第12話 遭遇

「グヮニニニニニィィ」

「(デケェな、〖長獣〗かその一歩手前くらいか? 相手にとって不足なし!)」


 オレの前に現れたのはザリガニの魔獣。しかしただのザリガニではなく、ケンタウロスみたいな形をしている。

 長い胴の真ん中辺りが垂直に曲がっており、上半身が人間っぽくなっていた。


 人間っぽく、と言っても全身が赤褐色の甲殻に覆われているし、腕の先は鋏だが。

 頭の位置は先程会った人間達と同じくらい。その上に付いた無機質な黒目がオレを見下ろした。


 そしてザリガニは片腕の鋏を振り被る。


 ──なんか、ヤバイ気がする!


「スラァッ」

「ニ゛ニ゛ッ」


 まだ距離はあったが、直感に従って飛び退く。

 逃げたいという意思に反応して〖逃走〗が発動し、オレは瞬時に数メートルを移動した。


 ザクッ!


 鋏が射出される。さっきまでオレのいた場所に突き刺さると、鋭利な刃を閉じて切り裂いた。

 自然物とは思えねぇ鋭利さだ。

 放たれた鋏は、紐のような物で腕と繋がっており、それがシュルシュルと巻き戻ることで腕に再接続される。


「(あっぶねぇ……!)」


 恐々と呟く。

 いや、正直なところオレの〖タフネス〗なら無傷だっただろうが、あんな速度の攻撃を進んで受けたいとは思わねぇ。


 ザリガニは回避したオレを睨むと、さっきとは逆側の腕を後ろに引く。

 オレは左側へ〖逃走〗し出した。


 二撃目を躱すも、ザリガニは即座に追撃。

 それも躱し、追撃、回避、追撃と繰り返す。


「(うおっと)」


 時計回りに動くオレにザリガニの方も慣れて来たのか、移動先に鋏が迫る。

 オレは咄嗟に飛び跳ねた。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルスライム)が〖スキル:跳躍〗を獲得しました。

>>〖スキル:回避〗を獲得しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「(ヒヤッとしたぜ)」


 どうにかその一撃も躱し切れた。

 着地し、今度は右回りに動き出す。


 これまでの攻防でオレの速度に慣れているため、またも正確な狙いで鋏を放って来た。

 が、慣れて来たのはこっちも同じだ。


 相手が振り被ったその瞬間に方向転換。

 結果、オレから二メートルほど離れた位置に鋏は刺さる。

 そしてその隙をオレは見逃さない。


「スラーッ」


 背負った斧に鞭を巻き付け、〖コンパクトウィップ〗を使い、ビュオンと旋回させながら叩き込もうとする。

 その直前で、オレの動きが一気に遅くなった。


「(うおっ!?)」


 幸いにして鋏が引き戻される前に攻撃できたが、鋏を覆う甲殻には傷一つ付いてないように見える。

 けど、今は落胆してる場合じゃねぇ。


「(多分、〖逃走〗が切れたんだな)」


 鋏の追撃を躱しながら考える。

 弱体化〖スキル〗を使われた感じはしなかったので、きっとこれが正解だ。


 実際、再度攻撃から逃げ始めた今現在は速度が戻っている。

 いつの間にか入手していた〖回避〗と合わせ、鋏の連射にも軽々と対応できていた。


「(じゃ、そろそろ勝ち筋を探さねぇとな)」


 ひょいひょいと避けつつ考える。

 ザリガニケンタウロスを倒す上で、最も大きな障害は甲殻だ。


 〖コンパクトウィップ〗付きの斧の一撃を防いだ甲殻で堅固な防御を築いている。

 勝つには甲殻を突破するか、甲殻がない場所を攻撃するしかねぇ。


 回避の傍らで考えをまとめ、実行に移す。

 まず手始めに斧を〖投擲〗した。


「ズァグァっ」


 次の鋏を放つべく片腕を引いていたザリガニは、冷静にそれをガードへ回す。

 斧は弾かれ近くの木に突き刺さった。


 厄介な武器を奪えたとでも思ったのか、ザリガニは攻勢を強める。

 けどよ、オレの武器は斧だけじゃないんだぜ。


「スラスラァッ」



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルスライム)が〖スキル:スラッシュ〗を獲得しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 オレは斧と一緒に持って来たナイフを握り、回避のついでに一振りした。

 〖逃走〗解除による動きの鈍化も、分かっていればそう怖くはねぇ。


 距離が近かったことで遠心力を乗せきれなかったが、〖スキル〗を得られたみてぇだ。

 〖ステータス〗をこまめにチェックしていたから分かる。


 それからも回避しつつナイフで切りつけを繰り返す。

 自身の内側で〖連撃〗が発動を始めたのが実感できた。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルスライム)が〖スキル:コンパクトスラッシュ〗を獲得しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 素早く振るうことを意識していたからか、コンパクトバージョンも覚えられた。

 おかげで攻撃の隙を減らせ、回避と攻撃のサイクルの安定性が増した。


 未だ傷は与えられてねぇが順調に〖連撃〗の効力を高めていくオレ。

 しかしながら、ザリガニの方はこの膠着に業を煮やしたらしい。

 奴は新たな攻撃手段を解禁する。


「ブゥルボボボッ」


 ザリガニが口からいくつものシャボン玉を吹き出した。

 ただの泡を出すはずねぇし、触れると爆発するとかそんなとこだろうな。


 七色の光の縞を持つ泡の球からはそれなりの〖マナ〗を感じる。

 いつ連戦になるとも知れない魔獣界隈では〖マナ〗は貴重だが、温存したままでは勝てないと判断したみてぇだ。


「(まあ、回避型相手にゃぁ合理的だな、面制圧は)」


 シャボン玉は放射状に広がっており、密度もかなりある。

 これを全回避するのはいくら〖スピード〗に自身があっても難しいだろうと、そう思わせるだけの攻撃範囲だ。


「(けどよッ、オレぁ回避より防御のが得意なんだぜ!)」


 多少の被弾は割り切って、ザリガニのいた方角に突っ込む。

 〖連撃〗を最大限活かすためだ。


 当然いくつかのシャボン玉にぶつかり、飛沫を散らせてしまう。

 初めに予想したように爆発なんかはしなかったが、代わりに飛沫に触れた植物が溶けていった。

 オレの〖溶解液〗に似た〖スキル〗かもしれねぇ。


 まあ酸液じゃあオレの〖タフネス〗には無意味。無傷でシャボン玉の吹雪を突破。

 時間も無いので柄だけになった・・・・・・・ナイフを〖投擲〗。


「(あれっ、溶けてる!?)」


 オレは耐えられても武器は耐えられなかったらしい。

 それでもナイフの柄はコツンとザリガニの甲殻を打つ。

 〖連撃〗のカウントがまた一つ増えた。


「グヮニっ!」

「(〖回避〗、〖コンパクトウィップ〗)」


 それなりに近距離に来たオレへ、ザリガニは脚を蠢かせて接近し、鋏を振るって来た。

 巻き戻す必要がないのでこちらの方が素早く攻撃出来る。


 されど、オレには回避用〖スキル〗が無駄に多くある。

 〖逃走〗、〖回避〗、〖跳躍〗で後ろに跳びつつ、お返しに〖コンパクトウィップ〗をお見舞いしてやる。


 ザリガニは距離を詰めて鋏を振るい、それを回避したオレがまた距離を取る。

 あまり離れすぎないようにしつつ、〖挑発〗と〖魅惑の輝き〗を使って相手が追いかけて来るよう仕向ける。

 そうしてザリガニを狙いの位置まで誘導することに成功した。


「ズァリッ!」

「(〖跳躍〗!)」


 最早見飽きた鋏攻撃を飛び跳ねて躱し、近くの木に飛びつく。

 そして〖登攀とうはん〗でするすると登って行き、途中に刺さっていた斧を回収。オレが初めに〖投擲〗したあの斧だ。


 〖運搬〗があるので斧の重さが加わってもそう苦労せず木には登れた。


「スッラスラー(アッカンベー)」

「グヮニ!?」


 最後に〖挑発〗し、これで準備は整った。


 まず木のしなりを利用して高々と〖跳躍〗。

 それから眼下に意識を向け、ザリガニの位置を確認。

 落下までの間に鞭を作り斧に巻き付けて縦回転を始める。

 そして〖挑発〗と〖魅惑の輝き〗で攻撃に思考が偏っているザリガニに向け、落下速度と自重を乗せて──、


「(──〖スラッシュ〗!)」


 斧はザリガニの顔面にめり込む。

 反動で少し体が浮く感覚。たしかに甲殻やその向こうの頭蓋を砕いた感触があった。


「(よし!)」

「…………ッ」


 ただ、オレは怒りと言う名の執念を甘く見ていた。

 〖スラッシュ〗を当てたところで勝利を確信し、僅かに気が緩んでしまった。


「ズァグヮァァ!」

「(何だァ!?)」


 ザリガニは顔に斧をめり込ませながらも、落下して来たオレにその腕を振り抜いた。

 木を伐り倒すつもりだったのか、カウンターを狙っていたのか。

 どちらかは分からないが、オレが登り始めた時点でチャージを始めていたのだろう。


 何らかの〖スキル〗を使ったと思しきその攻撃は、これまでの攻撃とは比較にならない威力があった。


「(ぐええぇぇ──)」


 渾身の一撃を食らい、衝撃でオレは空高く打ち上げられた。


 クソッ、あそこから反撃されるなんてな。

 〖スラッシュ〗が決まった手応えがあったのに、まだ生きていたとは──



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルスライム)の〖魂積値レベル〗が21に上昇しました。

>>〖進化〗が可能になりました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ──と、そこで身体の奥底から力が溢れて来る。

 〖ステータス〗を見れば〖レベル〗が上がっていた。

 どうやら最後のは火事場の馬鹿力的なヤツだったみてぇだ。


「(よしよし、大分上がったな)」


 戦いの終了で緊張が解れる。


 今現在それなりの高度まで打ち上げられているが、巨大魔獣に吹き飛ばされた時と比べれば大した状況ではない。

 怪我の心配はないなと考えつつドサッと地面に落下し、


「きゃあぁーっ!」

「(やっべ!?)」


 落下地点の近くにいた人間に、姿を見られてしまった。

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