第4話 吸血桜2


『もうずっと繋いでる』



 探している人の声が、遠く響いた気がした。





「唯姫ちゃん?」

 昼休み、クラスメイトが私の名を呼ぶ。

「どうしたの?」

 心配そうにしているけれど、彼女の心は怒りに満ちている。

「ううん、何でもないよ」

「そう……? 何かあったら、相談にのるよ?」

 そう言う彼女は私の事が気に食わない。

 話がしたいのはあなたの方よね?

「唯姫ちゃんて、彼氏いる?」

「え?」

 意を決した様に彼女が問い掛けてくる。どうしてそんな聞き方するのかな。

「いるよ」

「え!?そうなの!?」

 驚くふりをして確信を突きたいだけでしょう?


「永遠を誓い合った大切な人がいるの」


 私がそう言うと彼女はショックを受けた顔をした。

 そこまでは隠せないらしい。

 その後、悔しそうに顔を歪ませた一瞬を私は見逃さない。

 言葉では親切を語り、心はとても醜かった。だから私はこの子の名前を覚えたりはしない。

「わ、私達まだ子供……なのに?」

「子供とか、関係ないよ」

 彼女を更に追い詰める、はやく本心を言ってしまえば良い。


「隣のクラスの山田にだけは、手を出さないでほしいの!」


「……わかった」

 って、誰?

「ほんとにほんとにホントだよ?」

「うん……大丈夫」

 よく人の男を取らないでと言われるけど大体誰の事か分からない。そもそも興味もないと言っているのに何故そんなに不安がるの?

 少しだけ安堵した表情の彼女が私から離れて他のクラスメイトの輪に入っていった。


 隣のクラスの山田って誰……


 彼女の思い人なのは分かったけど本当に誰だか分からない。だけどその山田って人が彼女の頭の中で私に取られると思っているから、私に敵意を剥き出しなんだね。


「バカみたい。ね、楓……」

 窓の外を眺めてあの人の名前を呼ぶ。風が頬を撫でて、懐かしい香がした。







「待って!」

 放課後、クラスに誰も居なくなった筈なのに声を掛けられた。

「だれ」

 同じクラスの男子、ではなかった。そもそも彼は、人ではないらしい。

「見付けた、お姫様」

「やめて」

 私の事を『お姫様』と言う人間は人間ではない。人の形をしている魔に過ぎない。


「あまい血の匂いがするから、直ぐに分かったよ」

 冷たい笑みを浮かべるこの笑みが人間は好きらしいけれど。

「お姫様を手に入れられれば永遠を手に入れられるんだよな?」

「さぁ……知らないけど」

 瞬きをせず、目を見開いて薄気味悪い笑みを浮かべるソレ。血のにおいをさせているのはお前の方……

「校内で、誰か手にかけた?」

 そう、誰かを殺したにおいがする。この世に共存していく人間ではない魔は、人間を必要以上に手を掛けてはいけないのに。

「俺は悪くないよ?」

「悪くないとか、そんな次元の話じゃない」

 ここで共存していくには人間のルールを守らなければいけない。

「頭かたいよ?お姫様」

「……っ」

 話していてもらちがあかない、私は廊下を駆け出していた。放課後は殆んど誰も校舎に残っていない、校庭から部活動をする生徒の声は聞こえるけれどそれすらも違う世界のような気がする。


 この血のにおいは知っている。まだ少しだけ私への憎悪が残っているから……



 そのにおいを辿ると人形の様に横たわる見覚えのある姿、彼女が何をしたと言うの。


 殺されるなんて、思いもしなかったでしょう…


 私は足を止めて彼女の亡骸を見下ろした。

 追い掛けてくる足音は、直ぐそこで止まって


「悪魔なくせに、優しいお姫様」


 私は人間ではないけれど、悪魔なんて言われる筋合いはない。


「その血を……」


 ソレが私に牙を向けた瞬間、黒い炎が上がった。

 骨まで燃やすその炎は、断末魔も飲み込んで跡形もなく消えていく……


「こいつのどこが、そんなに良かったの?」


 しゃがみこんで冷たくなった額を撫でた。

 血を吸われた彼女の顔は真っ青で、もう動くことはない。


 ソレが燃えきった後、そこには何も残らない。


「一緒に、夢の中へ行こうか」


 手を壁に添えるとそこだけ空間がぐにゃりと歪む。

 鏡のように向こうの世界にも同じ廊下が広がっている。


「ん、ゆ、き……ちゃん?」


「おはよう」


 彼女は目を覚まして私を見る。

 彼女が瞬きをする事はもう2度とないけれど……


「おはよう? あれ? 私寝てたの?」


「ん、少し悪い夢を見てただけ」


 そっかぁ、と彼女はあくびと伸びをして立ち上がり歪んだ壁の向こうの世界へ歩いていく。


「さっきはごめんね、私、彼に全然相手にしてもらえなくて八つ当たりした」


 ここへきて、彼女はとても素直になった。

 皮肉なものだと思う。


「ううん、気にしてないよ」


 彼女はこれから向こうの世界で生きていく。

 大丈夫、そっちに苦しみはないから。


「ありがとう」


 彼女は笑いながら廊下を歩いていくと歪みが消え、それは元の壁に戻っていた。

 冷たく暗くなった廊下には私だけが残った。


 もうこの世界に彼女はいない。


 でも、誰も気付かない。


 だってきっと初めから


 彼女は現実には居なかったのだから。









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