追放された令嬢は精霊とともに自由を謳歌したい

はぐれうさぎ

第1話

「はぁ」


 窓の外を流れる景色を眺めながら、そっとため息をつきます。

 本来であれば、今頃は領都へ帰るための準備をしているか、あるいはすでに領都へ帰るための馬車に乗っているはずだったのですが。

 けれど、現実には学園の制服のまま強制的に乗せられた粗末な馬車で隣国へと追放されようとしています。

 まあ、唯一の救いは追放先である隣国がお母様の祖国であり、お祖母さまやおば様をはじめとした血縁者を頼ることができることでしょうか。

 といっても、これもお母様が隣国の王族であったための配慮なのでしょうけど。


 嫁ぎ先から子供を送り返されるだなんて、国によっては恥だなんだと言って拒否するところもあるかもしれません。

 けれど、お母様やステラの話を聞く限り、あの国に関してはむしろ逆に処刑や奴隷落ち、平民落ちさせるよりも穏当な方法だと思います。


「それにしても、殿下とお兄様がここまで強硬な手段に出られるだなんて……」


 馬車に乗せられた当初は突然のことに驚いてうまく考えがまとまりませんでしたが、王都を出て街道を進み、馬車から見えるのどかな風景を見ているうちに少しずつ落ち着いてきました。

 窓から見える景色に緑が随分と多くなり、陽が傾き始めていることを考えると、結構な時間が経っているのかもしれませんが。






 ことの起こりは、学園の夏季休暇の初日、つまり今日の朝に殿下とお兄様から学園へと呼び出されたことから始まります。

 今にして思えば、婚約についてのお話だというのに、王城の一室ではなく学園の一室を指定されたことに疑問を感じるべきだったのかもしれません。

 けれど、学園で他にやることがあると言われればそれをそのまま信じてしまうのも仕方ないと思います。

 だからこそ、婚約についてと言われてもそう重要なお話ではなく、簡単なものだと思っていました。

 ……実際には婚約破棄からの国外追放だったわけですが。


 とにかく、そんな経緯で今朝、学園の制服に着替えた私は、いつものステラではなく侯爵家からつけられた侍女を連れて学園へと向かいました。


 ……私付の侍女であるステラが不在になっていたのも、今日のための布石だったんですね。

 確かに、お兄様が祖国であるとはいえステラを隣国への使いへと出すのは珍しかったのですが。

 それを何の疑問も持たず、めったにない里帰りのチャンスだからと笑顔で送り出した私はさぞかし滑稽だったのでしょう。

 ステラ自身は私を1人にすることを心配して、乗り気ではなかったですし。

 ……あぁ、散々心配いらないと言っていたのにこんな状態になってしまっているのでは、次に会ったときのステラのお小言が怖いです。


 学園に到着し、指定された部屋へ向かうと、殿下とお兄様に加えてもう御一方いらっしゃいました。

 グロステラ辺境伯のご令嬢であるルシール・グロステラ様です。

 ルシール様のお姿を見ても、殿下とお兄様と一緒に学園で用事があるのだろうと思った私はかなりおめでたいのでしょう。

 殿下から“とろい”だとか、“無能”だとか言われていたのも仕方なかったのかもしれません。



 この話し合いに疑問を感じたのは、ルシール様が退出されないままお兄様が話し合いを始められたときでした。


「朝早くからよく来てくれたね、ディアナ。

 今日は殿下とお前の婚約について重要な話があったから呼んだんだよ」


「あの、……ルシール様も参加されるのですか?」


 お兄様が話し始めても席を立つ様子のないルシール様に目を向けて疑問を口にすると、その答えは殿下から返ってきました。


「ああ、ルシールにも関係のある話だからな」


 その声を聞いて殿下の方に顔を向けると不機嫌そうな一瞥が返ってきました。

 残念ながら、私と殿下の関係はこの光景がすべてを物語っていると言っていいかもしれません。

 婚約関係にあるとはいえ、私は殿下から嫌われてしまっているのです。

 婚約当初の幼かったころは、殿下もとろい私を呆れたように見ているだけでしたが、殿下が初等学校に通われる頃には私のことを疎ましくされるようになり、私が高等学校に入学した今年に至っては恨みのこもった目で見られることも珍しくありませんでした。


 そのこともあり、殿下のお言葉を聞いて今日の話し合いの内容を理解しました。

 なぜ、当事者である私たちだけなのかということは多少疑問に感じましたが、正式な通知の前に今までの恨みつらみなどをぶつけたいのだろうと勝手な想像をします。

 私が初等学校に入学したころより、殿下とルシール様の仲の良さは周知の事実だったのですから。


「今の殿下のお言葉で察したかもしれないが、今日の話し合いの目的は殿下とお前の婚約の解消についてだ」


「そうですか。

 陛下とお兄様の許可が下りているのであれば、婚約解消について謹んでお受けいたします。

 鈍い私でも殿下から望まれていないことはわかっておりましたから」


「白々しいことをっ!

 挽回できぬ事態にまで至ったからと、おとなしく受け入れるように見せかけても、お前がこれまでに行った行為について許されるわけではないぞっ!」


「……は?」


 殿下のお言葉に思考が停止します。

 ……私が行った行為?


「とぼけようとしても無駄だ!

 お前がこれまでルシールに対して様々な嫌がらせを行ってきたことはわかっている。

 だが、これらは仮にも婚約関係にある状態だからとルシールによって見逃されていた。

 しかし、今回のグロステラ辺境伯家で開発された魔法道具の強奪未遂については見逃すことはないぞっ!!」


「えっ、……嫌がらせ?……魔法道具の強奪未遂?」


 殿下は何を言っているのでしょう?

 私にはまったく身に覚えがありません。

 というか、グロステラ辺境伯家で開発されたという魔法道具に至ってはその存在すら知らないのですが。


 そんなことを思いながらも、すがるように殿下以外の左右に目を向ける。

 けれど、そこにはカップで口元を隠すようにして薄く笑うルシール様と、腕を組み目を伏せるようにするお兄様の姿がありました。


 ……あぁ、つまりそういうことでしょうか。

 ここに至って、ようやく理解できました。

 今回の話し合いは単なる婚約解消の場ではなく、私を切り捨てるための場なのであると。


 身に覚えのない嫌がらせの件はもちろん、魔法道具の強奪未遂についてもでっち上げられた事件なのでしょう。

 ただし、その件を私が主導したというねつ造された証拠が現侯爵家当主であるお兄様によって認められているのでしょうが。


 そのことを考えると、この婚約解消については陛下の許可が出ていない可能性が高いですね。

 もし、陛下がお認めになっておられるのであれば、私たちだけの話し合いになどはなっていないでしょうし。

 内々に処理するのだとしても、王宮からの人間がやってきていないことはあり得ません。


「……はぁ。

 ……私をどのように処分するおつもりなのでしょうか?」


 そこまで考えたところでひとつ息を吐き、どうせ罪状を否定しても無駄だからと結論となる処分のことをお聞きします。

 いくらなんでも、この場で文字通り切り捨てるということはないでしょうし、陛下からの許可がないのであれば王宮に連行するというのも考えにくいです。

 となれば、侯爵家へ連行ののち侯爵家からの放逐といったところでしょうか?

 ただ、その場合も陛下たちへの説明をどうするのかは疑問ですが、もともと私が王都から侯爵領へと帰る予定となっていた夏季休暇中にどうにかするつもりなのでしょう。

 なんというか、色々と考えることが馬鹿らしくなってきました。


「っ!?

 ……お前の処分は国外追放となる。

 せめてもの情けとして追放先はお前の母の祖国である西の隣国、コニビアン王国だ。

 我らの寛大な心に感謝することだな」


 私が否定も反論もせずに処分について聞いたことに驚いたのか、殿下が珍しく驚きの表情を見せます。

 ただ、それも一瞬のことで、すぐさまいつもの不機嫌そうな無表情に戻り、私に対する処分を告げました。


 “国外追放”


 思っていたよりも重い処分です。

 といっても、侯爵家を放逐された場合、結局は母方の祖母や叔母を頼ることになったと思われるので最終的に同じ結果になっていたような気もしますが。


「そうですか」


 そう答えて、お兄様へと目を向けます。


「ルナキアロ侯爵家としてもこの処分に異を唱えることはない。

 ディアナ、今日この時を持ってお前をルナキアロ侯爵家の籍から外す」


 私にそう伝えるお兄様の目を真っすぐに見つめ、静かに頭を下げます。

 本来であれば父である先代のルナキアロ侯爵に頭を下げるべきなのかもしれませんが、お父様は2年前に事故で亡くなられているので、現当主のお兄様に向かって頭を下げます。


「すぐにお前を護送する兵を連れてくる。

 せいぜい、残り少ないこの国での時間を楽しむことだな」


 そう言い置いて、殿下はルシール様を連れて部屋から出ていきました。

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