第3話
「ディアナ様、こちらが今夜のお召し物になります」
そう言って、今朝から私についてくれている侍女のアンナが夜着をベッドの上に広げてくれました。
私の身分は既に平民となっているはずなのですが、王国を出るまでは今まで通りにお世話してくれるそうです。
これもお兄様の指示とのことで、心配半分、監視半分といったところでしょうか。
……いえ、心配1割、監視9割くらいかもしれません。
冗談だと言われていましたが、精霊魔法の使い手が粗暴なのだと多少は本気で思われていたようですから。
「ありがとうございます、アンナさん」
そんなお兄様の思惑は置いておいて、その厚意をありがたくいただきます。
さすがに、今まで侯爵家で何不自由なく暮らしていた私がすぐに平民と同じような生活になじめるとは思えませんので。
まずは、言葉遣いや身の回りのことを自分でできるようにすることから始めようと思います。
といっても、隣国のお祖母様のところに着いたとたんに侯爵家にいたころと同じような生活になりそうな気はしていますが。
現在、私は王都の隣にある男爵領の領都にある宿にいます。
国外追放といっても、さすがにその日のうちに王国から出られるほどこの国は小さくありません。
予定では国境まで馬車で1週間ほどとのことです。
王国内ではアンナや騎士様が一緒となっていますが、国境を越えればそこからは私1人となります。
おそらくお祖母様のもとまでたどり着けば何の心配もない状態にはなると思うのですが、そこまではただの平民として移動しなければなりません。
お兄様がお祖母様へ連絡をしてくださっている可能性もなくはありませんが、今回の事態を考えると可能性は低いと思います。
陛下の許可を得ていない以上、隣国からの抗議などは遅い方が良いでしょうから。
一応、国境付近の街からお手紙でお祖母様にお迎えの手配をお願いすることもできますが、そちらは今のところ考えていません。
平民としてとはいえ、めったにない私1人で行動できるチャンスなのですから、短い期間とはいえ1人旅を満喫したいところです。
そのためにも、国境を越えるまでの1週間のうちに可能な限りアンナから平民としての心得を確認しておくつもりです。
「はぁ」
窓の外を流れる景色を眺めながら、そっとため息をつきます。
失念していましたが、今の私は国外追放という罰を受けるために護送されている最中なのでした。
なので、この馬車の中にいるのは私1人だけ。
騎士様や兵士の方たちは当然のように周囲で警護していますし、付き添いのアンナも荷物などを載せた後ろの馬車に乗っています。
つまり、アンナから平民としての心得を教わろうにもあまり時間がないということです。
にもかかわらず、昨夜はいろいろあった疲れから、夕食をいただいてすぐに横になってしまいました。
今朝も朝早くから移動の準備をしはじめ、質素な朝食をいただくとすぐに馬車に乗せられてしまっています。
しかも、昼食も簡単な携行食で済ませて移動を優先させるとのことです。
これが移動中の基本になるのであれば、私がアンナときちんと話をする機会は夜だけということになります。
そう考えると、仕方なかったとはいえ、昨夜の機会を無駄にしてしまったことが悔やまれます。
「……過ぎたことは仕方ありません。
こうなれば夜のためにも馬車の中ではゆっくりさせていただきましょう」
というわけで、おやすみなさい。
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