小心者の告白

 カルメの病気が治ってから一週間後、ログは相変わらず元気が無かったが、それでも周囲からあからさまに心配されない程度には、取り繕って生活していた。

 もう、一切勉強に手が付かないなんてことも、仕事にならないなんてことも無くなっていた。

 カルメへの想いがなくなったわけではないが、病気騒動を経て、ログは一応の区切りを自分の中でつけることができたのだ。

 それでも時々、

『この恋が本当に錯覚で、この辛さが消えてしまえばいいのに』

 と、どうにもならないことを思っては溜め息を吐いていた。

 不意に、コンコン、と部屋のドアが優しく叩かれた。

「どうしました、師匠。お客さんですか?」

「お客さんと言えば、そうだね。窓の外を見てごらん」

 ミルクは皺の目立つ指を窓の外へ向けた。

 そこには色とりどりの花束を持って、いつも着ているローブのフードを目深にかぶり、診療所の前をウロウロしている女性がいた。

 カルメはいかにも挙動不審で、不安げに診療所のドアの前に立ち、中に入ろうとしては、やっぱりやめにして来た道を引き返す、ということを繰り返している。

 瞳は潤んでいて、今にも泣きだしてしまいそうだ。

「師匠、行ってきます!」

「うん、行っておいで」

 あの日と同様、ログは気が付けば走り出していた。

 ミルクは診療所内で走るというログの愚行に文句も言わず、優しく見守っていた。


 カルメは覚悟を決めてから、一日かけて村の門まで行けるようになり、もう一日かけて村の中に入れるようになり、というような形で、少しずつログのいる診療所の前まで近づけるようになっていった。

 その行動はまるで怪談話に出てくる恐ろしい化け物のようで、カルメはすぐにログのもとへ駆けつけることの出来ない自分に嫌気がさしていた。

『ログは私に嫌われてたのに、毎日、私に告白しに来てた。あの頃はとにかくウザいと思っていたけど、本当は凄く勇気のいることだったんだな』

 そのことに、カルメは自分が告白する番になってようやく気が付いた。

『後で、謝らないと』

 わりとしっかり反省もしていた。

 合計で一週間ほどつかい、ようやく診療所の前に来られたカルメは、グルグルと診療所の前であっちへ来たり、こっちへ来たりを繰り返していた。

『やっぱり嫌われたかな。だって、全然会いに来ないし。でも、それはログがそう約束したからだし。ログは私の事好きだって言ってたし。でも、あんな風にされて、愛想を尽かさない人なんているのか? 私、最低なんだぞ』

 カルメは、とにかく不安だった。

 早く気持ちを伝えなければと焦る一方で、これまでログにしてきた拒絶が頭をよぎり、とっくに嫌われてしまっている可能性を考えては震えた。

『でも、ログはどんなに嫌われても想いを伝えてくれたんだ。私だって、ちゃんとするんだ』

 強い決意をもって、涙が滲んだ目のまま、顔を上げた。

 すると、視界には大切な男性、ログの姿が目に入った。

 カルメは一瞬狼狽えたが、

「ログ」

 と声をかけると、その場で跪いて花束を差し出した。

「心から、ログのことが好きです。どうか私と恋人になってください」

 あの日、ログが言ってくれたように、あの日、ログがしてくれたようにして、カルメはログに告白をした。

 告白に適当な言い回しが思い付かず、ついログの告白をパクってしまったわけではない。

 カルメもログと同じで気持ちでいるのだと伝えたかった。

 ログの恋が錯覚ではないように、自分の気持ちも風邪によって生まれた虚言などではないと伝えたかったから、カルメはその方法を選んだ。

 振られた場合の恐怖に身が竦んで、ギュッと目を瞑りたい衝動を抑え、あの日の彼のように、カルメはログの瞳を見つめた。

 ログは少し驚くとすぐに微笑んで、そっとカルメを立たせ、花束を受け取った。

「俺も、カルメさんが好きです。だから恋人になりましょう」

 ログが笑顔で告白を受け入れると、カルメの目から嬉し涙が零れた。

 嗚咽交じりの声は言葉にならず、代わりにカルメはコクコクと頷いた。

「抱きしめてもいいですか?」

 ログが問うと、カルメは頷いてギュッと抱き着いた。

 飛びつくようにして抱き着いてきたカルメを、ログはよろめきそうになりながらも、そっと支えて優しく抱き返す。

 ログの手に握られた、赤、白、紫、緑、青、黄色、薄緑、様々な色をした花々が、優しく、祝福するように揺れている。

「話があるんだ。聞いてくれるか?」

 潤んだ目でログの瞳を見つめた。

「もちろん。大切な恋人の話ですから」

 ログが深く頷くと、カルメはさらに強く抱き着いて胸に顔を埋めた。

 胸元が温かく湿っていく。

 二人は、カルメの自宅前にある湖で話をすることにした。

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