第38話 出会いと別れ

「(まさか、お前……スラ男か!?)」


 猪オークを追うのも忘れ、目の前のスライムに問いかける。

 そいつは〖進化〗して〖長獣〗になっていたが……間違いない。


 この艶、この色、この丸み。

 どこからどう見てもスラ男のはずだ。


「(ダレダ、オマエ。オマエミタイナ、ヘンナカタチノスライム、シラナイ)」

「(変な形!?)」


 ……いや、今はそこはどうでもいい。


「(オレだよオレ、ほら、昔一緒に居た)」

「(ダレ……?)」

「(忘れちまったのか!? 一緒に木の実を取ったりしてたじゃねぇか!)」

「(ムレノスライム。ダイタイ、イッショニキノミ、トッテル)」


 それもそうか。


「(はぁ、スラ助だよ、スラ助。覚えてるだろ?)」

「(ウソダ。スラ助、チイサイザコ。オマエミタイニデカクナイ。ソレニ、イロ、ハイイロダッタ)」

「(〖進化〗したんだよ。〖進化〗したら体がデカくなるし、色だって変わる……事もあるかもだろ……?)」


 後者はちょっと自信がなく、語尾が弱々しくなった。

 スライムってあんま〖進化〗しねぇから何となく自分のケースばかり思い浮かべてたが、他のスライムが〖進化〗で色が変わるかは知らねぇんだよな。


 てかオレもジュエルスライム系統になってからはずっと水色のままだし。

 ルビースライムとかになれば変わってたんだろうけどな。


「(──と、そんなことは良い。それよりこんなとこで何してんだ? 〖マナ〗の濃い奥地には入るなって言ったろ)」

「(〖魂積値レベル〗アゲニ、キマッテル)」

「(は? 何言ってんだ。〖長獣〗のお前やスラ太ならまだしも、〖雑獣〗の子達を引き連れて……正気か?)


 スラ男は数体のスライムを後ろに従えているが、彼らは見るからに〖雑獣〗だ。

 猪オークを追って結構移動したので〖豪獣〗の出現地域は脱したものの、ここも〖長獣〗が珍しくねぇくらいには〖マナ〗が濃い。


「(ツヨクナルニハ、ギセイ、ツキモノ。ムレニハスライム、タクサンイル。スコシヘッテモ、モンダイナイ)」

「(そ、んな、馬鹿な……。スラ太は……スラ太はそのこと知ってんのか!?)」

「(モチロン、スラ太ノメイレイ)」

「…………」


 絶句する。

 こいつらは仲間の命を何だと思ってるんだ……!


「(クソっ、今すぐ止めろそんなこと! オレがスラ太に直談判し、て……)」


 義憤に駆られ叫んだが、言葉は尻すぼみになって行く。

 何つーか、こう、他人事ひとごとに思えて来たのだ。


 人間の記憶が戻ったからだろう、オレは以前ほどスライムに同族意識を抱けていねぇ。

 スライムとして生きて来た経験があるから彼らを他の魔獣と一緒くたには出来ねぇが、愛着がある、という程度に薄れてしまっている。


「(スラ助、ツイホウサレタ。ブガイシャ、クチダシスルナ)」

「(お、おう、そうかもな……)」


 スラ男の強い口調に押され、そんな弱気な返答をする。

 それからスラ男達は森の探索を再開し、オレはそれを止めるか悩み、突如、閃光が背後から襲って来た。


「〖エクスプロードカノン〗」


 ──ォォォォオオンッッ!!


 埒外の爆音が森を揺らし、眩い爆風が吹き荒れる。

 地面を捲り上げる勢いの熱波が木々の向こうより放たれ、オレの体の表面で爆ぜた。


「「「スラぁぁぁっ」」」


 直撃したオレは無傷だが、オレ以外には余波だけで致命傷だった。

 スライム達の断末魔の叫びが木霊する。

 しかしある意味彼らは幸運で、オレの近くに居た者達は声すら上げられず息絶えた。


「(な、何が──)」

「相変わらず凄まじい威力だね。どう? 倒せたっぽい?」

「不明。周囲の〖雑獣〗達は仕留めた手応えあり。けど、ジュエルスライムの〖豪獣〗に私の魔法が通じるかは……」

「いつもみたいに威張らないの~?」

「優れた魔法士は己を知る。過信はしない、常に正当な評価を下す」


 立ち込める煙の向こうから二人の女性の声が聞こえた。

 歳は二十前後と言ったところだろうか。先程の攻撃は、彼女らの魔法だったようだ。


「す、ら……」

「(! おい、スラ男っ、大丈夫か!?)」


 今は襲撃者の正体よりも負傷者だ。もうもうと立ち込める煙の中、オレは生存者の元へ向かった。

 つっても、もう生き残っているのはスラ男だけで、その彼も致命傷を負っているが。


 爆風の熱で火傷に似た状態になったらしく、体がじわじわと壊死溶けだしている。

 『大丈夫か』なんて反射的に口をついただけの気休めだ。

 既に助からないことは分かっていた。


「(くっそ、オレが先に気づいてれば……)」


 せっかくスライムには全方位視界があるというのに、あの時はスラ男達の方にばかり気を取られていて他の方角への警戒が薄れていた。

 だから対応が遅れた。

 オレが〖カバー〗を使えていれば、スライム全員を護ることだってできたのに。


 同族意識を抱けない、なんて気取っていた一分前の自分を殴りたい。

 こうして死に行く姿を見ていると、後悔の念が止めどなく溢れて来る。


「(すまねぇ、スラ男、皆……)」

「(フ、ン……オマエ、ナン、カ、ニ……カバワレ、ナクテモ……。オレ、ハ、ヘイキ……ダ)」


 オレの罪悪感を察したのかもしれねぇ。スラ男はそんなことを言ってくれる。

 死に際の者にそんな気遣いをさせてしまったことが申し訳なく、オレはついつい責任逃れの言葉を探してしまう。


「(そもそも、何でオレ達が狙われなくちゃならねぇんだ……。よりによって人間を襲わずに生きて来たオレ達が……!)」


 ああ、分かっている。これは理不尽な怒りだって。

 スライムも生活のために魔獣を狩るし、人間を襲わないようにしていたのは報復が怖いという打算からだ。

 約束や条約があった訳じゃねぇ。


 それに、オレ達が襲われた最大の理由は、きっとオレが居たからだ。

 〖経験値〗を多く持つオレを殺すために、彼女達はあの魔法を使ったのだ。

 スラ男達はただ、オレの巻き添えに──


「(ナニ、ヲ、イッテイル……。オマエ、ミタイ、ナ……ザコ、ト、イッショニ……スルナ……。オレ、タチハ……ニンゲン、ゴトキ、ナンドモ、オソッテル……)」


 おい待て。


「(……人間は絶対襲うなって口を酸っぱくして言ったよな……?)」

「(オレタチ、ハ……ニンゲン、ナド……オソレ、ナ、ぃ……)」


 その時、煙の向こうから声が聞こえて来た。


「そう言えば妹さん、災難だった。初めて投石スライムに襲われた冒険者だと聞いた」

「そうだよ~。パーティーリーダーがすぐ撤退を指示したから大きな怪我はなかったけど、こぉんなにおっきなタンコブ出来てたんだよ」

「それで済んだなら安い方……とはならないか」

「うんうん。この煙が晴れて生き残りがいたらメッタメタに斬り刻んでやるんだから!」

「使用後の視界不良は〖エクスプロードカノン〗の欠点。いずれ改善する」


 その時、オレの傍に居たスラ男の体の過半数が壊死した。

 するとそこから加速度的に壊死部分が広がり、あっという間に全身が溶けてジェル状に。

 死んだスライムはこのようになるのだ。


「…………」


 何とも言えない感情が胸に去来する。

 しかし迷っている時間は無い。

 オレはスライム達に手を合わせた後、人間達に斬り刻まれないようそそくさとその場から〖遁走〗するのであった。

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