第16話

レティシアとその一行は、冬の王国の息を呑むような景色の中を、秋の王国へと進んでいた。万年雪を冠した雄大なフィヨルドが地平線を切り裂き、透き通った湖は北方林の静かな美しさを映し出し、息を呑むような風景を作り出していた。


川辺で小休憩を取っている間、馬車を担当する二人の騎士は不思議そうに話していた。


「ヴェルナー卿、おかしいと思いませんか?」 一人が尋ねた。「地図通りに進んでいるのですが、予定より早く進んでいるようです。道標が予定より早く現れるのです。」


「私も気づいていた。」 ヴェルナーは同意した。「しかし、もうすぐ村に着く。そこで休憩して物資を補給できるだろう。」


村に到着すると、彼らは居心地の良い宿に落ち着いた。レティシアの侍女は、そっと姫に近づいた。


「殿下、何日も馬車に閉じこもっていましたね。」彼女は優しく微笑んで言った。「村を散策してみませんか?アレフ卿が付き添えます。」


アレフはうなずき、気分転換の機会に感謝したレティシアは誘いを受けた。


他の従者たちが休んでいる間、レティシアとアレフは街を散策した。レティシアにとっては、自分の王国以外を探索するのは初めてだったので、とても楽しい経験だった。彼女は市場の屋台を見て回り、今まで食卓でしか見たことのなかった食材を興味深そうに眺めていた。好奇心旺盛な彼女は、気になる商品について売り手に質問した。アレフは、姫の熱意と知識欲に感心し、感嘆の眼差しで見つめていた。レティシアは興奮しながら、自分の発見をアレフに伝え、アレフも彼女の興味に引き込まれた。散策の間、二人はその土地の風習について活発に語り合い、軽快で楽しい会話を交わした。互いを補い合い、相手との時間を楽しむ二人の間には、明らかな繋がりがあった。


宿への帰り道、突然シャイナイドの一団が現れた。レティシアは一瞬驚きのあまり立ちすくんだ。アレフは素早く彼女の前に立ちはだかり、剣を抜いて戦闘態勢に入った。レティシアは震える手で彼の背中に触れ、不安そうに囁いた。


「アレフ卿、彼女たち全員と戦うつもりですか?」


その質問には、深い心配が込められていた。レティシア自身の剣は馬車の中にあり、彼女は何もできない傍観者でしかなかった。シャイナイドを倒せる能力を持つ者は稀で、彼女はまだその能力を持っていなかった。シャイナイドたちは、鋭い牙のように剣をきらめかせながら、迫ってきた。


「やっと見つけたわ、レティシア姫!」 シャイナイドの一人が冷たい声で静寂を切り裂いた。


「私に何の用です?」 レティシアは恐怖を感じながらも、毅然とした声で尋ねた。


「お前の首だ!」 シャイナイドは単刀直入に言った。「それを貰いに来た。」


シャイナイドの一人が驚くべき速さでレティシアに襲いかかった。しかし、アレフは攻撃を遮り、鋼鉄の旋風のような剣さばきで、シャイナイドの攻撃をすべて防いだ。レティシアは感嘆しながら見ていた。アレフの能力は傑出しており、シャイナイドの猛攻に対する完璧な防御だった。しかし、彼は攻撃せず、防御のみだった。姫は、彼がシャイナイドに勝つのは不可能だと悟り、体力を温存しているだけなのではないかと考えた。


束の間の休戦状態の中、アレフは隙を見つけ、レティシアに逃げるように命じた。姫は躊躇した。騎士の安全を心配する気持ちが彼女の胸を締め付けた。


「私の役目は姫をお守りすることです。」 アレフは毅然とした声で言った。「逃げてください。助けを呼んでください。」


その隙に、レティシアは走って逃げ出した。戦闘の金属音が背後で響き渡る中、アレフが戻ってくるまで持ちこたえてくれることを願った。


姫の姿が見えなくなると、アレフにわずかながらもはっきりとした変化が現れた。防御に集中していた彼の視線は、まるで相手を凍らせるかのように冷たくなった。


「誰が送った?」 彼の声は、今や剣の鋼鉄のように冷たく、空気を切り裂いた。


「お前に答える必要はないわ、ハンサムさん。」 シャイナイドの一人が嘲笑った。


「そうかな。」 アレフは氷のような笑みを浮かべて言い返した。


素早く正確な動きで、彼の剣が閃いた。シャイナイドの一人が倒れ、息絶えた。


「答えを得るには、何人倒せばいい?」 アレフは殺意を帯びた声で尋ねた。


シャイナイドたちは我先にとアレフに襲いかかった。正確で優雅な動きで、彼は攻撃をかわし、致命的な力で反撃した。あっという間に、シャイナイドたちはまるで空気に溶けるように消えていった。


(誰か私たちの中にいる者が送ったのだ。)アレフは考えながら呟いた。(誰なのか突き止めなければ。)


その時、レティシアがリッツとヴェルナーを連れて戻ってきた。途中でアレフを見つけ、彼が無事なのを見て安堵した姫は、シャイナイドはどうなったのか尋ねた。


「あなたが逃げた後、諦めていきました。」 アレフは戦闘の事実を隠して答えた。


レティシアは奇妙に思った。誰が自分の命を狙うのだろうか? なぜシャイナイドが関わっているのだろうか? リスニーは冬の王国への侵攻を企んでいるのだろうか? 疑問が彼女の頭の中を駆け巡り、疑念の渦を作り出した。


事件の後、一行は宿で休息を取った。翌朝、彼らは旅を再開した。リッツとヴェルナーは、次の村に予想外に早く到着したことを不思議に思いながら話していた。


宿に着くと、レティシアは侍女の姿が見えないことに気づいた。彼女の代わりに、手紙が置いてあった。手紙の中で、侍女はヴェルナーと駆け落ちしたことを説明していた。愛の逃避行だった。冬の王国に戻れば、王室顧問官との政略結婚が待っている。彼女はそれを拒否したのだ。彼女の心はヴェルナーのものであり、彼なしの人生は考えられなかった。


(彼女が幸せになってよかった。)レティシアは少し寂しそうに呟いた。(大きな愛を見つけ、それを実現するために逃げる勇気を持ったのね。私にはできないこと…)


レティシアはアレフとリッツに二人の出発を伝えた。アレフは状況を分析し、シャイナイドに姫の居場所を教えたのはリッツしかいないと結論づけた。


(二人が逃げた!)リッツは不安に思いながら考えた。(アレフ卿は私を疑っているかもしれない。シャイナイドに居場所を知らせて、攻撃させなければ。)


「これから、王国の西にある第三区の街へ向かいます。」 アレフはリッツに聞こえるように大きな声でレティシアに言った。


(やっと目的地が分かった!)リッツは必要な情報を得て、内心喜んだ。


馬車が街道を進んでいると、突然、大勢のシャイナイドに包囲された。待ち伏せに気づいたアレフは、素早く馬車のドアを閉め、レティシアが外に出られないようにした。


「私が言うまで出てはいけない。」 彼は緊張した声で命じた。


「でも…私も手伝いたい!」 レティシアは心配そうに抗議した。


アレフは姫の訴えを無視し、彼女を馬車の中に閉じ込めた。外では、シャイナイドたちが威嚇するようなオーラを放ちながら、彼らを見つめていた。リッツはアレフの傍らに立ち、行動を起こすタイミングを待っていた。


「レティシア姫を渡せば、命は助けてやる。」 シャイナイドの一人が要求した.


「もし私が拒否したら?」 アレフは剣を抜き、金属の光をきらめかせながら言い返した。


「お前の命を奪うしかない。」 シャイナイドは冷酷な声で答えた。


「そんな言葉は、命を懸けて戦う覚悟のある者だけが言うべきだ。」 アレフは敵を睨みつけながら挑発した。


「ただの騎士が10人のシャイナイドを倒せるとでも思っているのか?」 別のシャイナイドが嘲笑した。


「疑う余地もない。」 アレフは揺るぎない自信を持って断言した。


アレフの顔に冷たい影が落ちた。彼は目を細め、剣の刃のように鋭く集中し、戦闘姿勢を独自のスタイルに変えた。驚異的な速さで、最初のシャイナイドに正確な一撃を加え、即座に倒した。二番目のシャイナイドも同じ運命をたどり、アレフの素早さと正確さの前に反応する時間さえなかった。


その間、リッツはアレフが戦闘に集中しているのを見て、馬車のドアをこじ開けようとした。突然、短剣が彼の顔をかすめ、軽い傷を負わせた。


「しかし、どうして…?」 リッツは信じられないというように呟き、傷に触れた。「どこから…?」


「私が気を取られているとでも思ったか?」 アレフの冷たく威嚇するような声が背後から聞こえた。


アレフが一瞬気を取られた隙に、三番目のシャイナイドが攻撃してきた。しかし、アレフは素早く身をかわし、反撃して一撃で倒した。残りのシャイナイドたちの間に恐怖が広がり始めた。


「お前たちはシャイナイドだ! 奴を倒せ!」 リッツは必死に叫びながら、まだ馬車のドアを開けようとしていた。


シャイナイドたちは力を合わせ、アレフに一斉に襲いかかった。しかし、彼はまるで死神のダンサーのように優雅に動き、攻撃をかわし、防御し、容赦なく反撃した。一人また一人とシャイナイドたちは倒れ、最後には誰も残っていなかった。


アレフは、レティシアを呼ぶ声を上げながら馬車のドアを叩き続けるリッツに向かってゆっくりと歩み寄った。しかし、どういうわけかドアは頑丈に閉ざされたままだった。


アレフはリッツの喉元に剣を突きつけ、冷酷な声で言った。


「彼女は聞こえない。出てこない。黒幕は誰だ?」 アレフはさらに近づきながら尋ねた。


リッツは黙っていた。


「どうでもいい。」 アレフは続けた。「ボスに伝えてくれ。間違った相手に手を出したと。」


アレフはリッツを解放し、彼は慌てて逃げ出した。アレフはすぐに馬車の鍵を開けた。


「行かなければ。」 彼はレティシアに急いで言った。「しっかりつかまって!」


アレフは馬車に乗り込み、馬に鞭を打ち、何かから、あるいは誰かから逃げるかのように全速力で走り出した。アレフのシャイナイドを倒す能力は稀有で強力なもので、彼はそれを秘密にしておきたかった。だから、逃げることは彼の真の力を隠すための方法だった。


アレフは見知らぬ場所で馬車を止めた。ドアが開くと、レティシアは混乱した様子で周りを見回した。


「シャイナイドはどうなったの? リッツ卿は?」 彼女は状況を理解しようと尋ねた。


「すべて解決した。」 アレフは彼女を安心させようとして答えた。


「よかった。」 レティシアは安堵のため息をついた。「でも、なぜシャイナイドが私を襲ったのか理解できないわ。」


「私も知りたい。」 アレフは考え込んだ様子で言った。



一方、リッツはシャイナイドの助けを借りて冬の王国の城に到着した。彼はシャイナイド将軍の前に現れ、苦悩しながら事の顛末を報告した。


「あの男は普通じゃない! 10人ものシャイナイドを一人で倒したんだ! バケモノだ!」 リッツは叫んだ。


「次の攻撃で生き残るとは思えん。」 シャイナイド将軍は残酷な笑みを浮かべて答えた。「街一つ減っても王国には何の影響もない。」


目の前の地図上で、ヘイデン王は駒を動かし、次の動きを計算しながら冬の王国の領土を見つめていた。

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