第39話 粗暴な冒険者、逆襲す。
「(あの単細胞共……!)」
愚痴を吐きつつ森を急いで進む。
冒険者達は追って来ていないが、あまり時間も掛けていられない。
「(人間には手ぇ出すなっつったろーが……!)」
オレが教えた投石で人間を襲ってるんなら、殴ってでも止めるのはオレの役目だ。
それに、これはスライム達の為でもある。
スライム討伐は旨味が薄いのか、オレが群れに居た頃は人間に深追いされることはなかった。
だからこそ逃走を徹底させていたし、実際それで犠牲者が出たりもしなかった。
スライムにしちゃ大規模な群れになっていたが、それも露見せずに済んでいた。
「(だってのに……!)」
思い返すのは先程のこと。
冒険者の会話からして、スラ太達はバッチリ目を付けられていた。
石を投げるスライムがどのくらい危険視されてるかは分からねぇ。
けど、さっきの冒険者の口ぶりからして多少なりとも警戒はされてるみてぇだ。
そしてもしも、殲滅するに足る脅威だと思われているのなら。
投石を使うスライム達を尾行し、巣の位置を突き止め襲撃を掛けるだろう。
「(少なくともスラ男が巣を発った時点では無事のはずだが……)」
スラ男が巣を出たのがいつかが不明だ。
さすがに昨日から探索してるってことはねぇはずだが……。
「(……でも、もし着いた時に襲われてたら、オレはどっちの味方をするんだ……?)」
ふと、そんな疑問が鎌首をもたげた。
かつての仲間達は守りたいが、人間側の気持ちも分かる。
その両者が衝突した時、オレはどちらに付けばいい?
「(…………)」
答えは出ない。けど、足も止まらない。
ただ衝動のままに森を走り続け、ようやく見覚えのある地域に入った。
〖方向感覚〗でスライムの巣の大まかな位置には当たりが付いている。
そして近くに着けば後は土地勘で巣までの道は分かる。
「(たしかこの岩から南東に進んで……)」
記憶を頼りに駆ける事しばし。
オレは懐かしのスライム村に辿り着いた。
「(──な、んだ、これ……)」
しかし、そこに広がっていた光景は──。
◆ ◆ ◆
──半日前。
「チクショウがっ」
「「「っ」」」
ウートンの町の一画に男の怒声が響き渡る。
近くに居た者はビクリと肩を震わせた。
「あのスライムめ、次会ったら串刺しにしてやる……!」
男の名はジャスカル。
鋼矢に敗れた彼は部下達に町まで運ばれ、つい先刻目を覚ましたところだった。
「「「…………」」」
ジャスカルを運んでいた部下達は、怒りの矛先が自身に向かないよう黙って縮こまっている。
彼の凶暴性は誰もが知るところであり、機嫌の悪い時に不用意に接触しては八つ当たりを受けると分かっているのだ。
「おぉっ、ジャスカル殿、帰っておられましたか! それで、ジュエルスライムは討伐できたのですか?」
そんな時、タイミング良く生け贄がやって来た。
小太りの青年で、媚びへつらうような笑みを浮かべた彼は、ゴマすりをしながら近寄って来る。
「そっ、それで、その、僕がお貸しした
顔を俯け無言でいるジャスカルに、青年は不安げに訊ねた。
そしてジャスカルの拳が震えているのに気付き、自身の失態を悟る。
「あっ、いえ、その」
ゴンッ。
民家の壁に拳が打ち付けられた。蜘蛛の巣状に亀裂が走る。
「……あの槍のせいだ」
「は、はい……?」
「あの槍が弱かったから俺様はあいつに負けたんだッ!」
怒号が響き、青年は一歩後ずさる。
しかしジャスカルは二歩進んで距離を詰める。青年を見下ろす形になった。
「よくも不良品を渡してくれたなっ」
「あ、あああ、あのっ、お言葉ですが僕が渡したのではなく、ジャスカル殿が無理やり奪い取って──」
「うるせェ!」
胸倉を掴み上げ、青年の体が宙に浮く。
青年が足をばたつかせるが、身長差が二十センチ以上もあってはその足が地面を掠めることはない。
「テメェの親父にはあの槍はスライムが食っちまったって伝えとけ!」
「そっ、そんな無茶苦茶なっ」
「ムチャでもクチャでもやるんだよ! 奪われたもんは仕方ねえだろうが! 俺様の手をこれ以上煩わせんな!」
至近距離で睨みながらそう伝えると青年を突き放す。
尻餅を突いた彼は、後退りながら立ち上がる。
「ぐぅ……こっ、今度と言う今度は許さないぞっ。え、衛兵に言いつけてやるんだからなっ」
そんな捨て台詞を残し、青年はどこかへ去って行った。
それを見てジャスカルは心の中で嗤う。
ウートンの町の衛兵はあまり優秀とは言い難い。ましてや今回のはただの強奪事件だ。
明確な証拠があるならばいざ知らず、被害者の証言しかないのであれば、袖の下を少し渡すだけで簡単に見逃される。
そのことは青年も分かっているはずだが、金も地位も力も持たない彼には他の選択肢は無いのだ。
惨めな弱者を見て溜飲を下げたジャスカルは、後ろの手下達に振り返って言う。
「いいかお前ら、明日もあのジュエルスライムを探すぞ。今日は調子が出なかったが次はいつもの得物を持って行く、絶対に負けない」
「「「了解でありやす」」」
ジャスカルの機嫌が直ったことに胸を撫でおろしつつ、部下達は頷いた。
それから部下の一人がおずおずと手を挙げる。
「あ、あの……」
「何だ?」
「今回、ジュエルスライムは他の冒険者が探している地域より南の方に居たじゃないですか。そのことをギルドに報告しておいた方がいいのでは……と思うんですが」
「なぜ他の連中に教えてやらねばならん?」
「相手を消耗させるためです。ジャスカルさんと引き分けた相手が他の冒険者に負けるはずありませんが、戦闘回数が多ければジュエルスライムと言えど疲労は免れないはず」
そんな提案にジャスカルは鼻を鳴らす。
「お前、俺様が負けるって言いたいのか?」
「いっ、いえっ、そういう事ではなくっ。まぐれとは言えジャスカルさんを倒した相手、少しでも疲れさせた方が楽が出来るではありませんか。ジャスカルさんが負けるなんて思ってませんが、あのボンクラの槍のせいでお疲れですし。同じ条件で正々堂々戦えるよう、ジュエルスライムも消耗させるべきです」
「ほう、一理あるな。いいだろう、ギルドの方には俺様から報告しておく」
ギルドに向かうジャスカルを見つつ、提案した男は上手く言いくるめられたと安堵した。
本音を言えば、この男にとってジュエルスライムなどどうでもいい。
ただ、これから毎日道中の護衛に駆り出されては堪らないため、冒険者全体に情報を伝えさせ討伐される確率を少しでも上げたかった。
だが無断で
さて、そんなことを知らないジャスカルは冒険者ギルドにやって来ていた。
我が物顔で列を無視して受付のカウンターに近づく。
「ジャ、ジャスカルさん……本日はどのようなご用向きでしょうか……?」
「ギルドマスターに話がある。通せ」
受付嬢にそれだけ言うと、ジャスカルはカウンターを跳び越え奥へと向かう。
彼の横柄さはいつものことなのでそれを咎める者は居ない。
昔は居たがそういった者は全員物理的に黙らされた。
ジャスカルは階段を上る。ギルドマスターの執務室は二階にあるのだ。
執務室は階段のすぐ近くにあり、半開きの扉から中での会話が聞こえて来ていた。
「──そうか。例のスライム達は白澤の墓の北に巣を構えていたか」
「はい。冒険者の目に付きにくい岩場に潜んでいたようです。希少種の姿も確認されており、恐らくは噂のジュエルスライムもここの者かと思われます」
「それで、どうだ? お前達だけで討伐できそうか?」
「無論です。あの程度の群れであれば我がパーティーだけで殲滅は容易でしょう。許可さえいただければ
「そうか。ならばお前達“濃霧の
そこまで聞いたジャスカルは、忍び足でその場から去る。
これからのことを思うと自然と唇が吊り上がった。
(クックック、まさかジュエルスライムの住処が聞けるとはなァ)
彼の中では巣を強襲し、ジュエルスライムの仲間を虐殺する未来が鮮やかに描かれ出していた。
もしそこに居れば一緒に殺せばいいし、狩りに出ていて居なければ巣の中で待ち伏せられる。
(生き残りを出さないためにも頭数が必要だな。手下共を全員集めるには時間が掛かるが……今からすれば間に合うか)
幸い、先程のパーティーが襲撃を掛けるのは明日の夜だと言っていた。時間はたっぷりある。
復讐の成就に思いを馳せながら、ジャスカルは襲撃の準備を始めたのだった。
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