ご ああ、殿下。最近背が伸びましたわね。
「……ちょっと待て」
今度は誰ですの?!
これからが良いところでしたのに……!
って、どなたかしらと思いましたら、なんと国王陛下でいらっしゃいましたわ!
そういえば今日は陛下の誕生祭でしたね。
お誕生日おめでとうございます、国王陛下!
「アルフレート、ハーディ、イェルカ。……そして、カーク男爵令嬢」
「はい、陛下」
名を呼ばれた四人は、国王陛下の御前にひざまずきました。ちなみにナディア嬢は少し遅れて。まあ身重の方ですから仕方ないと大目に見ましょう。
「最近流行りの物語、楽しませてもらった。しかし……そろそろ皆に説明してくれないか? 頭痛で皆が倒れてはパーティが台無しだ」
わたくしはあたりを見渡します。
あら、ちらほらと頭を抱えていらっしゃる方々の姿が見えますわ。
たしかにこの怒涛の展開、付いてくるのは大変だったでしょう。
わたくしは、ハーディ殿下の方にちらりと視線を送りました。
「……では、説明いたしましょうか。イェルカ姉上」
「ええ、説明いたしましょう。ハーディ殿下」
と言いましても、わたくしは一部の情報しか知らないのですけれどね。
まあハーディ殿下がうまく説明してくださると信じておきましょう。
まずわたくしが口を開きます。
「そも、今夜の国王陛下の誕生祭で、アルフレート殿下は王位継承権を剥奪されることになっておりました。より正しく言うのならば、王位継承権を剥奪されることを正式発表されることになっておりました。
ハーディ殿下が王太子となられることも、本日正式に発表することになっておりまして、この件に関してはあの茶番劇に関係なく行われる予定だったのですわ」
ええ、わたくし、アルフレート殿下が王位継承権を剥奪されることは以前から伺っておりましたの。
今日行われることとして、わたくしが知っていたことのひとつめは、王太子の交替が発表されることでした。
アルフレート殿下が臣籍降下することになられたのに、今日の茶番劇はまったく関係ありません。
アルフレート殿下の騙されやすく泣き虫さんなところが、王位には相応しくなかったのですわ。
あまりにも素直で愛らしいお方ですから、アルフレート殿下ったらいろいろな人に騙されてきましたの。
ぼったくりなお値段のネックレスを買わされて数カ月分の衣裳の予算を一気に消し飛ばしてしまわれたり、悪質な手紙に騙されて多額のお金を送ってしまわれたり。
ちなみにネックレスはわたくしへの贈り物でございまして、手紙には、お金を払わないとわたくしの身が危ないという内容が書いてあったそうですわ。
不埒な輩が、アルフレート殿下のわたくしへの愛を利用したのです。
人の言葉をすぐに信じてしまわれるきらいがありましたから、それによって矛盾が生じますと、パニックになって泣いてしまわれることも多々ありました。
頑張っても空回りしてしまうことが多いお方で、どこか抜けていたり突飛なお考えをなさったりする、けれども本当に皆から愛されるお方でございました。
アルフレート殿下は、国王陛下と王妃殿下に長年待ち望まれ、ようやくお生まれになったお子様でした。
お子様のご誕生にたいそうお喜びになった国王陛下は、アルフレート殿下がお生まれになるや否や、すぐに王太子の座をお与えになったのです。
喜びのあまり突っ走ってしまった、というところだったのでしょう。
翌年にはハーディ殿下もお生まれになり、おふたりはすくすくとご成長なさいました。
ですがご成長なさるにつれて、おふたりの能力の差が顕著であることが分かりました。
簡単に言えば、ハーディ殿下の方が次期国王に相応しい器をお持ちのお方だったのです。
ハーディ殿下は、幼き遊び人やら色欲魔王やらと噂されるところもありますが……やる時はしっかりやるお方でして、わたくしも時に驚くほどの頭脳明晰さをお見せになるのです。
国王陛下はお悩みになった挙げ句、アルフレート殿下を臣籍降下し、ハーディ殿下を王太子になさることをお決めになりました。
国王陛下と王妃殿下、そしてアルフレート殿下とハーディ殿下、その四名で話し合われた末にお決めになられたことだと伺っております。
アルフレート殿下の婚約者として幼少の
ハーディ殿下の計画にアルフレート殿下が協力なさったり助言なさったりする形の方が、きっとうまくいくのです。
他国からは何か言われるかもしれませんが、きっとこの国ではこれが一番良い道だったのだと思います。
そうして今日。
皆の前で、アルフレート殿下とハーディ殿下の王太子交替の発表がなされることになりました。
「そこで俺は提案しました。せっかく王太子を交替するなら、最近流行りの小説のような茶番劇を演じてみせようではないかと。父上の誕生祭ですから、何か余興として楽しめるものをと思いましてね」
なるほど、余興のおつもりでしたのね。やはり、わたくしは悪役令嬢役で合っていたみたいです。
あら? アルフレート殿下がお目々をまん丸にしていらっしゃいます。
……ハーディ殿下、もしかしなくてもアルフレート殿下のことを騙していらっしゃいましたね。
アルフレート殿下がショックを受けてしまわれたではありませんか!
アルフレート殿下、あとでお話を聞きますから! ですから泣かないでぇ……。
「配役としては、悪役令嬢がイェルカ姉上。婚約破棄するバカ王子がアルフレート兄上で、その相手役がナディア嬢。そして悪役令嬢を助けるヒーロー王子もアルフレート兄上です。
まあ、イェルカ姉上とナディア嬢には詳しい説明はしていませんでしたがね。アルフレート兄上の一人二役によってごたごたになってしまったようですし、簡潔に真実を皆さまにお伝えしましょう」
「わたくしがナディア嬢を虐めていた事実も、殺害を企てた事実もございません。ナディア嬢のお腹には、ハーディ殿下の五人目のお子様が宿っていらっしゃいます。アルフレート殿下は公爵となり、ハーディ殿下は王太子となられます。それが真実です」
まだ困惑の色は見えますが、まあまあ皆さまそれなりに納得してくださったようです。
皆さまが頭の痛みでぶっ倒れてしまう危険を回避したところで、わたくしは計画の実行に移ることを決めました。
ハーディ殿下と事前に打ち合わせていた、本日の計画。今日行われることとして、わたくしの知っていたふたつめのこと。
「……そして」
わたくしはゆっくりと、ナディア嬢の方を見据えました。
ナディア嬢、貴女が本当にハーディ殿下の側妃となれると思ったら大間違いですわ。
「ナディア・ドロテア・カーク男爵令嬢を、今から断罪いたします。王族殺害未遂の罪です!!」
わたくしが高らかに申し上げますと、観客の皆さまがまたざわめかれます。
「はぁっ!? 冗談じゃありませんわ! わたくしが、いつ、そのような……」
うるさく喚くナディア嬢を冷たく睨みつけますと、彼女は「ひっ」と情けない声を上げて黙りました。
「貴女はアルフレート殿下に毒薬を盛りました。貴女があの薬を注文したという証明書も、貴女に命じられて殿下のティーカップに毒薬を入れたという侍女の証言も、すべてこちらは押さえております」
ナディア嬢の罪。
それは、アルフレート殿下の殺害を企てたことです。
わたくしは、ずっと……ずっと、貴女を断罪する時を待っておりました。
「衛兵。ナディア嬢を丁重に拘束しろ」
「は!」
アルフレート殿下の命に従い、兵たちが今度はナディア嬢を拘束します。
ハーディ殿下のお子様を身籠っていらっしゃいますから、乱暴な真似はできません。
妊娠さえしていなければ、貴女のことをすぐに痛めつけられたのですけれど。
でも、わたくしなら仕返ししても何も文句は言われなかったかしら?
それとも、そんなことをしたらアルフレート殿下に怒られてしまったかしら?
「アルフレート殿下、イェルカ様。わたくしには身に覚えがございません。毒殺未遂なんて……」
「貴女がアルフレート殿下に抱かれたと勘違いなさっていたあの夜。貴女……アルフレート殿下に媚薬を盛りましたわね?」
「ええ、盛りましたとも。ひとえに刺激的な夜を過ごすためですわ。それに何の問題があって?」
何の問題ですって? ……問題しかなかったわ。
「あの薬は、過剰に摂取すると体に大きな負担がかかります。そして貴女の盛った薬の量は、お命が危ぶまれるような危険な量でした。
宮廷医が適切な処置をできていなかったら、もしも気づくのが遅れていたら……アルフレート殿下は、今ここにいらっしゃることができなかったかもしれないのです……っ!」
堪えきれずに涙を流してしまったわたくしの手を、アルフレート殿下は優しく包み込んでくださいました。
ああ、殿下。
最近背が伸びましたわね。
数年前まで本当に小さかった手は、今ではわたくしと変わらないくらいの大きさになって。
三つ年下だからと長年子ども扱いしてきてしまいましたが、もうごっこ遊びばかりしている子どもではなかったのですね。
……まあ、いつまでも子どもでいられましたら困りますもの。
殿下のご成長は嬉しくもあり寂しくもありますが、変わることも受け入れねばなりません。
だって、数カ月後には……
「ナディア嬢。きみは先程、イェルカがきみを階段から突き飛ばしたことを『殺そうとした』と言い、僕がそれを『王族殺害未遂』として断罪しようとした時もそれを黙認した。
あれは、きみのついた嘘だったが。それでは……子を身籠った女性を故意に転ばせた場合、それは子を殺そうとしたのだ、と。そう捉えて良いということか?」
まあ、アルフレート殿下。完璧な台詞ですわ。
先程ハーディ殿下が何か耳打ちしていらっしゃったようですが、まあアルフレート殿下がかっこよければなんでもいいのです!
殿下、素敵ですわ!
「はい、そうです。イェルカ様のおっぱいのせいで、わたくしとハーディ殿下の子は殺されそうになりました!」
あら、まだわたくしのお胸のせいにするつもりですのね。
でも、もうその話は終わっていますのよ?
「イェルカの胸は、故意に転ばせたとは言えないと思うが……少なくとも、きみが先程イェルカの胸を蹴って転ばせたのは故意だろう」
「はい! 仕返しをしてやりましたの!」
「……そうか。おとなしく罪を認めてくれて良かった」
「罪?」と、ナディア嬢はきょとんとしていらっしゃいます。
ナディア嬢、貴女、やっぱり気づいていらっしゃらなかったのですね。
子を身籠っているのは……貴女だけではありませんのよ?
「きみは今日、またもや殺害未遂事件を起こしたのだ。イェルカのお腹にいる……僕とイェルカの子の命が、きみのせいで危ぶまれた!」
大きなざわめきの中、宰相であるお父様が「はぁあああ!?」と叫ぶ声が聞こえたような気がいたします。そういえば、お父様にはまだお伝えしておりませんでした。
ええ、そうですの。わたくしも身籠っておりますのよ。愛しのアルフレート殿下との子どもがお腹におります。
「いいこと? ナディア嬢。わたくしとアルフレート殿下は、婚前交渉はしないことを決めておりましたの。ですが貴女の盛った媚薬のせいで、そうもいかなくなりましたわ。
お命は宮廷医のおかげで助かりましたが、薬の効果は根強く……結ばれないことには、殿下の苦しみを癒やすことができませんでしたの」
あの薬のせいで、愛しのアルフレート殿下はたいへん苦しい思いをなさりました。
ふたりで交わした約束を守ろうと殿下は必死に頑張ってくださったのですが……そのあまりに苦しそうなご様子にわたくしの方が先に我慢ならなくなりまして、わたくしたちは一夜だけ肌を重ねてしまったのです。
「ごめんねイェルカ。結婚してからって、ずっとふたりで決めていたのに」
「いいえ殿下。貴方は悪くありませんわ。ナディア嬢が殿下を害したのがいけないのです。それに……結婚前にはなってしまいましたが、わたくしは殿下との子を身籠れたことをとても嬉しく思っております」
「うん、僕も嬉しいよ。ふたりで大事に育てていこう」
アルフレート殿下がぎゅっとわたくしを抱きしめ、わたくしも抱きしめ返します。
ぴょんぴょんとハートが飛び交う空気を醸し出しはじめたわたくしたちを、ハーディ殿下とその他観客の皆さまはやれやれといった目でご覧になりました。
しばらくラブラブした後に、手を繋いでナディア嬢を見下ろす体勢に戻ります。
「まあ、そういうわけでナディア嬢。貴女は王太子であった兄上を殺そうとした挙げ句、今夜は兄上の子を殺そうとしました。二度に及ぶ殺害未遂の罪は重く、到底許せるものではありません。
俺との子どもは生んでもらいますけど、出産を終えたら処刑ですね。子どもはきちんとこちらで育てますから、どうかご安心を」
「しょ……処刑? あり得ません、そんなこと……。だってわたくしは、あの薬がそんな危ないものだなんて知らなかったし、イェルカ様が妊娠していることも知らなかった! ……そうよ、全部イェルカ様とおっぱいが悪いのよ。……そう、イェルカ様さえいなければ……!」
ナディア嬢は血走った眼で、ギロリとこちらを睨みつけます。そこからはあっという間のことでして、ナディア嬢は衛兵の緩い拘束から抜け出すと、そのうちのひとりの剣を奪い取りました。
そして――
「死ねぇええっ!!」
「危ないっ、イェルカ――!!」
わたくしのお胸をめがけて、鋭い銀色が走りました。
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