第13話 出会い

 ケンタウロス型ザリガニと交戦し、相打ちのような形でぶっ飛ばされたオレ。

 落っこちたその先には、一人の少女がいた。


「きゃあぁーっ!」


 真昼の空のような水色の髪を持つ彼女は、絶賛混乱中だった。

 森の中ってことですぐに口を手で覆ったが、腰を抜かしバスケットを抱えて震えている。


「す、すら……」


 なんて分析しちゃいるが、オレも結構混乱してる。

 こ、こういう時、スライムはどうすりゃいいんだ……?

 人間同士なら驚かせたことを謝って事情を話しゃあ良いんだろうが、スライムに人語は話せねぇ。


 どうにかしてぇが、めっちゃ怯えてるからオレが近付くのは逆効果だろうし……。

 などと考えている内にも少女が恐る恐ると立ち上がり近付いて来た。


「……もしかして、怪我、してるの……?」


 オレの前で膝を突き、覗き込むようにして少女は尋ねる。

 高所から落下し動かなくなったのを見てそんな風に思ったらしい

 それからバスケットを漁ると、薬草を掴んで差し出して来た。


 ? 何を、考えているんだ……?

 オレは魔獣だぞ? 人間も襲う怪物だぞ?


 いや、オレは元人間だから襲わねぇけど、普通のスライムなら〖溶解液〗を吐きかけている場面だ。

 なのにこんな無防備に近づいて、貴重な薬草まで渡すなんて。


 何を考えているのか、さっぱり分からねぇ。


「これ、薬草だよ。食べたら怪我が早く治るよ。ほら、食べて」


 少女はぐいぐいと薬草を押し付けて来た。

 まさか毒でも仕込んでるんじゃないかと疑心暗鬼になりつつも、〖完璧の守勢〗を信じて恐る恐る消化することにした。


 澄んだ蒼色の体の中で、薬草が徐々に溶けていく。

 ぶっちゃけ怪我してないので治癒効果は働かねぇが、代わりに薬草に含まれる〖マナ〗を吸収出来て力が湧いて来た。


「スラッスラ!」

「ふふっ、良かった」


 元気よく跳ねるオレを見て少女は微笑む。

 ただ、その姿を見てオレは不安になった。


 この子は傷ついた魔獣を見かけたら、また同じことをすんのか?

 オレを助けたのはスライムだから暴れられても平気だ、って計算もあったのかもしれねぇが、それにしたって危なっかしい。

 きちんと注意しておかなくては。


「スゥラッスラ、スーラ、スララスッラ!」

「お礼を言ってくれてるの? どういたしまして!」


 爽やかな笑顔を返される。

 クソッ、伝わらねぇ!

 身振り手振りも交えていたのだが、ものの見事に誤解されている。


「スゥラ!」

「?」


 あなたの考えは間違っていますよ。という意思を込めて体をバツ字にした。

 けれど、この辺りの人間にはバツを不正解とする共通認識は無いらしい。


「良い子良い子」


 何を思ったのか彼女はオレの頭──バツ字の谷間の辺りだ──を撫でて来る。

 意思を伝えるべく体を捏ね繰り回しているが、一向に伝わる気配がねぇ。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルスライム)が〖スキル:ジェスチャー〗を獲得しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そもそも、こんな抽象的なことを言葉抜きで伝えようというのが間違いだったのでは?

 そう思いかけていると、少女はハッとしたような顔になった。


「もしかして、危険だから迂闊に近づいちゃダメ、って言ってるの?」

「スラスラ!」


 うおおぉぉぉっ、通じたぁ!

 奇跡が起きたんだ! やっぱし誠意を込めれば別種族にも想いは伝わんだな!


「優しいね、綺麗な色のスライムさん。たしかに、あたしは弱いし毒なんか受けたら危ないよね……。うん、分かった、次からはもっと気を付けることにする」

「スララ」


 どうやら伝わったようで一安心だ。


「!」


 そんな風に考えたその時、ビクッと少女の体が震えた。

 勢いよく立ち上がり脇のバスケットを肩に掛けると、


「ごめんなさい、あたし、もう行かないと。スライムさんもここは危ないから離れた方が良いよ」

「スラ?」


 急にどうしたのだろうか。


「じゃあね」


 少女は小さく手を振った。

 別れ際に手を振る文化はこちらの世界でも同じらしい。


 オレも体の一部を手みたいに変形させて振った。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルスライム)が〖スキル:意思伝達〗を獲得しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『おう、またな』

「……えっ?」


 目を丸くして少女が振り返る。


「……気のせい、だよね」


 が、急いでいる様子の彼女はすぐに去って行った。

 さて、オレも忠告に従い逃げるかと考え、心の中で首を横に振る。


 森の中で危ないと言えば、それは恐らく魔獣だろう。

 薬草をもらった恩を返すためにも、あの少女が安全に逃げられるよう時間を稼ごうと思う。

 それに、上手いこと行けばもっと〖レベル〗を上げられっかもしれねぇしな。


 ──なんてことを考えている内に、茂みを踏み潰して一体の魔獣が現れる。


「フシュゥー……」

「……すらぁ」


 そいつは巨大な熊の魔獣だった。

 体毛は光を全て吸い込むような黒。眉間で交差する二本の白線だけが例外だ。


 大人を優に越す背丈の大熊は、のしのしと四足歩行でこちらに歩いて来る。

 方向は、奇しくも少女が逃げたのと同じ方だった。


 樹木と比べられるほどの巨躯に気圧される。

 スライムは背が低いので敵を見上げることは多いが、この大熊にはこれまでの敵以上の威圧感があった。

 少女はもう逃げているのだしオレも逃げていいのでは、という考えが頭をよぎる。


 ……いやっ、オレは恩義を忘れねぇスライムだぜ!

 あの子が万が一にも襲われないよう、ここでコイツを足止めしてやる!


 そもそもオレの〖タフネス〗なら無傷でやり過ごせるかもだしな。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルスライム)の〖愚行〗が発動しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 大熊の前に立つと、なぜか体が軽くなった。

 何だか分からないが都合がいい。

 この力でこの大熊もシバき倒して──



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>クベーマ(ネゲートグリズリー)の〖無力の爪〗が発動しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ──大熊は一瞬にして距離を詰めると、凶悪な鉤爪の付いた腕を無造作に振るった。

 そして気付けば、オレは空中を高速で飛んでいた。


「(痛って!?)」


 その原因を探る間もなく痛みが襲って来る。

 圧倒的な〖パワー〗で押し切られた、のとは少し異なる。

 ヌルリと〖タフネス〗をすり抜けられるような感覚が大熊の爪撃にはあった。


 体を満たす痛みと浮遊感の中で思った。

 なんかオレ、今日は吹っ飛ばされてばっかだな……。

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