誤解は不快なのでご報告を
とっくに秋になっているというのに、昼間は涼しいどころか暑いくらいだ。
サンサンと太陽が降り注ぐ中、カルメは珍しくログと別行動をしていた。
あえてログには村に来たことを知らせずに、サニーのもとへ訪れていたのだ。
サニーは以前ほどカルメを怖がっていないものの、多少は恐怖を感じているようで、瞳が不安げに揺れている。
「あの、私に何か用ですか? もしかして、何か村に不満が?」
相変わらずオドオドとした様子でカルメの顔色を窺う。
そんなサニーの顔色は、青くはないが健康ともいえない。
カルメは、チラッとサニーを見ると首を振った。
「いや、違う。今日は報告に来ただけだ」
「報告ですか?」
サニーは不思議そうに首を傾げた。
これまで、カルメに村の状況などを報告することはあっても、されることはなかったのだ。
「ログの事だ。錯覚じゃなくて、本当の恋人になった」
カルメの簡潔な報告に、サニーはキョトンと目を丸くする。
「知ってますよ」
あっさりと頷けば、カルメはイラっとしたのか、あるいは照れ隠しのためか、最近ログの前では控えていた舌打ちをした。
「知ってたのか。なんでだ?」
不機嫌に問いかけるカルメだが、サニーの方はむしろ、何故、気がつかれていないと思うのか、カルメの思考が不思議でならなかった。
「だって、あんなに落ち込んでいたログが急に元気になりましたし、お二人が仲良くしているのもよく見ますし。何よりログが報告してきたので」
「何故、ログが報告を?」
怪訝な表情のカルメに対し、サニーはどこまでもあっさりとした様子だ。
「私やウィリアが、ログの恋を応援していたからですね。まあ、どこまで役に立ったのかは分かりませんが。ところで、カルメさんはどうして、その報告を私に?」
そう問われ、カルメは一瞬だけ躊躇すると、
「私がログの錯覚を解くためにログと恋人になった、と認識されたままなのは不快だからだ。前はそうだったが、今は違う」
と、淡々と話した。
「それはまあ、お二人の姿を見ていれば分かりますが」
サニーが頷くと、今度はカルメが首を傾げる。
「そうか? そんなに分かりやすいか?」
報告をしたらサッサとログの所へ行こうと考え、できるだけ淡々と話していたカルメだが、サニーの「二人を見ていたら分かる」という言葉が、どうにも気になってしまった。
そんなカルメに呆れたサニーは、彼女への恐怖も忘れ、
「わかりやすいですよ。特にカルメさんが分かりやすいです。あんなにニコニコしていたらさすがに分かりますよ。村の中でもあんなにいちゃついてるのに」
と、ため息混じりに言い放つ。
予想外の言葉にカルメは狼狽えて赤面すると、熱くなる頬を慌てて魔法で冷やした。
ワシワシと頭を掻いて照れを誤魔化し、拗ねたように口を尖らせる。
「そんなにかよ。つーか、村の中って言ったって倉庫とか、診療所とかでしか会ってねーのに。大体、倉庫はそんなに人通りないだろ? なんで知ってるんだよ、倉庫で、その、ログと会ってるって」
ログに甘えているのを見られていたと知り、魔法も追い付かぬほどの早さで頬が染まっていく。
今すぐ逃げ出してしまいたいほどの熱が籠り始めていた。
カルメとしては、ログ以外の人間に照れた自分を見られないよう、気を付けているつもりだったのだ。
ましてや、いちゃついているところを他人に見せる気など一切なかった。
そんなカルメの態度に、サニーは呆れて苦笑いを浮かべている。
「まあ、診療所はともかく倉庫は確かに人通り少ないですが。私はよく行くんですよ。次期村長としていろいろ管理しなくちゃいけないから」
正直、二人が仲睦まじくしている様子は村のそこら中で見られる。
しかし、そこを突くと面倒なことになると判断したため、サニーは倉庫前でのイチャつきのみで言及を留めた。
カルメはほんのり頬を染めて、
「来んなよ」
と、舌打ち交じりにサニーを睨んでいる。
「む、無理ですって。でも、カルメさん。カルメさんたちが付き合っているのは周知の事実ですし、いっそ堂々としていればいいんじゃないですか?」
「あ?」
サニーの素朴な疑問に、カルメは威圧強めの威嚇をする。
「い、いえ、嫌ならいいですけど」
サニーがビクビクとすると、カルメは舌打ちをした。
「嫌というか、そもそも何故、周知の事実なんだ?」
カルメはこれまで、村人に私生活を気にされるということがほとんどなかったため、自分の行動が噂になっていることに違和感を覚えた。
「小さい村だから、噂が出回りやすいんですよね。それに、ログの様子でなんとなく察せられるので」
ピンと人差し指をたてて紡がれるサニーの言葉に、カルメは、
「ログ、そんなに分かりやすいのか」
と、苦笑いを浮かべている。
やれやれと首を振る様子を眺め、
『カルメさんが言うことじゃないよなぁ……』
と、思いつつも大人しく頷いておいた。
「まあ、カルメさんとどうなったのかを聞かれれば、普通に答えてますからね。そりゃあ、周りは分かると思いますよ……気になりますか?」
図星をつかれたカルメは、あの日のように心を読まれたのかと警戒して、サッとサニーから目を背けた。
しかし、サニーは別に彼女の心を覗いたわけではない。
単純にカルメがソワソワしていただけだ。
「まあ、多少は……」
少し迷った後、カルメはモゴモゴと口を動かした。
「と言っても、普通に『恋人になりました』って報告しているだけですね。ウィリアとかには惚気も聞かせているみたいですが」
それを聞いて、カルメの目つきが少し鋭くなる。
「ログとウィリアは仲がいいのか?」
これは、以前から気になっていたが、恋人の交遊関係にどこまで踏み込んでも良いものか分からず、聞けずにいたことだった。
攻撃的な瞳と反対に、ログとウィリアが仲良しだったらどうしよう……と、カルメの小さな心臓が震えていた。
「まあ、仲はいいと思いますよ。ああ、でもウィリアは彼氏いますから、そういう心配はいりませんよ」
サッパリとした様子のサニーに、カルメはあからさまにホッとすると、急に饒舌になって、
「そうか。まあ私は別にログが浮気するとは思っていないが、あの脳内花畑がログをどんな目で見るかわかったもんじゃないからな」
と、上機嫌に語った。
そして、ついでに、
「他にログに色目を使いそうなやつがいるなら、教えておけ。私の宝物を奪ったらどうなるか、教えてやるから」
と、威圧的な低い声を出して脅した。
サニーはヒッと怯えた声を出して、後ろに飛び退く。
「何怯えてんだよ。別にお前に攻撃するわけじゃ……まさか、お前……」
カルメは目に殺気を宿らせると、手元に小さな水球を作り始めた。
「ちちちちち違います! 誤解です! カルメさんの殺気にあてられただけです」
ブンブンと両手や首を振って否定するが、あいにくカルメはサニーを腹黒いと思っているし、あまり信用していない。
「本当か? 素直に答えろよ。今ならシャワーの刑で許してやるから」
段々に込める魔力を強めていく。
それに応じて、サニーの怯えも強まる。
「いや、本当に勘弁してください。本当にログには興味ないんで。大体、私含めてこの村に人のものを欲しがる奴なんていませんよ」
サニーは顔を青ざめさせるとガタガタと震え、命乞いでもするかのような瞳でカルメを見つめる。
あまりにも必死になって否定する姿に憐れみを覚え、とりあえずカルメは手元の水球を霧散させた。
だが、サニーもカルメの優しさなど微塵も信じていないので、命乞いが止まらない。
「ほ、本当にウチの村は大丈夫ですよ! この村の人ほとんどは既に恋人がいますし、三角関係のトラブルとか、浮気とか、この村では聞いたことも無いですし」
早口で言い立てる言葉を、カルメは半信半疑に聞いていた。
「……そんなこと、あるのか?」
カルメが今まで渡り歩いてきた村では、どのような村でも、大なり小なり恋愛関係のトラブルというものがよくあった。
特に浮気などの痴情のもつれは根が深く、その争いを起点に村の治安が悪化してしまうこともあったほどだ。
カルメは、そんなトラブルがない平和な村の存在を信じられなかった。
だが、驚くカルメに、サニーは誇らしげに胸を張っている。
「うちの村の七不思議ですよ。村の恋愛は必ず成就するし、好きな人は被らないという」
ピンと人差し指を立てて笑う、その表情は、いつもの生気に溢れた笑顔だ。
この回復の速さやコロコロと表情が変わるところも、サニーがカルメたちから、腹黒い、何か企んでいそう、と思われている所以である。
「他に六つもあるのか?」
村の七不思議という、カルメにとっては珍しい存在に、ついつい興味がわく。
サニーも話題が逸れたことに安堵して、頷いた。
「ありますよ。夜な夜な村を徘徊する仮面男とか」
期待したファンタジーな不思議ではなく、ただの不審者目撃情報だ。
「治安悪いな」
カルメは嫌そうに舌打ちをした。
「まあ、実害がないようですし。大体は、ただの噂ですよ。あ、いや、でも、恋愛云々は少なくとも今のところ本当です」
実際にそうなのだから変に焦る必要はないのだが、カルメへの怯えでサニーは若干胡散臭くなっている。
だが、とりあえずは信用することにして、カルメは矛をおさめた。
「ならいいが。万が一ログのことを好きになる奴が出て来て、それをお前が隠し立てしたら、お前もろともシャワーの刑だからな」
念のためにサニーを脅すと、彼女は青っぽい顔でビシッと直立し、
「き、肝に銘じます!」
と、敬礼をした。
『やっぱりカルメさん、怖いな。ログは、どうやってこの人を手に入れたんだろう』
七不思議が八不思議になる予感すら覚えて、サニーはチラリとカルメを盗み見た。
相変わらず、カルメはサニーを睨みつけている。
『うわぁ……まだ怒っているのかな? いや、これが普通か。最近は、ログと一緒にいるところしか見てなかったから、麻痺してたな』
ログと一緒にいる時だけ、カルメの表情や雰囲気は、ふわりと和らぐ。
『あのカルメさんを見ていると、カルメさんもただの可愛い女性に見えるんだけれどな』
まじまじと顔を見れば、カルメは、何ガンつけてんだよ、とばかりに睨み返してくる。
「なあ」
「な、なんでしょうか」
小さな心臓を震わせながら、カルメの瞳を覗き見た。
「私はそろそろログのところに行くけど、その前に一応、礼を言っておく」
ぶっきらぼうに出された急な礼は、サニーにとって予想外の言葉だ。
「何の話でしょうか?」
キョトンと首を傾げるサニーに、カルメはほんの少しだけ微笑んだ。
「お前、私にログと付き合うように提案しただろ。今思い返すと、アレがログへの想いに気づくきっかけになったと思うから」
ログと恋人になるという行動が、ログと言う存在を意識するきっかけになった。
それが無ければ、カルメは相変わらず自分の心とログの存在を無視し続けていたことだろう。
そう考えると、やはり「恋人作戦」は二人の恋愛に必要なものであり、カルメはその事を結構しっかりと認識していた。
「あ、その話ですか」
サニーとしては余計に引っ掻き回した感もあり、二人が上手くいくまでは不安で眠れない夜もあったのだが、ソレは
「お二人が、無事に恋人になれて何よりです」
カルメの瞳を見つめ、心を籠めて告げた。
「ああ」
カルメは優しい顔で頷くと、
「じゃあ、私はそろそろログのところへ行くから」
と、去って行った。
足取りは軽く、スキップでもしてしまいそうだ。
カルメが帰った後、サニーはふーっと息を吐いた。
「カルメさんは、やっぱり緊張する」
ゴキゴキと肩を動かし、強張った顔のコリも解して緊張を解いていく。
突然のカルメ襲来にすっかり疲れてしまったサニーは、椅子に座り込んで天井を見た。
そして、そっと目を瞑る。
『でも、ログの話をしているカルメさんは、怖くない、かも。もっと仲良くなれたら、案外楽しい人なのかもしれない』
サニーの中で、カルメは一切人の話を聞かない獰猛な化物だったが、その認識が少し変化して、一応言葉は通じる化物になっていた。
『でも、無理だろうな。あの人は相変わらず心を閉ざしていて、ログ以外興味ないみたい。相変わらず、皆のことは嫌いみたいだもの』
脳内にカルメの瞳がよみがえる。
相変わらず濁っていて、酷く冷めた瞳だ。
それが、ログのことを話すときだけ、やわらかく穏やかになる。
サニーは別に、カルメが嫌いなわけではない。
嫌いなわけではないが、苦手で、怖くて、可能な限り近寄りたくない。
近寄ってほしくもない。
そんなサニーだが、村長の娘であることやクジ運の悪さなどが災いして、他の村人よりもカルメと関わってきた。
加えて、サニーには人の心を覗く能力とは別に、優れた観察力がある。
だからこそ、カルメの変化がよく理解できた。
『恋をするだけで、あんなに変われるものなんだ。羨ましいな。私も恋がしたい。この村から出られないから、難しいんだろうけれど……』
うつらうつらと夢に落ちる瞬間、サニーはそんなことを思い続けていた。
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