第3話 ウルフ
パキリ。
ん?
後ろの方から枝を折ったような音がしたな。
オレは立ち止まり、そちらに意識を向ける。
スライムは全身の液体が眼の役割を果たすため、何もせずとも全方位が視界内なのだが、意識を向けていない部分はボヤッとした輪郭しか認識できないのだ。
さて、そうして背後を見ていると、遠くに生えた木の陰からヌッと一匹の獣が姿を見せる。
「ヴルルルゥゥゥ……!」
「(ウルフ……!?)」
全身が茶色い獣毛で覆われた四足獣を見てオレは慄く。
ウルフは〖パワー〗も〖スピード〗も高い恐ろしき魔獣だ。
ただでさえ厳つい顔は、切り傷で片目が潰れていてよりワイルドになっている。
その隻眼が、ガッチリとオレをロックオンした。
や ば い !
反射的に駆け出す。
それと同時、ウルフも追跡を開始した。
クソッ、運が悪い! 一人になって早々ウルフに目ぇ付けられるなんて!
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火事場の馬鹿力ってヤツだろうか。
気づけばオレは、〖スピード:1〗とは思えないほどの速度で走っていた。
景色がいつも以上の速さで流れていく。
けど、それだけじゃぁ足りねぇ。
「(どうするどうするどうする!?)」
いくら調子が良くとも、元が〖スピード:1〗なので振り切るのは無理だ!
てか今もガンガン距離が縮まってやがるっ。
何かないか何かないか何か──そうだ!
一つの案を閃いたオレは、傍にあった木に駆け寄る。
そしてそのまま抱き着いた!
「(ぐっ、このっ、クソっ、早く登らねぇとっ)」
端的に言って木登りだ。
ウルフが木を登れない可能性に賭けてぇんだが……このままだとそれ以前の問題。登り切る前にウルフに攻撃されちまう。
急がねぇと!
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……ふぅ、何とか間に合ったぜ。
〖パワー〗が低いし体が重いしで初めはさっぱり登れなかったが、案外何とかなるもんだな。
コツは体をのっぺり
あと多分、さっきは極限状況でゾーン的なのに入ってたんだろう。
コツを掴めたのを抜きにしても、途中からビックリするぐらいスムーズに登れた。
「グァウッ、ヴァゥワゥッ」
隻眼ウルフは木を登れないようで、今は下で幹を引っ掻いてやがる。
オレはそれを枝の上から見下ろしていた。
「(……何か、余裕になるとムカついて来たな)」
沸々と湧いて来た感情。
それは怒りだ。
そもそも、何でオレが追いかけ回されなきゃならなかったのか。誰も傷つけない善良なスライムになろうと思ったところだったのに。
犬畜生の分際でよくもやってくれたなと、安全が確保された途端そんな思いが顔を覗かせた。
「スラっ、スゥスラースラー! スッラースラァ! スラスーラッスゥラァ!(やいっ、木にも登れないカニ野郎! お前なんて全然怖くねぇぞ! 悔しけりゃここまで来てみやがれ!)」
スライム語で罵倒する。
ついでに枝のしなりを利用して、煽るように小さくジャンプも繰り返す。気分的には屈伸だ。
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「グルルゥ……ガウガウッ!」
言葉が通じているはずはないが、嘲弄の意図は伝わったらしい。
隻眼を
それに気をよくしたオレは、さらに煽るようにジャンプの高さを上げ、
──ベキッ
「(ぬおおおおおお!?)」
枝が折れたっ!
高く跳んだオレを受け止めきれなかったんだ!
スライムに飛行能力なんてなく、自然、体は下に落ちて行く。
冷や水を掛けられた意識を下方に向けてみれば、そこには餌を待つ雛鳥のように口を開けたウルフがいた。
あ゛ーっ、やべえっ、食われる!
ウルフのっ、口がっ、迫ってっ。
どうするっ、考えろっ、時間がっ、やばっ、どうにもっ──
突然のことにオレは何もできない。ただただ縮こまるようにして身を固くするのみ。
落下と同時にウルフの牙が咬合され、
──ばきべきごきりっ!
鈍い音が響く。
「ゥグルヴぅ……」
「(……あれ?)」
死ぬことも覚悟したが、オレは生きていた。
どすんっ、と何かが倒れる衝撃。
状況把握のため、そして安全確保のために、狭く暗い狼の口の中から出て周囲を探る。
見れば、ウルフは地面に倒れていた。
首はあらぬ方向へ折れ曲がり、半開き口の中では牙がへし折れている。
「(も、もしかして、オレの重さで折れちまったのか……?)」
ラフストーンスライムの体はボーリング玉くらいで、重さも多分同じ程度。
そんなもんが木の上から落ちて来れば、結構な力積になるのは明らかだ。
それを直で呑もうしたってんなら、牙がへし折れ首が曲がってもおかしくねえ。
そしてオレの〖タフネス:152〗は、そんな衝撃にも耐えられる値らしい。
……これなら、必死こいて逃げる必要もなかったな……。
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