よん  アルフレート殿下、可愛いですわぁ!


 ――あっ、アルフレート殿下がこちらを見つめていらっしゃいます。


 なになに? うんうん。


 ……ええ、ええ。分かりましたわ。


 殿下がお伝えしたいお言葉は……『ごめんねイェルカ、もう少し待っててね』ですわね!


 ええ、待ちますとも!!

 最高のフィナーレのために!


 愛しのアルフレート殿下が口を開かれます。


「アルフレート王太子はシルベスター公爵令嬢を無実の罪で裁き、カーク男爵令嬢を妃にするために婚約を破棄した。皆の混乱を招き、公爵家の名誉に傷をつけ、その他諸々いろいろやらかしたアルフレート王太子は……」


 殿下、途中から端折りましたわね?


 もしかして台詞をお忘れになってしまったのでしょうか。


 まあ、それでも流れは同じですから問題はありませんね!


「王位継承権を剥奪し、臣籍降下することになるっ!」


 皆さんご覧になって! このアルフレート殿下のドヤ顔を!


 なんて……なんて可愛らしいのでしょう!


「……は? あ、アルフレート、殿下?」


 まあ、ナディア嬢が顔面蒼白になりましたわ。

 その他のギャラリーの皆さまも困惑しているご様子。無理もないことですわね。


 だって、アルフレート殿下自らアルフレート殿下の断罪をしているという奇妙なシーンなのですから。


 ……ちょっとハーディ殿下。笑うなんて失礼じゃありませんこと?

 アルフレート殿下は大真面目にやっていらっしゃいますのよ?


「よって! 本日より第二王子ハーディが王太子となる!」


 ドヤァァ!

 アルフレート殿下、可愛いですわぁ!


 アルフレート殿下は現在、悪役おバカ王子を断罪するヒーロー王子を演じていらっしゃるのです。


 ええ、悪役おバカ王子役もアルフレート殿下であられるのが皆さんの混乱の原因ですわね!


「ちょ、ちょっと! アルフレート殿下! どういうことですの?」

「すまない、ナディア嬢。これからは一臣下として王家に仕える身となっておくれ」

「ま、まさか……本当なんですの? 本当にアルフレート殿下ではなく、ハーディ殿下が王太子に?」

「ああ、そうだ」

「ああ、なんてことでしょう……! アルフレート殿下……っ」 


 あら、ようやくアルフレート殿下の腕が解放されましたわ!


 およよとナディア嬢は床に泣き崩れます。哀れにも誰もその姿に同情しません。


 というか、皆さんこの流れに付いてこられておりません。ぽかーんです。


 ハーディ殿下、ちょっと今回の演出はどうかと思いますわ。


 いろいろと無理があると思いますの。


「そして……イェルカ」

「……はい、アルフレート殿下」


 まあクライマックスシーンですし、余計なことは言わないことにしましょうね。


 ようやく……ようやく!

 悪役令嬢がヒーロー王子に救われるシーンですわ!


 アルフレート殿下は頬を染め、けれどもキリリとしたお顔で、燃えるような愛を宿した碧の瞳でわたくしを見つめていらっしゃいます。


 ああ、殿下。貴方様の熱視線に貫かれて、わたくしもう溶けてしまいそうですっ!


「僕は、きみのことを心から愛している。親同士の決めた婚約ではなく、真実の愛から、きみに求婚したかった。……イェルカ、どうか僕の妻になっておくれ」


 アルフレート殿下はひざまずいて、懐から小さな箱をお出しになりました。ぱかりと開かれたその中には、美しいダイヤモンドの指輪が鎮座しております。


 ……そう、婚約指輪ですわ! きゃーっ!


「わたくしも……貴方を愛しています。アルフレート殿下。喜んで、貴方の妻になりましょう」


 指輪を、そっと、アルフレート殿下がわたくしの薬指にはめられます。


「イェルカ……」

「アルフレート殿下……」


 ふたり一緒に見つめ合い、抱き合って。互いの顔を近づけて。もうすぐ唇が触れてしまう……そんな時。


「ちょっと待ったああ!!」


 ……ちょっと待つべきだったのは貴女の方よ、ナディア嬢。


 貴女のせいでアルフレート殿下とキッスができなかったじゃありませんか。ぷんぷん。


「な、な、なぁに、アルフレート殿下の妻になろうとしているのですかイェルカ様ぁ!」

「わたくしとアルフレート殿下は愛し合っているのです。さらに家柄も釣り合っておりますので、この結婚に反対なさるのは貴女くらいかと思いますが」


 抱き合っているアルフレート殿下と、「ねー?」と顔を見合わせます。ああ可愛い。


「愛? 家柄? そんなことは関係ありませんわ! いいこと、イェルカ様。わたくしはアルフレート殿下と愛し合っているのです! 心だけじゃありませんのよ、体まで!! このお腹には、殿下との子どもがおりますのっ」


 ああ、そういえばそうでしたね。

 忘れていました。


 ナディア嬢の誤解を解いていないままでしたわ。


「……ナディア嬢。たいへん申し上げにくいのですが……そのお腹の子は、アルフレート殿下のお子様ではありませんわ」

「そんなはずありませんわっ! わたくしとアルフレート殿下は、それはそれは甘く熱い夜を――」

「先ほど申し上げましたわよね? アルフレート殿下とわたくしは、毎晩一緒に寝ているのです。貴女のもとに通う余裕はありませんわ」


 アルフレート殿下は嬉しそうに、すりすりとわたくしのお胸に頬を擦り寄せていらっしゃいます。


 きっとクライマックスシーンまで演じて疲れてしまわれたのですね。可愛い甘えたさんです。よしよしと頭を撫でてさしあげます。


「な、なら! わたくしのお腹にいるのは誰の子だと……」


 ちらりと横を見やります。


 ナディア嬢、貴女のお腹の子の父親はすぐそばにいらっしゃいますのよ。


 いい加減、名乗り出たらどうです? ……殿下。


「……俺の子ですよ、ナディア嬢」


 バッチンとウィンクをして答えたのは、つい先ほど王太子になられたハーディ殿下です。


 そう……ナディア嬢のお腹にいらっしゃるのは、色欲魔王ことハーディ殿下のお子様なのですわ!


 また観客の皆さまがざわめきます。


「……ハーディ、殿下……?」

「ナディア嬢が兄上のことを狙っているみたいですから、俺が身代わりになっていたんです。さらさらヘアのかつらを被ってね」

「か、かつら……?」


 ええ、アルフレート殿下は、もうそれはそれは可愛らしいお方なのです。


 わたくし以外にもそのお体を愛でようとする不埒な輩は男女問わずたくさんおりまして、それゆえにわたくしは毎晩アルフレート殿下と同じ寝室で寝ておりますの。


 殿下のお体をお守りするためですわ。


「面白いものですよね。暗闇で鬘を被ってさえいれば、誰も俺と兄上の入れ替わりには気づかないんですから。楽しませていただきましたよ」


 十三歳にしてものすごい絶倫であられるハーディ殿下は、しょっちゅう寝込みを襲われそうになるアルフレート殿下の身代わりに適任だったわけです。


 王族の子は多い方が良いですし、ハーディ殿下は遠慮なく、欲深い女たちと子づくりに励んでくださったはずですわ。

 ときどき男のお相手もしたそうですけれど、細かいことは考えないでおきましょう。


 わたくしは満面の笑みを浮かべました。


「良かったですわね、ナディア嬢。王太子殿下の妃になりたかったのでしょう? 子を生めば、望み通りハーディ殿下の側妃になれますわ!」


 さあ、ナディア嬢。ここでどう反応なさいます?

 喜んでいただけますと、後からざまぁをしやすいのですが……。


「くっ……。ええ、そうですね。臣下に過ぎない身となったアルフレート殿下の妻になるより、ハーディ殿下の側妃になった方がきっと幸せですわ! せいぜいおふたりをこき使ってやるんですからっ」


 まあ悪くない反応ですわね。

 さあ、これから貴女を断罪――


「……ちょっと待て」


 今度は誰ですの?!

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