第41話 故郷の惨状

「(何だ、アレは……)」


 故郷の巣に着いたオレは言葉を失う。

 そこではオレより二回りは大きな怪物が、人やスライムの死体を貪り食っていた。


 赤い液状の肉体が人間の死体を取り込み、溶かす。

 体内から飛び出した根がスライムの死体に突き刺さり、吸い上げる。


 見える範囲に生存者はいない。

 人間についた傷痕を見るに、皆あの根で貫かれたのだろう。


「す、ら」


 この場で唯一動いている赤く醜い怪物は、のそのそと歩きながらそこらに転がる死体を食べて回る。


 そいつは一見スライムに見えたが、赤黒い肉体の内側には植物の根みてぇなもんが張り巡らされていた。

 鳴き声もスライムのそれに似ちゃいるが、音程がオレ達より低くくぐもっていて、おどろおどろしい印象を受ける。


 体も普通のスライムのお餅型とは少し違っていて、ブクブクと歪に膨れていた。

 イボだらけであるかのようで、見ていると悪寒が走る。


「ひっ、ぃぃ……っ」


 と、その怪物が移動中、岩に当たった。

 体の端が掠めただけだが、それだけで岩は跡形もなく消え去り、代わりに一人の青年の姿が現れる。偽装の魔法でも使っていたのだろうか。


 見つかった小太りの青年は酷く狼狽ろうばいした様子だ。

 ガクガクと体を震わせ、その場から立ち上がれずにいる。


「う、ううう、うぅぅぅ……っ。ぼぼっ、僕は本当は来たくなかったのにぃぃっ。あいつがっ、ジャスカルがっ、人手が必要だからってっ、槍を取り返させてやるって言うから付いて来ただけなのにぃ……どっ、どうしてこんなことにっ!?」

「す、ら(呑ミ込ム)」


 哀れな青年へと赤い怪物は体の一部を伸ばし──


「(──て、見てる場合じゃねぇ!)」


 あまりの惨状にしばらく思考がフリーズしていたが、助けられる奴が居るなら助けねぇと!


「(こっちだ化け物ッ。〖挑戦〗、〖蠱惑の煌めき〗!)」


 慌てて飛び出し〖スキル〗を使う。

 怪物は動きを止めると、体をこちらに伸ばして来た。


『オレが引き付けてる間にあんたは逃げろ!』

「えっ、は、え……?」

『早くしろ!』


 〖意思伝達〗で伝えるも彼はなかなか逃げようとしない。

 痺れを切らして喝を入れるとようやく動き出すが、へっぴり腰で進みが遅い。


「(何かの〖スキル〗の効果か……!? 〖レプリカントフォーム〗、『コンパクトスラッシュ』! クソ、ここじゃ戦えねぇな)」


 赤い怪物が伸ばして来た根を土特攻の槍で斬り払う。

 特攻の有無に関わらず、この槍が最も性能の高い近接武器なのだ。


 しかしこのままでは青年を巻き込むかもしれず、数度槍を振るったところで跳躍し、そのまま後ろの方へ逃げて行く。

 怪物が追って来るのを確認してからオレは森の中へと入った。


「(ここから一番近ぇのは……あそこの空き地か!)」


 巣周辺の地形を思い出しながら森を走る。

 怪物は追いかけつつ根を振り回してくるものの、〖遁走〗発動中のオレを捉えることは出来てねぇ。


 やがて視界が開ける。

 なぜか草木一本生えないその広場は、昔から不気味な場所としてスライム達に怖がられていた。


「(さあ来い、相手してやるぜ)」

「す、ら」


 森の木々を薙ぎ倒しながら進んできた怪物は、広場に入るや幾筋もの根っこを四方八方に伸ばす。


「(へっ、多少数が増えようがそんな攻撃当たらねぇよ!)」


 前後左右、そして上下。跳躍を交えて巧みに根っこを躱しつつ、〖クロスカウンター〗の〖スラッシュ〗を叩きこんで行く。

 交錯の度に根っこは斬り飛ばされて行き、けれどすぐに治ってしまう。


 とはいえ〖自己再生〗の治癒とは異なり、復元されるような感じだ。

 どちらかと言うと〖貯蓄〗で回復するのに似ている。


「(チッ、しつけぇな。ま、〖ライフ〗は削れてるはずだし問題ねぇか)」


 根だけには任せておけないと怪物本体が近付いて来るが、せっかく安定して削れているのにリスクを取る意味はねぇ。

 丸い広場の外周付近で、円を描くようにして逃げながら回避を攻撃のサイクルを維持する。


「す、ら(呑ミ込ム)」


 怪物の昏い意思が伝わってきた直後。

 ドパン! と怪物の体のイボが爆ぜると、そこから何本もの赤い水流が伸びて来る。


 否、それは水流ではない。怪物の体が細長い鞭状に変化した物だ。

 赤鞭は複雑にうねりつつ向かって来るが、オレは〖跳躍〗でそれを躱す。


「(まるでスラ太の〖血流の腕〗みてぇだな)」


 かつての仲間の〖スキル〗を思い出し、そこで違和感に気付く。

 あるいは、目を逸らしていた違和感を無視できなくなる。


「(……体色も、やたらデカいって特徴も、スラ太と同じだな……)」


 巣にあったスライムの死体は、その大半がオレの知己のものだった。

 〖進化〗はしていたが、スラ左衛門やスラ美の亡骸も見た。


 しかしその中にスラ太のものは見つからなかった。

 まだ狩りの最中ってだけかもしれねぇ。既に怪物に食われたってだけかもしれねぇ。

 けれど、もしかすると──、


『──お前っ、スラ太なのかっ!?』

「す、ら(呑ミ込ム)」

『どうして仲間達を食べてたんだ……それに死んでたスライムの何匹かはその根っこで刺し殺されてた! どうしてんなことしたんだ!?』

「す、ら(呑ミ込ム)」

『そもそもその根っこは何だ!? 〖進化〗してそんなのが生えて来るなんて話、聞いたことねぇぞ! 事情があるなら言ってくれっ、解決策がないかオレも考えるから!』

「す、ら(呑ミ込ム)」

『すらすら言ってねぇで答えろよ!』


 どれだけ問いかけても、赤い怪物から意味のある返答は無かった。

 本当にスラ太ではない只の魔獣なのだろうか。


 だが、それにしたって異様だ。

 魔獣だって生き物。感情も思考もあるし、通常ならば問いかければ何かしら返事がある。

 こんな同じ想いしか伝わって来ないなんて異常と呼ぶほかない。


「(でも、分かった)」


 分かり合えないことが、分かった。

 説得は不可能だと、分かった。

 だからオレは、──


「(お前を放っとくと人にもスライムにも被害が出ちまう。──ここで殺させてもらうぞ)」


 ──かつての同胞かもしれない者を殺害すると、決意した。

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