第2話

 捨吉と真白ましらは話し合った。初めて腹を割って、夜通し話し合った。

 お互いにもんどりうったり、嘆いたり、悶えたりしながらも、話し合った。

 その結果、捨吉、というか、村中が勘違いをしていたと判明した。

 

「私はせっかく皆が建ててくれたやしろを荒れさせたくないな、と思って人手を頼んだだけなのに……! 社と村とを毎日往復するのは大変だから、住み込みのお手伝いさんを頼んだつもりで……!」

「俺の村の皆がすみませんでした。ちなみに、どんな頼み方をしたんです?」

「え、えーと……。住み込みで社の管理をしてくれる人はいないか、って……。社は山の上だし、野良仕事も頼もうと思ってたから、できれば体力や腕力がある若い男がいい、って」

「うーん……。それほどおかしな言い方でもないですよね……。若い男って言い方がまずかったんですかね……」

「どう……して……どうして……こんなことに……」

「まあまあ。ちゃんと説明すれば村の皆は分かってくれますよ。本当、勘違いしててすみませんでした」

「う、うん……」


 真白は消沈して頷いた。しばし項垂れていたが、唐突に叫び出す。


「ど、どうしたんです?!」

「も、もしかして、私は今まで、周りの神々ひとから、『こいつ異種姦趣味なのか。しかも雄なのに、わざわざ同じ雄を選ぶとか……マニアックな………』って思われてるってこと?!」

「え……えーと……」


 おそらくはそうなのだろう。捨吉は真白から視線を逸らして遠慮がちに頷いた。


「いやだあああ! アカネちゃんにまでそんな目で見られたら死ぬうううううううう!」

「落ち着いてください、死なないでください!

 アカネちゃん……様? ってどなたです?」


 捨吉が背をさすってやり宥めてやると、真白はぐずぐずと鼻をすすり、それでも幸せそうに頬を染めた。


「アカネちゃんは隣山の神様でね、すごくかわいいんだ。

 円らな瞳でね、体も大きくて、夕陽よりも赤い毛並みがとても素敵で……。一目惚れだったんだあ……」


 うっとりと眼を細めて呟く真白に、捨吉は手を打った。


「ああ、朱鉄アカガネ様のことですか」


 朱鉄は隣山が縄張りの猪の化神けしんだ。隣山一帯の村々が彼女を信仰している。

 捨吉も話だけは聞いたことがある。怒らせると文字通り怒髪天を衝く、だとか彼女の猪突に勝てる妖はいない、だとかとにかく勇ましい話ばかりだったので、乙女……温和な真白様とはお似合いなのもしれない。


「俺の誤解も解けましたし、朱鉄様もきちんと説明すればすぐ分かってくださいますよ、きっと」

「そ、そうだよね! 次の集まりで話すよ!」

「がんばってください」


 神様の集まりとかあるんだあ、と考えつつ、捨吉は安堵の息を吐いた。今までの不安は解消された。もうこれでなんの心配もしなくていい。

 社に来る前からのモヤモヤの一切が晴れた捨吉の心は穏やかに凪いでいた。あとは大量に余っている椿油をどうするかだった。

 髪につけるのも、灯りにするのも二人きりでは限りがある。

 村の皆で分けてもらうか、行商人に売るか、他の村に売りに行くかを相談しよう。いっそ油を大量に使って料理でも試してみようかとも考えたが、もったいないので想像だけにしておいた。


「ステキチさん……」

「はい? なんです? なんでさん付け? どうしました???」

「今度の集まり、ついて来てください」

「なんで? 神様? 真白様? 俺はただの人間ですよ?」

「私一柱ひとりじゃぜったいうまく説明できないから……。他の神って、その、なんと言うか、すごく……我が強いって言うか、こ、個性が豊かって言うか……。ええと、私の話をたぶん、聞いてもらえないんだよね……。個人の趣味趣向の訂正って、大した話題でもないし……」

「なん……だと……。いや、でも」

「お願い! 全員は無理でも、せめてアカネちゃんだけは! アカネちゃんの誤解だけは解きたいんだ!」

「俺よりずっと年上なですから、がんばってくださいよ!」

「年を食っててもできないこと、やりたくないこと、向いてないことはあるよおおおお! そして私はひと付き合いが苦手ええ!」


 我を忘れた真白がつい本性を現したまま捨吉にすがりついた。

 捨吉が毎日手入れをしただけあって、真白の毛皮は肌触りが良い。見た目はつやつやとしているし、手触りはさらさらとしている。


「頼むよおおお、仲の良い君がいてくれたらがんばれる気がするんだよおおお」


 普段の神の威厳はどこへやら、捨吉自慢の毛皮が濡れるのも構わず、わんわん泣く真白に捨吉は抵抗を諦めた。

 神であれば、人間など有無を言わさず従えることなど容易いというのに、真白は捨吉に泣いて頼むのだ。


「わかりました。お供します、真白様」

「! ありがとう、ステキチ!」


 諸手を挙げて喜ぶ真白に微笑みを返しながら、捨吉は集まりの当日は必ず他のどの神々に負けないほど真白を着飾ろう、と決意した。このやさしい神様の話をなにがあろうと聞かせてやろうじゃないか。


「余ってる椿油を売って、真白様のご衣裳を新調しようと思います」

「え? いいよ、いいよ。私のよりも、ステキチの着物を作りなよ。新年に向けて、ね!」

「分かりました、お任せ下さい。すごく豪華にするので楽しみにしててくださいね」


 村民一丸となって一世一代レベルの着物を作り上げてやろうじゃないか。


「うん、楽しみにしてるよ!」


 何も知らない真白はにこにこと朗らかに笑っていた。



 その後、捨吉の話を聞いた村人達は、全員が全員、大層奮起しまして、椿油を売りに売りました。

 そうして、その年の真白様の衣装は集ったどの神々の衣装より華やかであり、手の込んでいるものであり、周囲の視線を集めたということです。

 それからも村は椿油を売り続けました。

 精油の技術は年を経るごとに上がっていきましたし、椿を増やし続けて採れる実の量も増やしました。

 油からできる整髪料や化粧品、料理も作り出しました。

 椿油を売って売って、真白様のためにお金を稼ぎ続けたその村は、いつしか椿村と呼ばれるようになったのでした。

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椿村、その由来 結城暁 @Satoru_Yuki

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