第2話

 ……結局、ルシール様は一言もおしゃべりになりませんでしたね。

 なぜ、この場にいたのでしょうか?


「……お前が否定も反論もしないからルシール嬢の役目がなくなってしまったんだよ」


 疑問が口に出ていたのでしょうか、お兄様からそんな答えが返ってきました。


「あら、恥ずかしいですわ。

 無意識に独り言なんて」


「……別に口に出ていたわけではない。

 表情から勝手に読み取っただけだ」


 あら、恥ずかしい。

 表情からそんなに簡単に考えが読み取られるだなんて、侯爵家の令嬢として失格ですわ。

 って、つい先ほど侯爵家の令嬢ではなくなったのでした。

 であれば問題ないのでしょうか?

 いやそれでも、淑女としてはダメな気がしますね。

 これからは気を付けましょう。


「でも良かったのですか?

 殿下との婚約についてはいずれ解消されると思っていましたが、国外追放というのは予想外でした。

 私としては、婚約解消後はルナキアロ侯爵家の駒としてどこか有力な貴族家に嫁ぐことになると思っていたのですが」


「……“良かったのか”というのはこちらのセリフだと思うが、まあいい。

 確かに、どこか適当な貴族へ嫁がせるということも考えなかったわけではない。

 だが、この国はかつてのように“元素魔法”派閥一色になろうとしているからな。

 そんな情勢の中で、“精霊魔法”派のお前を手元に置いておくのは危険すぎる。

 であれば、国外追放という形でお前を切り捨てておいた方が良いという判断だ。

 “元素魔法”派閥筆頭のルシール嬢の家からの圧力もあったしな。

 ……それに、お前としてもどこかの年寄りの後妻に入るよりも、母方の祖国でのんびりするほうが良いだろう」


「あら?

 私のためだったのですか?」


 最後に付け加えられた言葉に、思わずお兄様を見返してしまいます。

 あの常に貴族たれとあったはずのお兄様がそんな甘いことを言うだなんて。


「ふんっ、この国の情勢を考慮しただけだ。

 ……まあ、殿下がおっしゃったように追放先を西の隣国にしたのは、せめてもの情けだがな」


 目をそらしながら、恥ずかしそうにそうこぼすお兄様の姿に思わず笑みがこぼれます。


「それにしても、ステラが不在でよかったです。

 ステラがいたら今日の話し合いもどうなっていたことか……」


「……ああ、それがわかっていたから今日この場に不在となるように調整したんだ。

 まったく、精霊魔法の使い手は粗暴な者が多くて困る」


「あの、ステラを一般的な精霊魔法使いとされるのは大変不本意なのですが。

 現に私は今日の話し合いでも何の問題も起こしていませんし」


「ふっ、冗談だ。

 さすがにステラがフローラ様やお前に対して過保護に過ぎるというのはわかっているさ」


 あらあら、お兄様が冗談だなんて。

 よほど機嫌が良いのかしら?それとも私が侯爵家から離れたので気安く接することができるようになったのかしら?

 いえ、機嫌が良いという理由は嫌ですね。

 その場合、私を追放できたことを喜んでいるということになるではないですか。

 なので、気安く接することができるようになったからだと思いましょう。

 お兄様が、私が追放されるのを待ち望んでいたなんていう風には思いたくないですしね。


 そんなことを考えていると、ノックの音に続いて侍女から兵が到着したことを告げられました。



「ルナキアロ侯爵様、私が護送を監督するエビシド・イクスです」


 部屋にやってきたのは、お兄様に挨拶をしている騎士様がおひとりと兵の方が4名でした。

 西の隣国へ向かうための準備をどうするかと質問してみたのですが、私の分の準備は家から同行していた侍女が用意していました。

 まあ、事前に国外追放という処分は決まっていたのですから、当然の対応ですね。

 それを聞いて安心したところで、騎士様からの視線を感じました。


 頭の先からつま先までを舐めるような視線です。

 単に国外追放になった哀れな女を見定めるというような視線ではなく、それ以上に不快なものを感じます。


「では参りましょう、ディアナ・ルナキアロ元侯爵令嬢」


 さすがに何か言おうかと思い始めたころに騎士様からそう告げられます。

 正直、この先のことがとても不安になる顔合わせなのですが、騎士様が告げられたように今の私は元侯爵令嬢です。

 多少の不快感は我慢すべきなのでしょう。

 そう思って騎士様の後に続いて部屋を出ようとしたところでお兄様から声をかけられました。


「精々、平民としての暮らしを楽しむといい」


 声も表情も外向けの侯爵としてのものでしたが、私にはお兄様からのいたわりを感じることができました。


「はい。

 お兄様もお身体にお気を付けください」


 なので、私は笑顔でそうお答えすることができました。

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