第35話 ジャスカル

「やっと見つけたぜジュエルスライム! テメェの〖魂片経験値〗は俺様のものだ!」


 引っ越しのためにトレントの大木を食べていたところ、槍を担いだ偉丈夫が広場に現れた。

 彼は四人の仲間を連れているが、彼らは少しお疲れの様子だ。


「や、やっと見つかったぜ……」

「三日間の成果がついに……」

「フン、情けねえ。俺様のように鍛えてねえからこれしきの事でへこたれるんだ」


 仲間を広場の縁に残し、偉丈夫は単身坂を上り始める。


「オメェらはそこで俺様が新たなステージに登るのを見ていろ! 手筈通り、アイツの相手は俺様一人でやる!」

「「「了解っす」」」


 どうやらオレの〖経験値〗を独り占めするつもりらしい。

 仲間達も不満はなさそうだが、まあ、いずれにせよ関係ねぇ。


「(わざわざ付き合ってやる義理はねぇからな!)」


 トレントの大木を溶かすのを止め、逃走の体勢に入る。

 槍使いの偉丈夫って特徴からして昨日聞いたジャスカルとかいう上級冒険者の可能性が高ぇ。


 もしかするとあの爺さんよりも強いかもしれねぇ相手。そうでなくても防御無視の〖スキル〗を持ってる可能性もある。

 ここは逃げの一択だ。


「おっと逃げんなよッ、〖ダークアイアンドーム〗!」

「(なっ!?)」


 爆発的な〖マナ〗の高まりを感じた。

 直後、丘の中腹辺りから黒鉄の壁がせり上がる。


 壁は内側に向かって湾曲しており、広場を完全に覆ってしまった。

 めちゃくちゃデカい鉄鍋を逆さに置いたみてぇな感じだ。

 日の光が遮られ、広場は闇に包まれる。


「〖マナ〗を温存しといた甲斐があったぜ。いくらすばしっこいジュエルスライムでもこれなら逃げられねえ! それに〖夜目〗のないスライムじゃ俺様の位置もわかんねえよなァ!」


 いや、〖夜目〗は持ってるぞ。

 てかそんな大声上げながら突撃してきたら足音で位置バレるんじゃねぇかな……。


 大声は攻める方向を誤認させるためのフェイクだった、何てオチもなく。

 ジャスカル(仮)は一直線に近づき、刺突を放って来た。


「ウオォォォッ、〖ヘビースラスト〗ォ!」

「(危ねぇ危ねぇ)」

「何ぃ!?」


 ひょいと跳んで回避した。

 刺突は大木に当たり大穴を開ける。なかなかの威力だ。

 走る速度もムキムキゴブリンぐらいだし、〖豪獣〗並みの実力者と見るべきか。


「チィッ、こいつまさか目が見えて──」

『ああ、見えてるぜ』

「──っ!?」


 ジャスカルが目を見開く。攻撃を躱された時以上に驚愕している。

 半歩下がって腰を低くし、強い警戒心の伝わって来る構えを取った、


「この頭に響く声は……お前か? スライム」

『そうだぜ。だから一旦矛を収めてくれると助かる』

「……話したいってんなら聞いてやろう」


 ジャスカルは構えを緩める。

 完全に警戒を解いちゃいないが、即座に襲い掛かって来るって感じでもねぇ。


『ありがてぇ。実はよ、オレは邪悪なスライムじゃないんだ。人間を襲うなんてこと絶対にしねぇ。だから今日のところは見逃してくれねぇか?』

「口だけの言葉を信じろって?」

『そう、だな。証拠を出せって言われると難しいんだが……信じて欲しい』


 我ながらかなり無茶な要求してるなって思う。信用されねぇと思ってたからこれまで逃げ回ってたわけだしな。

 けれど、ジャスカルから帰って来たのは意外な返答だった。


「いいぜ、信じてやろう」

『マジで!?』


 今度はオレが驚く番だった。

 まさかの快諾をしたジャスカルは、ニタニタとした笑みを浮かべて歩み寄って来る。


「マジだマジ。町に帰ったらお前は邪悪なスライムじゃなかったから──」


 突如、ジャスカルが加速する。


「──無抵抗で俺様の〖魂片経験値〗になりましたって報告してやるよォ!」

『あっぶねぇ!?』


 急加速からの刺突を紙一重で躱す。

 いつでも〖跳躍〗できるように身構えてなきゃ当てられてたかもしれねぇ。


 その後もジャスカルは素早く追撃を放って来るが、〖転瞬〗と〖遁走〗があれば回避自体はかなり楽だ。

 逃げながら不満を訴える余裕だってある。


『何で攻撃して来るんだよっ、信じてくれるんじゃなかったのか!?』

「ハッ、魔獣を殺したところで誰も咎めやしねえんだ! せっかくの高〖魂片経験値〗を無駄にする訳ねえだろう! 大人しく俺様に殺されやがれ!」

『止めろっ、スライム愛護団体に訴えるぞ!』

「んなもん聞いたこともねえな!」


 必死の説得も意味をなさず和平交渉は決裂した。

 次に目を向けるのは黒鉄の壁。逃げながら一度攻撃してみたが、簡単に壊せそうにも無かった。

 あれさえなけりゃ逃げられるんだが……。


「(うーん、こいつ倒したら解除されるのか?)」


 発動者が死んだり気を失ったりしたら魔法は解ける、というのは漫画とかでありがちだ。

 でも系統の似ている鋼鉄使いの細身ゴブリンの場合、死んでも武器は消えなかったしなぁ。


「(いんや、どっちにしろこいつが自由にしてると他の手段も試せねぇな。取りあえず意識を奪うか)」


 方針は決まった。後は動くだけだ。


「チィッ、デケェ図体の癖にちょこまかとっ」

「スラッ」


 オレは強めに跳んで後退する。

 逃がすまいと一層鋭く踏み込むジャスカル。そこへ移動しながら拾っておいた石を投げる。


「ハッ、お前らが投石を使うことは知ってんだよ」

「(?)」


 気になることを言っているが今は戦闘に集中だ。


 ジャスカルは顔面目掛けて飛んで来た石を槍で弾こうとする。

 その瞬間、オレは〖空中跳躍〗と〖突進〗で一気に距離を詰めた。


「何だと!?」


 突如の攻勢で意表を突けたのかジャスカルは目を見開く。

 慌てて迎撃するように槍を翻すが、それは悪手だ。


 咄嗟の行動にしてはかなり力が籠っちゃ居たが、オレの質量を槍一本で押し返せるはずもなく。

 防御無視の効果もない刺突はいとも容易く弾かれてしまった。


「しまっ」

「スラァスラ!」


 至近距離で身体を変形させ、相手の全身を包み込む。

 ジャスカルは抵抗しようとするが、オレの〖タフネス〗を撥ね退けられはしねぇ。


「──! ──っ! …………」


 やがて抵抗の動きもなくなった。窒息したのだろう。

 それと同時に黒鉄のドームも消える。オレの予想は当たっていたらしかった。


「「「あっ、兄貴ぃぃぃ!?」」」

『返すぜ、責任もって連れて帰れよ』


 ジャスカルの惨状を見て悲鳴を上げる仲間達へ、オレは彼の体を放る。

 薄情にも逃げ出していた四人組の背にちょうど落ち、彼らがクッションになったのでジャスカルは無傷のようだった。


「「「ひっ、ひぃぃぃぃっ!」」」

『二度と来んなよー』


 四人組は落ちて来たジャスカルを抱えて再び撤退して行く。

 ここまで来れたのだし、帰りもまあ、多分大丈夫だろう。


 あんまり護送する気にはなれず、ジャスカルから頂戴した槍をぶんぶん振るって彼らを見送ったのだった。

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