、ギルドマスターは続きを話す。
「さらにジャスカル達の死体の事もある。混沌種に食べられなかった死体は全て、木で作られた即興の柵の中に安置されていた。このような行動をただの野生の魔獣が取るとは思えん。元は貴族や豪商に飼われていて人間を仲間だと思っている可能性が高い」
睨みを利かす、という言葉がピッタリな眼光でギルドマスターは冒険者達を見渡す。
「故に刺激しない方針に決まった。予想が外れていた場合でも、〖豪獣〗ならば人前に出ることはまずないだろう。わざわざ危険を冒さなくとも寿命が尽きるのを待てばいい」
〖獣位〗が高いほど寿命は延びるが、元々短命なスライムなのだからすぐに死ぬはずだ、と彼らは考えている。
「情報拡散を防ぐため、一般の冒険者にはジュエルスライムは討伐されたとそれとなく噂を流す。ここでの話し合いの内容は口外しないでほしい。私からは以上だが、反対意見があれば言ってくれ」
「俺はその方針でいいぜ。〖エクスプロードカノン〗が防がれるんじゃダメージは通せねーだろうしな」
「私も賛成、取りあえず友好的なら敵対することもないよね。……あれ、でも私達攻撃しちゃったけど大丈夫かな!?」
今気づいたとばかりに女性は顔を歪める。
「それはまあ……大丈夫だろう、多分。生き残りを助けたのはお前達が攻撃した後であるし、少なくとも全ての人間に敵愾心を抱いている訳では無いはずだ」
「もし怒っててもこの二人を人身御供にすりゃいいだけだしな」
「その時は貴方も道連れにしてやる」
「あーあ、トルバ様が町に居てくれたらなー」
「仕方あるまい。かの御仁は旅の身だ。そもそも、英雄級が拠点とするほど立派な町でもない」
肩を竦めるギルドマスターは、咳払いを一つして脱線しかけた話題を戻す。
それから他の上級冒険者にも意見を聞き、全員から合意が得られたところでまとめにかかった。
「さて、総括すると諸君へ頼みたいのはジュエルスライムへの接触禁止と混沌種への警戒だ。混沌種の方はこれから増える可能性があるから発見次第、即座に報告するように。そして接触禁止と言っておいて何だが、場合によってはこの場の上級冒険者全員でジュエルスライムを討伐することになるかもしれない。奴への対抗手段はギルド側で用意しておくが、諸君も心構えだけはしておいてくれ」
そうして会議は幕を閉じ、冒険者達の居なくなった部屋でギルドマスターは天を仰ぐ。
「後は貴族が欲を掻かないかだが……そちらは我々にはどうにもできんな」
願わくばジュエルスライムの事が奴らの耳に入らないよう、静かに祈った。
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