第34話 三度目の少女
森から現れた水色髪の少女は、昨日会った時と比べて特段汚れているという感じはしなかった。
どうやら森で一夜を明かしたわけじゃあなさそうだ。
『昨日ぶりだな! あの後ちゃんと町に戻れたみてぇで安心したぜ』
「安心した、はアタシのセリフだよ。スライムさん、死んじゃったんじゃないかって心配したんだから……」
坂を下りながら言うと、そんな言葉を返された。
心配かけたようで申し訳なく思う一方、疑問も浮かんでくる。
『え、もしかしてそれが理由でこんなとこまで来たのか?』
「まあ、それもあるね。お礼も言いたかったし、スライムさんが逃げてった方角は分かってたし」
『危険だぞ!? この辺りの〖マナ〗が滅茶苦茶濃いのは分かってるだろ、その分魔獣も強いんだぞ!?』
「大丈夫だよ。アタシ、見つからずに進むのだけは得意だから」
彼女はそんなことを言うが、オレは不安を拭えない。
そんな雰囲気を感じ取ってか、少女は言葉を重ねる。
「本当に大丈夫なの。アタシは〖属性スキル〗で魔獣が居れば分かるから」
『〖属性スキル〗……?』
聞き慣れない単語が出たので問い返す。
「あ、そっか。魔獣には無いもんね、〖属性〗。〖属性〗は人間しか持ってない〖ステータス〗でね、魔法を使ったり〖スキル〗を強化したりできるんだよ」
『そんなのがあるのか……』
見かける度に逃げてたから人間のことは正直よく知らねぇんだよな。
てか〖スキル〗だけじゃなく魔法もあんのか。相変わらずファンタジーな世界だぜ。
『……ん? そもそも〖スキル〗と魔法の違いって何だ?』
「魔法は〖スキル〗の一種だよ。〖属性〗によって生まれる〖属性スキル〗の内、〖マナ〗で〖属性〗の力を抽出して放つのが魔法なの。〖マナ〗を使わずいつも発動してる〖属性スキル〗は特性って呼ばれてる」
まぁアタシはハズレ〖属性〗だから魔法は使えないんだけどね、と彼女は苦笑する。
『へー、そんなのがあんのか。もしかしていつもオレを見つけられてんのもその特性ってやつの力か?』
「そうだよー。一人でいるスライムって珍しいからね。でもスライムさんは会う度に姿が変わるしホントに合ってるかちょっぴり不安だったけどね」
『まぁ、今じゃこんな四角くなっちまったしな』
「うんうん、アタシも最初なにこれって思ったもん。でも体を変形させてるみたいだったから、もしかしてスライムなんじゃないかって思ったら……やっぱりスライムさんだった! 色も水色だったしね」
『色で判別してんのか』
「そんな綺麗な色したスライム、スライムさんだけだからね。町の皆も水色のスライムを探せーって盛り上がってるし」
……盛り上がってんのかー。
分かっちゃいたが、オレを倒そうとする者で町が賑わってる様子を想像すると微妙に恐怖を覚えるぜ……。
「そうだ! 形と言えばスライムさんまた〖進化〗したんだね。初めて会った時はあんなに小さかったのに。魔獣の〖進化〗って普通は何年もかかるって聞いてたけど……もしかしてあの熊さんを倒して一気に〖
『そうだぜ。かーなーり手間取ったが、オレの敵じゃあなかったな』
「凄いね! ……あの時は後先考えずに飛び出そうとしてたけど、アタシじゃきっとすぐに殺されてたよ。だからありがとう、スライムさん。アタシと冒険者の人達を助けてくれて」
真摯な声音でそう言うと、彼女は深々と頭を下げた。
こ、こうも真っ向から感謝されると……少し照れる。
『良いってことよ! あの熊に勝てると思ったから助けただけだし、人が襲われてるのは放っとけねぇしな』
「スライムさん、スライムなのに?」
『スライムなのに、だ』
「ふふっ、変なの」
彼女は少しの間笑っていたが、それからふと思い出したように告げる。
「ああ、それとね、実はスライムさんのこと狙ってる人がいるから気を付けてね」
『それはさっき聞いたぜ、町の人間達がオレを狙ってんだろ? 心配は要らねぇ、オレは〖豪獣〗だからな』
胸を張って言う。
前に会った爺さんみてぇなのが来たら微妙だけど、あれから強くなったオレならもっと余裕を持って逃げられるはずだ
「油断しちゃ駄目だよ。これは秘密なんだけどね──」
少女は声を潜めて耳打ちしてくる。オレ達以外誰も居ねぇけどな、この広場。
「──上級冒険者のジャスカルさんって人がスライムさんのこと倒そうとしてるみたいなの」
『ほほう……冒険者ってのは魔獣退治の専門家ってことで良いんだよな?』
「そうだよ」
〖意思理解〗で読み取れたイメージでは、“上級冒険者”は“強い狩人”に似たニュアンスの言葉だった。
しかしながら、ただの狩人よりはもっと広範な役割を持ってる感じだったので、アニメやゲームに倣って冒険者って語を当てはめてみたのだ。
少女の反応を見るに、そういう理解で合ってたみてぇだな。
『その上級冒険者はどんくらいの強さなんだ? 〖レベル〗とか、他の森に来る冒険者と比べてとか』
「他の人よりずっと強いよ。私の町にはたっくさん冒険者がいるけど上級冒険者は町に十人くらいしかいないもん。多分スライムさんが見たどんな人よりも強いと思う」
『お、お爺さんよりも強いのか……?』
「? うん、まあ、普通のお爺ちゃんが百人いても勝てないと思うよ」
マジかよ。
あの爺さん百人分とか天変地異の類じゃねーか。
「詳しい〖
『……パーティーってのは仲間のことだよな?』
「そうだよ」
うーん……。〖長獣〗のオレを一蹴した爺さんの百倍強いなら、〖豪獣〗でも一人で倒せそうなもんだけどなぁ……。
よっぽどの慎重派なのか、それとも──。
「槍を持った背の高い男の人だから。もし見かけたらすぐに逃げてね」
『分かったぜ』
取りあえず了承し、しかしふと疑問に思う。
『でもなんでそんな親切に教えてくれるんだ?』
「スライムさんが心配だからだよ。この前助けられたし殺されちゃったら悲しいもん」
『……それだけか?』
「……実は、ジャスカルさんはすぐ怒鳴ったり暴れたりすることで有名なんだ。それにあの人の取り巻きには何度か意地悪されたことがあるし。だからアタシはあの人にこれ以上強くなって欲しくないの」
悪戯っぽく口を歪める少女。
いい子だなぁと思ってたけど、裏には彼女なりの思惑もあったらしい。
「冒険者達の間ではスライムさんはここより北……あっちの方に居るって噂になってるの。だからあっちに行くのは避けた方がいいよ」
それから少女はすっくと立ちあがった。
「それじゃあアタシ、そろそろ行かないと。またね、スライムさん」
『ああ、またいつかな。でもこんな危ないとこには二度と来たら駄目だかんな!』
「うん、それとスライムさん、ここに居ると運悪く見つかるかもだから、向こうの方に引っ越した方が良いよ」
『おう、分かったぜ!』
そうして少女とは別れた。
さてその後、オレは居を移すべきか考えた。
しかし、まだトレントの実は残っていたので、もう少しだけ留まることにした。
一日二日で人間が来ることもねぇだろうしな。
そんなテンプレートなフラグを建てたせいか、少女と出会った翌日、
「やっと見つけたぜジュエルスライム! テメェの〖
槍を構えた偉丈夫を先頭に、五人の人間がやって来たのだった。
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