第37話 まさかの出会い

「(ふわぁぁ……朝か……)」


 ジャスカル(仮)の襲撃から一夜明け。

 オレは洞窟の中で目を覚ました。


 ここはホブゴブリン達の潜んでいたあの洞窟だ。

 近場にあったので寝床として使わせてもらった。


「(今日はどっちに向かうかねぇ)」


 少女に勧められたのは南だが、〖マナ〗が濃いのは西だ。

 ちなみに人間の町は東にあるっぽい。帰る時や逃げる時は、皆あっちに向かってるからな。


「(あの子の助言に従うか、強敵を求めて奥地に行くか……)」


 ムムムと悩む。


 〖マナ〗の濃い奥地は魔獣が強く、それだけ来れる人間も限られる。

 だが魔獣が強いってこたぁ狩りをする人間も強いって事だ。

 ジャスカルが町有数の実力者らしいし杞憂だとは思うが、あの爺さんみてぇなのに出会うとヤベェ。


「(……いや、そうでもねぇのか?)」


 思えば、オレが爺さんに遭遇したのは〖進化〗前だ。

 あれからかなり強くなっているし、案外爺さんの実力はジャスカルと同じくらいだったのかもしれねぇな。


 あの防御無視の掌底は怖ぇが、警戒していれば早々当てられることもないだろう。


「(よっしゃ決まりだな)」


 意気は軒昂。進路は西に。

 力強く第一歩を踏み出した。




「(〖跳躍〗、〖着地〗、〖跳躍〗、〖着地〗、──)」


 弾む、弾む、弾む。

 跳び、滑らかに着地し、反動を活かして再び跳ぶ。

 〖スキル〗効果と衝撃に合わせて変形する事により、スーパーボールじみた挙動を実現していた。


 これは、どうせなら移動中も〖スキル〗を鍛えようと思って始めた修行である。

 〖着地〗は着地時に衝撃を吸収しやすくなる〖スキル〗で、これがあればジュエルアーマリースライムの硬質な肉体でも柔軟に着地できるのだ。


「(おっ、川か。でもこんぐらいなら……)」


 森を流れる小川の縁でオレは軽く体を弾ませる。


「(〖跳躍〗!)」


 そして跳んだ。

 約五メートルの距離を軽々と跳び越え、そして静かに〖着地〗。仕上げにYの字に変形。


「スラッスラ」


 十点評価の並ぶ見事な跳躍だったと自画自賛する。


 そんな風にして森を進むことしばし。

 お昼の時間が近付いて来た。


「(うーん、そろそろ昼飯獲らねぇとなぁ)」


 〖貯蓄〗のお陰で空腹感とはここしばらく無縁だが、それでもお昼になると何か食べたくなる。

 人間だった頃の名残だな。


「(できればそろそろ〖豪獣〗とも戦いてぇんだが……)」


 〖マナ〗の濃い深部であっても〖豪獣〗は希少なようだ。

 これまでであのトレントと、ゴブリンの上位種二体しか見かけていない。


 今日も何度か魔獣を見たがどれも〖長獣〗以下だった。多分。

 〖獣位〗は体格から大雑把に推測するしかないので確かなことは言えねぇが。


「(そういやあの森亀は〖豪獣〗の一つ上の〖獣位〗だったのか……?)」


 〖豪獣〗より上は見ないし、〖進化〗による肉体の巨大化は〖獣位〗が上がるほど顕著になっている。

 もしかすっと目標まであと一歩なのかもしれねぇな。


 そんなことを考えたタイミングでそいつは現れた。


「フシュゥゥ……」


 毛皮は白。二本の足で地を踏みしめ、荒々しく蒸気混じりの息を吐き出す。

 顔は豚に似ているが、口端からは太い牙が覗いている。

 豚の怪物、オークの猪バージョンと言うのが一番近いか。


 猪オークは血走ったように赤い目でオレを視認すると、途端、すごすごと引き下がった。顔面から血の気が引いている。

 そして踵を返して逃げ出した。


「(待ちやがれ!)」

「ブモォォォォォ!?」


 慌ててオレも追いかける。

 猪オークの反応はある種当然のものだ。約二メートルの身長からして奴は〖長獣〗。

 〖豪獣〗と思しき巨大水色立方体に立ち向かう〖長獣〗は、当然ながら滅多に居ない。


「(んー、〖挑戦〗なり〖蠱惑の煌めき〗なりを使えば向かって来るんだろうが……)」


 ただ、せっかくなのでそれらはナシで追い付くことにした。

 追跡の技術も磨いておけばいつか役に立つかもだからな。


「(よっ、ほっ、とっ、〖長獣〗にしては速ェな!)」


 〖跳躍〗や〖突進〗をフル活用して追いかけるも、距離はなかなか縮まらない。猪オークが時折不自然に加速するせいだ。

 そういう時は決まって真っ直ぐ走っているので、オレの〖突進〗に似た〖スキル〗でも持ってるのかもしれねぇ。


「(なら〖レプリカントフォーム・模倣〗だ!)」


 体の一部が形を変える。水色がグニャリと歪み、生まれ出たのは鎖鎌。

 ホブゴブリンコレクションに一点だけあった珍武器だ。


「スラスラッ」


 金属の擦れる音が何重にも響いた。

 鎖が意思を持ったように動き、鎌が木の幹に掛かる。そして鎖がオレの体を引っ張り加速。


 このように〖レプリカントフォーム〗で模倣した武器は、オレに繋がっている限り自在に動かすことができる。

 自在に、とは言っても動かせるのは可変部だけで、例えば刀身の形を曲げたりは出来ないのだが。


 しかしそれでも非常に有用な能力だ。

 このように便利な腕として扱えるし、何より疲れねぇのがいい。


 スライムは基本の形態──ジュエルアーマリースライムなら立方体──とあまりにも異なる形には変形できないし、変形中は少しずつ疲れが溜まっていく。

 だが〖レプリカントフォーム・模倣〗ならそれらの条件を無視できる。

 うっかり壊されると不味いのでやらないが、全身を武器にすることだって可能だ。


 さて、話を戻そう。

 鎖鎌によって加速したオレは、猪オークとの距離を徐々に詰めて行き、遂に奴の首を間合いに捉えた。


「(よっし、っ──)」


 背を見せる猪オークの命を刈り取るべく〖スラッシュ〗を放つ。

 いや、放とうとした。


「ブモォゥっ!?」


 だが直前で猪オークは進路を変えた。

 これまでほぼほぼ直進してばっかだったのに、いきなり斜めに進み出した。


 突然のことにオレはたたらを踏むようにして立ち止まり、すぐさま猪オークの後を追おうとし、そこで奴が急に方向転換した理由が目に飛び込んできた。


 それを見て、オレは呆気に取られる。

 こんなところに居るはずのない者が居たからだ。


「(まさか、お前……スラ男か!?)」


 オレを追放したスラ太の子分、スラ男が他のスライムを引き連れて立っていた。

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