第25話 大熊

「ヴェルァァーッ」

「〖アースバインド〗っ……駄目っ、少しも効いてない!」

「くっ、何でこんなとこに〖豪獣〗が……!」

「いいから走れッ、追いつかれたら終わりだぞ!」


 三人組の人間が魔獣に追われ、こちらに向かって逃げて来ていた。

 追っているのは大きな熊。いつか戦った──というか一方的にぶっ飛ばされただけだが──あの大熊である。


 大熊の速度はかなり速い。人間達が追い付かれるのも時間の問題だ。


「今助け──」

「(待て待て待て待てっ)」

「──ひゃあっ!?」


 少女が飛び出ようとしていたので、足首に鞭を巻き付け吊り上げる。

 いきなり走り始めた時は驚いたが、オレの方が〖スピード〗が高いらしくすぐに追い付けた。


「(出て行ってどうするつもりだよ。殺されるのがオチだぞ)」

「でもこのままじゃあの人達がっ」

「(それは出て行っても一緒だろ)」

「それは……」


 前に会った爺さんの件でオレも学習した。この子が相当な実力者である可能性も考えられた。

 が、オレより〖スピード〗が低いことと言い、こうして簡単に捕まえられたことと言い、とても強いとは思えない。


 言い淀む少女の様子を見てそれを確信し、改めて意思を伝える。


「(いいか、あの大熊はオレがどうにかする。だから君は逃げろ。近くにいられちゃ巻き込むかもしれねぇ)」

「えっ?」


 ふんわりと彼女を地に下ろし、オレは茂みから飛び出した。

 ちょうど人間達が通りがかったタイミングだった。


「うおっ、スライム!? しかもあの色、噂の──」

「馬鹿っ、構ってる場合か! 前だけ見て走れ!」


 オレの脇を走り去っていく人間達。

 そのすぐ後に大熊が続くが、行かせてやるつもりはねぇ。


『オレが相手だクマ公! 〖挑戦〗発動!』

「グゥォォッ!」



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢|(ジュエルウェポンスライム)の〖愚行〗が発動しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 クマの赤い瞳がオレを射貫いた。

 〖挑発〗の上位化した〖挑戦〗は『格上に使うと効果が高まる』という能力が増えている。

 その甲斐あって、大熊にも問題なく通じたらしい。


 大熊はそれまでより深い一歩を踏み込み──。


「(〖跳躍〗!)」


 オレは反射的に跳んだ。

 各種〖スキル〗の補正がかかり、弾丸のような速度で跳び退く。


 ──ドゴンッ!


 地面に刻まれる亀裂。遅れて吹き抜ける突風。

 大熊の突進及び爪撃は、ほとんど目視が不可能だった。


 木の幹に掴まり、眼下の様子に身震いする。


「(〖跳躍〗!)」


 初撃を外した大熊の目がこちらを向いた瞬間、オレは幹を蹴っていた。

 それとほぼ同時に大熊の姿が霞み、背後から轟音が聞こえた。大熊の一撃で木がへし折られた音だ。


 スライムの種族特性である全方位視界でそれを見たオレは、スライムには無いはずの肝を冷やす。

 〖転瞬〗込みでも動きを追うのがギリギリだ。


「(ヤッベ、着地が間に合わ──、)」


 今回は無我夢中で跳んだため、跳んだ先に何も無かった。

 オレが着地するより早く大熊が振り返り、体を軽く沈ませ突進の構えに入る。


「(〖空中跳躍〗!)」


 咄嗟に横へ跳んだ。体表を撫でる強風が回避の成功を教えてくれた。

 使用可能回数を一回消費しちまったが、これは必要経費だろう。


「(とりまこれは〖遁走〗あるのみだな!)」


 〖跳躍〗や鞭移動を駆使し、木から木へと高速で跳び移っていく。

 大熊は追って来ているがそこまでの速度差はねぇ。少しは考える時間が作れるはずだ。


 まず第一に、人間達を助けるっつー目的は達成できた。

 あとはあのクマ公をどうにかすりゃあ良い。


 選択肢は二つ。戦って倒すか、逃げて撒くかだ。

 前回の交戦経験から言って、〖タフネス〗を無視してダメージを与えて来る大熊の相手はリスクが高ぇ。

 撒いちまうのが得策なんだろう。


「(けど、何もしねぇまま逃げるってのもな……)」


 たしかに大熊は危険な相手だ。戦えばタダじゃ済まねぇ可能性も高い。

 でも、だからって簡単に逃げちまっていいのか?


 前に戦った時よりオレはずっと強くなってる。こうして逃げ続けられるぐらいには能力が上がった。

 大熊は格上だが、太刀打ちできない相手じゃねぇ。

 にも関わらず何もしないまま逃げては……この先もずっと、格上からは逃げ続けるんじゃないかと思えてならない。


 別に、オレはそこまで誇りとか矜持とかを重視してるわけじゃねえし、死にそうなら迷わずに逃げるべきだって思ってる。

 でも同時に、どうしても逃げちゃ駄目な時、逃げてしまっては自分の命よりも大切なモノが失われてしまうような時、そんな時もあるんじゃないかとも思ってる。

 だからこそ出来ることからは逃げたくないのだ。


 翻って現在。大熊の〖獣位〗は多分オレと一つ違い。そして〖レベル〗もそこまでは高くはないはず。

 というのも、前回も今回も〖マナ〗の薄い地域に居るからだ。


 〖長獣〗の上の〖豪獣〗なら、より良質な獲物を求めて奥に潜るはず。

 だと言うのに浅い地域に居るってこたぁ、それはつまり〖進化〗したてって事だろう。


 オレの〖タフネス〗を貫けるから脅威が大きく見えちゃいるが、実力自体はかなり近しい。

 逆立ちしても勝てない相手、って訳じゃあねぇ。


「(そうだな、ここらで一度、チャレンジしてみるのも手だよな)」


 ヤバそうならすぐ逃げる! けど、やれるとこまでやってやる。

 そんな決意を人知れず固めた。


「(それにやっぱ〖豪獣〗の〖経験値〗は魅力的だしなぁ)」


 ついでに欲望を心に浮かべ、緊張しかけていた心を解す。

 ぃよっし! 準備万端!


 反撃の手はもう考えてあった。

 オレは徐々に速度を落とし、大熊との距離を縮めて行く。


 そして程よい距離まで縮まったところで──オレは大木に真正面からぶつかった。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢|(ジュエルウェポンスライム)が〖スキル:突進〗を獲得しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 急制動が掛かるオレの体。大熊はこれを好機と無警戒に走って来る。

 作戦の第一段階は成功だ。


「(目標変更! オレは大熊の脇を通り抜けて逃げるぜ!)」


 〖遁走〗維持のためにそんなことを思考する。

 そしてググっと力を溜めて行く。


 かなりの高速で、なおかつかなりの重量があるオレの衝突により、大木は僅かに傾いた。しなった。

 となると当然、木には元に戻ろうとする力が働き──、


「(〖跳躍〗っ、〖突進〗っ、〖クロスカウンター〗っ、〖スラッシュ〗ツ!)」


 ──その力を利用して、オレは砲弾のような速度で大熊へと突撃した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る