第26話 大熊2

「(〖跳躍〗っ、〖突進〗っ、〖クロスカウンター〗っ、〖スラッシュ〗ツ!)」


 覚えたての〖突進〗も併用し、大熊の脇をすり抜けざま、渾身の斬撃を食らわせた。

 未だかつてない速度でかっ飛んだオレは、前方にあった木をへし折って止まる。


 先程の突撃はあまりに速く、オレの認識できる速度域を超えていた。

 〖スラッシュ〗もほぼあてずっぽうで振るっただけだ。

 命中した感触はあったのでそこの心配はいらないのだが、どれくらいの傷を与えられたかは見てみるまで分からねぇ。


「ヴェルゥゥ……!」

「(チッ、腕一本くらい持ってけると思ったのによ)」


 オレの攻撃は大熊の右前脚に当たったらしかった。

 丸太ほどもある黒い剛腕は半ばまで断ち斬られている。


 あの傷なら戦闘では使い物にならねぇだろうが、重要なのはそこじゃねぇ。

 オレの〖スキル〗を束ねに束ねた一撃でも、あれだけの手傷しか与えられなかった。


「(こりゃあ撤退か……いやっ、まだ絶対に無理だって決まった訳じゃねぇ!)」


 急所を狙えばまだ勝てる可能性はある!

 と決意を新たにしたところで、大熊が振り返った。


 獲物だと思っていた相手に傷つけられたのが相当堪えたのか、その目には〖挑戦〗を受けたとき以上の怒りが宿っている。

 後ろの二足で立ち上がると軽く天を仰ぎ、咆哮。


「グゥォォオオオオッッ!!」

「す、らっ!?」


 物理的な重みを伴うハウリングが上から・・・襲って来た。何かの〖スキル〗の効果だろう。

 それを無防備に受けたオレはダメージこそないものの、地に抑えつけられる。


「(! やばっ)」


 大熊が吼え、オレが見えない圧力で動けなくなっていた数秒間。

 大熊は咆哮〖スキル〗の制約のためか移動はしなかったが、代わりにその場で攻撃準備をしていた。


 怪我をしていない左前脚に〖マナ〗を集めていたのだ。

 咆哮が止み、オレが〖転瞬〗で逃げ出そうとすると同時、腕が振り抜かれた。


 鉤爪の軌跡に沿い、半透明な斬撃が飛翔する。

 長さ数メートルにも及ぶ長大な斬撃は大熊の突進よりも速く、オレの回避は間に合わない。


「(こんにゃろっ、〖ブロック〗……っ)」


 体の一部を盾に変え、五条の斬線を〖ウェポンスキル〗で受け止めようとする。

 きっと通常ならここまでしなくとも余裕で耐えられる攻撃。が、〖タフネス〗を無視する大熊のは別だ。

 盾に切れ目が刻まれた。


「(ぅっ)」


 切り傷から広がる鋭い痛み。ドロリとその周辺が溶け出す。細胞が壊死したのだ。

 スライムの体は強烈な攻撃を受けると、このように傷口周辺にダメージが伝播する。


 今回は〖ライフ〗が一割ほど削られたので、約五パーセントの体積が溶けた。

 肉体の体積的には大した範囲の攻撃じゃなくても、致命傷になり得るので注意が必要だ。


「(──なんて言ってる場合じゃねぇっ、〖跳躍〗!)」


 飛ぶ爪撃を放った大熊はすぐに走り出していた。

 片前脚の怪我で多少速度は落ちているが、素の〖スピード〗はあちらが遥かに上。

 爪撃を防いだオレはたちまちその場から飛び退る。


「(雷撃、雷撃!)」


 油断させるため使わずにいた【ユニークスキル】も解禁だ。

 手始めに二発、雷を飛ばしてみる。


「グゥルル」


 特に堪えた様子はねぇ。

 あの見るからに堅そうな毛皮は雷も防ぐみてぇだ。


 取りあえず無駄っぽいのでも雷撃は中止する。

 〖身体修復〗のためにも〖マナ〗は残しておくべきだ。


「ヴェヴゥゥ……ッ」


 逃げ回っていると、再び大熊が〖マナ〗を収束させ始めた。

 またさっきの爪撃飛ばしかと考え、首を横に振る。

 今度の〖マナ〗は後ろ脚に集められていた。


「(脚なら突進を強化する類の〖スキル〗か……?)」


 警戒しつつギアを上げる。

 反撃のチャンスを探すため引き離し過ぎないようにしていたが、〖スキル〗が来るなら逃げの一択だ。


 相手の〖スキル〗の起こり。脚に一際ひときわ力が込められるタイミングを逃さないよう注視する。


「グァウッ!」

「(なっ!?)」


 何てことない踏み込みに合わせ、脚の〖マナ〗が地中に注がれる。

 かと思えば弾けるようにして広がった。


 何かする暇もなく、地面が勢いよくせり上がる。

 大地の拳で強かに打たれたオレは、枝葉を突き破って上空へ。


「(あ、でもダメージはねぇな)」


 体に痛みはないし、〖ライフ〗も減っていない。そういや咆哮〖スキル〗もノーダメージだった。何故だろう。

 直接攻撃された訳じゃないから〖タフネス〗貫通能力が働かなかったのか……?

 いや、それならさっきの爪撃飛ばしも──。


 ……まあいい、それより考えるべきはこれからだ。

 具体的には、地上で爪撃飛ばしの準備をしている大熊にどう対処するかである。


「(〖空中跳躍〗を使えば逃げられるが……今は絶好の状況だ。どうすっかは慎重に選ばねぇと)」


 慎重に、つっても猶予は少なかったので結構行き当たりばったりな結論になったが。


 木々の隙間からオレを見上げる大熊が、片腕を振り抜いた。

 景色を歪ませる五つの爪撃が高速で飛来。

 想像を絶する速度だが、二度目なので少しは慣れている。

 念入りに斬撃を見極めて能力を発動。


「(〖ウェポンボディ〗!)」


 意識して使わずとも〖ウェポンボディ〗は常に発動しているのだが、気分の問題で叫んだ。

 オレは全身・・を盾へと変形させる。円盾ラウンドシールドと言う奴だ。


 円盾は平べったいが、お餅を潰したような形だ。

 剣や槍など、他の武器よりかはスライムの基本形態に近く負担が少ない。


 そうして生まれたスライムシールドは垂直に落ちて行き、見事、爪撃と爪撃の間をすり抜けることに成功した。

 一度〖空中跳躍〗で調整できたのも大きい。


「(〖空中跳躍〗!)」


 そして楕円形の通常形態に戻りつつ、〖空中跳躍〗で真下に加速。

 重力の影響も合わせ、オレは瞬く間に大熊に迫る。


「(〖挑戦〗、〖魅惑の輝き〗!)」


 さらに、逃げられないよう攻撃意欲を煽った。

 獰猛な赤い瞳がオレをキッと見つめる。

 ここまで来れば、あとは運次第。


 オレはみるみる近づく大熊にぶつけるべく鞭を伸ばし、先端から刃を生やし、


「(雷撃!!)」


 オレを睨む眼球に向け、雷を三発程お見舞いした。

 狙撃の経験が少ないため完璧に狙い通りとはいかなかったが、雷光で視界は潰せたはず。

 大熊が片腕で顔を庇おうとし、ここでオレの射程に入る。


「(〖圧し潰し〗ッ、〖連撃〗ッ、〖スラッシュ〗ッ)」


 諸々の〖スキル〗補正が乗った一撃が直撃した。

 無事だった左前脚に、大きな切り傷が刻まれる。

 初めに食らわせたのと遜色ない損傷を負わすことができた。


「(クソッ、仕留め切れなかったか!)」


 が、殺害には些か威力不足。

 大熊の鼻面に落ちたオレは即座に飛び退こうとし、思いとどまる。


「(待てよ──)」

「グモ゛ォォォオオ!」


 大熊は呻きつつも、首を振るいオレを振り落とそうとした。

 〖不退転〗で耐えつつ、叫びを上げる口の中に侵入する。

 すると顎が締まり、牙がオレを噛み砕こうとし、


 ──ガキンッ。


 硬質な音が響いた。

 オレの体に痛みはない。

 どうやら、賭けは成功したみてぇだ。


「(やっぱり、お前の〖スキル〗は爪の攻撃を〖タフネス〗貫通にすんのか)」


 確証はなかった。

 地面に跳ね上げられた後、ダメージの無かった攻撃の共通項を思い浮かべ、思ったのだ。

 もしや、こいつは爪の攻撃でしか〖タフネス〗貫通を使えないんじゃないか、と。


 どうやら推測は当たっていたらしく、大熊の牙はオレの体に傷一つ付けられていない。


「(あとはこうすりゃっ)」


 そしてオレは口の入口とは反対、喉の奥へと体を伸ばす。気道を塞ぐ。

 くぐもった大熊の悲鳴が聞こえるが、こいつにどうにかする手段はねぇ。

 精々が口からはみ出たオレの体の端っこを攻撃することだが、ボロボロの腕じゃあ大した攻撃はできねぇ。


「(〖溶解液〗っ、【肥大地雷アース・グロウス・サンダーボルト】!)」


 そして駄目押しの追撃。体内からなら多少は効果もあるはずだ。

 目論み通り大熊の抵抗は鈍化。暴れる力も徐々に失って行く。


 〖ライフ〗が高いと心肺機能も高まるが、それでも息が出来なきゃいずれは死ぬ。

 顔に張り付いて一分か、二分か、もっとか。

 無我夢中で〖溶解液〗や雷撃を使っている内に巨体が倒れ、そしてその数十秒後、オレの〖レベル〗が急激に上昇したのだった。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルウェポンスライム)が〖スキル:墜撃ついげき〗を獲得しました。〖圧し潰し〗が統合されます。

>>不破勝鋼矢(ジュエルウェポンスライム)の〖魂積値レベル〗が56に上昇しました。

>>〖進化〗が可能になりました。

・・・

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