第42話 赤い怪物

 倒すと決めれば後は早い。

 〖レプリカントフォーム〗で弓をかたどり矢を射る。


「(〖シュート〗)」


 矢は怪物の赤黒い肉体を抉った。

 けれどそれだけ。衝撃で命中箇所が多少溶けても、その傷はすぐに塞がる。


「(これじゃ埒が明かねぇな、〖スラッシュ〗)」


 伸びて来た根を避けざまに斬り裂いた。しかし瞬時に再生。

 何度も攻撃しているのに〖ライフ〗の底が見えない。


「(やっぱ近づくしかねぇか)」


 そういう訳で、オレは怪物に向かって駆け出した。

 根と赤鞭を掻い潜り、斬り飛ばし、接近して行く。


 怪物は赤鞭を使い始めた段階で広場の中央に腰を下ろし、遠距離攻撃に努めていた。

 距離はそれなりにあるが、しかしこの速度ならすぐに近づける。


「す、ら」

「(おっと。何だ? その〖スキル〗は)」


 ここに来て怪物は新たな攻撃を披露。

 赤黒い体の一部を吐き出すようにして飛ばして来たのだ。


 それはさながら血液の砲弾。

 〖溶解液〗系の力を宿しているらしく、着弾点の付近が溶けて大きなクレーターが出来ていた。


「(けど弾速は低いな。これなら当たらな──)」


 連射されている訳でもないので大丈夫だと思った矢先、オレの体に制動が掛かる。

 原因は足元。地面から飛び出した根っこ達が絡みついて来たのを、スライムの広い視野が捉えた。


「(んなことも出来るのか)」


 よくよく見てみれば怪物の背後の地面に根が刺さっている。

 あそこから地中に潜らせたらしい。


「す、ら(呑ミ込ム)」


 これまで躱して来た根達がオレに殺到する。

 先端を鋭く尖らせ、猛烈な勢いでオレを突き刺し、


 ──ベキッ。


 そして〖タフネス〗を破れず折れ曲がった。

 貫通力のために細さと硬度を上げていたようだが、それが仇となった形だ。


「す、ら」


 間髪入れず血の砲弾が降りかかった。

 オレの体は一ミリも溶かされなかったが。


「(やっぱ効かねぇか)」


 分かり切っていた結果なので驚きはない。

 防御無視の〖スキル〗を警戒し、これまでは回避を重視していたけれど……それももう必要ない。


「(〖レプリカントフォーム〗)」


 体の表面を一瞬だけ武器に変化させた。

 体表から勢いよく突き出た剣や槍は、オレに巻き付いていた根をすっぱり切断。

 そうして自由になるや〖突進〗を再開した。


「(『コンパクトスラッシュ〗、〖コンパクトスラスト〗、〖コンパクトスラッシュ〗)」


 迫り来る根や赤鞭を次々斬り捨て正面から近づいて行く。

 回避や〖クロスカウンター〗は不要。既に〖連撃〗のカウントは相当数溜まっており、丈夫な根や赤鞭も普通に攻撃しただけで破壊できる。


 時折撃ち漏らした攻撃が体表を叩くも、およそ三千の〖タフネス〗の前では無意味。

 相手の攻撃を挫くほどに〖連撃〗の効力は高まり、より容易に根や鞭を壊せるようになる。


「す、す、ら……?(ナゼ、呑ミ込メナイ……?)」


 怪物の狂気の中に困惑が混じった。

 刺しても叩いても傷つかないオレに、今更疑問が湧いたらしい。


 しかしそれでも逃げ出す様子はない。

 近くに来れば体内に取り込めばいい、などと考えているのかもしれない。


「(あと、二十メートル)」


 一直線に接近しているので距離はみるみる縮まって行く。

 正面から放たれた血液砲を〖跳躍〗で躱し、さらに〖空中跳躍〗で残りの間合いを一気に詰めた。


「す、ら」


 迎撃するように一際太い根が伸びて来る。

 それにより〖転瞬〗が発動し、再度〖空中跳躍〗を使って加速。


 太い根を躱すため水平に跳んだオレは、赤い怪物の上を通り過ぎると同時、土特攻の槍を振るっていた。


「(〖スラッシュ〗)」


 様々な〖スキル〗の補正が乗った一閃は、怪物の体を深々と斬り裂いた。

 その傷痕は怪物の中心部にまで達しており、さらにダメージの伝播によってかなりの面積が溶けていた。


「す……ら……(呑ミ……込ム……)」

「(これでどうだ……!)」


 攻撃の成果が現れるのを待つ。


 オレの狙いは大威力の一撃で怪物の〖ライフ〗を削り切ること……ではない。

 そもそも相手がスライムの特性を持っているのだから、赤鞭を攻撃しても本体を攻撃しても与えられるダメージは同じだ。


 にも関わらず接近したのは、根の発生源を断つため。

 辺りに蔓延る根の全ては、怪物の体の中心付近から伸びている。


 怪物の体は赤く濁っていてよく見えなかったが、それは植物の種子のようだった。

 その種子を破壊すれば怪物の暴走も止まるのではないか、と考えたのだ。


 いくつもの〖スキル〗が乗った斬撃の破壊力は尋常でなく、刃の当たった衝撃だけで種子を粉微塵にしてしまった。

 根も半ばから千切れており、これならばと希望を抱いた直後──


「す、ら(呑ミ込ム)」

「(駄目かっ、〖シュート〗!)」


 ──根の一つが瞬く間に再生して行き、種子まで元通りにしてしまった。

 今度はこちらの番だとばかりに赤鞭を伸ばしてくる怪物。

 オレは用意していた矢を放ち、怪物の反撃を真上に〖跳躍〗して避ける。


「(……覚悟は、もう決めた)」


 下方の怪物を見下ろしながら、先程の決意を反復する。

 往生際悪く救える可能性を探ってみたが、それも失敗に終わった。


 まだ方法はあるかもしれない。もしかしたらあの根っこだけ除去できるかもしれない。

 けれど、これ以上は駄目だ。時間をかけすぎては逃亡されかねない。

 だから思考を切り替える。今度こそ、殺すために。


「(〖空中跳躍〗)」


 空中でさらに高く跳ぶ。

 そこそこの頻度で使っていたことにより、オレは〖空中跳躍〗を一分間に六回まで使えるようになった。

 なので残る使用回数はあと三回だ。


「(〖空中跳躍〗)」


 三度目の跳躍。随分高くまで来た。

 東の方に意識を向ければ、壁に囲まれた人間の町っぽいものがあった。

 小太りの彼は無事に戻れるだろうかと、ふと思う。


 ただの現実逃避だ。オレが見据えるべきはこれから殺す相手である。

 豆粒みたいに見える赤い怪物へ意識を戻した。


 その少し後、オレの上昇が止まる。

 これまでなら跳び上がっていたところが、今回は違う。


「(〖空中跳躍〗)」


 空を蹴る。ただし、今回は跳び下がる・・・

 怪物に向かって跳躍した。


 〖突進〗を併用したことで跳躍力は向上。

 〖墜撃〗の効果も相まって、オレはみるみる加速していく。


「〖挑戦〗、〖蠱惑の煌めき〗」


 敵愾心を煽るのも忘れない。逃げられては全てがおじゃんだ。

 〖スキル〗は無事に通ったらしく、怪物は赤鞭と根をいくつも集めて迎撃モードだ。


 それを確認し、オレは安堵した。

 既に制御不能なスピードが出ている。回避を選択されていては面倒だった。


「(雷撃──)」


 最後に雷をお見舞いして〖連撃〗をかさ増しし、衝角の如く長大な槍を前面に形成。


「(〖スラスト〗)」


 そして落下の勢いを乗せて巨大槍を突き出した。


 ────ッッッ!


 それが怪物を貫いた、のだと思う。

 推量なのは、あまりの速度にオレ自身何が起きたか認識できなかったからだ。


 迎撃の赤鞭や根を細糸みたいに引き千切り、怪物の全身を貫いても速度は微塵も衰えず、地面に大穴を穿つことになったのだろう、と大穴の底に埋まっている現状から推測はできるが。


「(とんでも、ねぇな)」


 穴を這い上がりつつ、被害規模を見て戦慄する。かなり広範囲にわたって地面が抉られていた。

 さっきの攻撃は、ちょっとした隕石くらいの威力はあったのではなかろうか。


「(あの怪物はどうなった……?)」


 穴から出て周囲を探る。

 すると奴の行方はすぐに分かった。


 というのも、そこら中に散乱しているからだ。

 ケチャップが破裂したみたいに、そこかしこに赤い液体が飛び散っていた。


 根の方も同様で、赤い溶液に紛れて地面にいくつも落ちている。

 根っこなので分かりづらいが、若干細くなりしなびたようであった。


 それらを確認した直後、オレの〖レベル〗が急上昇し、戦闘の終了を伝えてくれた。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルアーマリースライム)が〖スキル:猛進〗を獲得しました。〖スキル:突進〗が統合されました。

>>〖スキル:チャージスラスト〗を獲得しました。

>>スラ太(侵されしファッティブラッディスライム)が死亡しました。

>>不破勝鋼矢(ジュエルアーマリースライム)の〖魂積値レベル〗が76に上昇しました。

>>名無し(混沌の種子)が死亡しました。

>>■■■■■■■■■■■、■■■の〖スキル:カオスシフト・ソウル〗により、名無し(混沌の種子)の〖魂片経験値〗が収奪不能になりました。

>>■■■■■■■■■■■、■■■の〖スキル:原初の混沌〗が発動しました。名無し(混沌の種子)の〖魂片経験値〗が還元さ──

>>不破勝鋼矢(ジュエルアーマリースライム)の【ユニークスキル:肥大地雷アース・グロウス・サンダーボルト】が発動しました。

>>名無し(混沌の種子)の〖魂片経験値〗の〖混沌化〗が解除されました。

>>不破勝鋼矢(ジュエルアーマリースライム)が名無し(混沌の種子)の〖魂片経験値〗を収奪しました。

>>〖魂積値レベル〗が92に上昇しました。

・・・

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