第13話 唄う蹄
「貴方は、どっちの私が好きだった?」
僕はこの街一番の名物である、海の劇場で働いている。
主に掃除ばかりではあるが、沢山の人のパフォーマンスや演劇を毎日見れる楽しい仕事だ。
そんな中でも、あの歌姫は僕が1番好きな歌い手なんだ。
あまり人気は無いけど、自由で透き通る様な音は僕の胸を通り越して、心を掴んでしまった。
そして、彼女は誰も知らない秘密を教えてくれた。
とある夜遅くに、僕は劇場に忘れ物をした事に気づいて取りに戻っていた。
夜まで賑わう劇場も、閉まっていればゴーストタウンのように静かになる。
こんな時は何故か息を潜めたくなってしまう。
ささやかな潜入任務の様に忘れ物を回収し、帰ろうとしたその時、自分以外の足音が聞こえた。
静寂に紛れるように、彩るかの様なステップの音が響く。
タップダンスの様に、軽やかなリズムを刻んでいる。
引き寄せられる様に音の元へ向かう。
そこには、あの歌姫が居た。
見世物にするような後ろを引きずる派手な衣装では無く、機能性を重視した軽装をしている。
しかし、今の姿の方が僕には綺麗だと感じられた。
遠くで影になり見えにくく、もっと近くで見たい、思わず足を進めてしまい、マナーの悪い客が捨てたのであろう瓶を蹴り高い音が響く。
「誰かしら?」
歌姫は驚く訳でも無く、逃げる様子もなくただこちらを振り向き、近ずいて来る。
月明かりの下まで来た時、僕は歌姫の足が偶蹄目のそれである事に気づいた。
だが、そんな事はどうでもいい程、先程の姿に惚れてしまった。
「あ、怪しい者じゃないよ!忘れ物を取りに来ただけなんだ!」
「でも、私の踊りを見ていたじゃない?」
「気になる音がして来てみたら…踊りに見とれちゃって…」
歌を幾ら賞賛されても表情を変えなかった歌姫は、僕の感想1つで朗らかに笑った。
それから僕達は色々話したり、踊ったりした。
先程や、劇場で響いていた踊音はヒールではなく彼女自身の足から奏られるそれである事や。
毎晩、1人だけのミュージカルを開催している事。
そして突然、彼女はこう言った。
「私が怖くないの?」
「え?だって綺麗ですし。」
「いや、嬉しいけど…そうじゃなくて足のこと。」
「どうして、そうなっちゃったんですか?」
「何でだろう?先祖返り、恨まれて呪いを掛けられる、変な病気、ある日突然なった上、原因も分からないの。」
遠く見て、何処か諦めつつ、空笑いをしていた。
暇を持て余したかのように、足でリズムを刻みながら鼻歌を歌う。
「その足が嫌いなんですか?」
「ううん、私に歌以外の音をくれたこの足はお気に入り。」
「僕も、貴方が声も、足で奏でる歌も大好きです。」
「………。」
「ど、どうしました?」
「皆、私の足を見て同情するか、怖がるかだったから、何だか照れちゃって。」
自分が柄でもない発言をした事に気づき、顔を伏せる。
それから、2人で顔を紅くし、何だか可笑しくなって笑いあった。
「また、来てもいいですか?」
「特別だよ?私を褒めてくれたお礼ね。」
次の昼、彼女は舞台で歌っていた。
美しい声は観客を魅了し、派手な衣装は目を引く。
でも、僕は違う音に耳を傾けていた。
厚い衣装の中で密かに綴るステップ、軽く微かに響くその旋律は歌と見事に調和している暗躍者。
彼女は歌姫だ。
でも、僕は本当の歌姫を知っている。
聞き入れて居るとふと目が合う。
互いに微笑むと、歌は何処か明るさを増した気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます