第3話 吸血桜
真っ赤に染まる桜の木がある。
その桜の声を聞いてはダメ。
心を覗かれ、身体を乗っ取られるよ
そしてそのまま血を吸われ
永遠に桜の下僕となる…
「ゆきちゃん!」
自分の名前じゃないのに、私の隣にいた同級生は振り返った。
「楓? どうしたの?」
「いや、うん……何でもない」
最近転校してきた同級生、楓の横を幼稚園児が手を繋いで仲良さそうに通り過ぎて行った。
「知り合い?」
私が問い掛けると楓は首を横に振った。
色が白く細身で、ショートカットが良く似合っている。直ぐ仲良くなりたくて声をかけた、休日市内を案内するからと。
「この公園の桜、綺麗……」
楓がポツリと呟く、どこか寂しげな横顔に胸が締め付けられる。凄くタイプだと思った。
「でしょ? 春で良かったぁ」
楓の真上を桜が舞う、今が見頃で公園入口から桜並木が広がり皆思い思いに花見を楽しんでいる。
メインのピクニックエリアでは家族連れがレジャーシートを広げお弁当を囲み、アスレチックエリアでは子供達が元気に遊んでいる。
でも私が彼女に見せたいのはこんな賑わっているエリアじゃない、足早に通り抜け、楓を案内する。
自然の森エリアの、ずっと奥。
「悪い人しか来ないの?」
「え? そんな事ないよ!」
楓が静かに笑う。人が近付かない理由は外から中が見えないため親達は口を揃えてここに入るなと言う。
それともう1つ理由はあるのだけど、これは最近越してきた人に言うことではないと思った。
楓は一頻り大きな桜の木に指先を当て一周する。
ここだけ森を抜けたみたいに光が差し込んで一面にピンクの絨毯が出来ている。この特別な空間を見せたいと思った。
「良い場所ね……気に入った」
桜の花びらが楓の髪や肩に落ちて、柔らかく笑うと心臓が高鳴った。こんなに惹かれた人は生まれて初めてだった。
「そ、そう言えば何でさっき反応したの?」
楓が反応した名前、確かゆき……
「あぁ、私の大事な人の名前だったから思わず」
大事な人、その言葉に私の胸はギシリと痛む。
「ずっと探しているんだけど、会えなくて」
桜の木にこつん、と頭を当て苦しそうな楓。
「もう、何年も会えていないの」
「そ、そうなんだ……」
連絡を取り合えない仲なのか、それなら楓の片思いかな。だったら私が楓を好きになっても良いよね?
「ダメ」
「え?」
心を覗かれた様でハッとした。楓は少し間を開けて何事もなく笑った。風が吹いてさわさわと木々が揺れる。
ピンクの花びらが宙を舞って、美しい人が目の前にいて誰にも邪魔されないこの空間を独り占めしたいと思った。
「どうして私を誘ったの?」
「え?」
ドキリとした、視線だけ私に送って楓は桜に触れている。
「どうして?」
ドキドキと心臓が高鳴る。楓は私から視線を外し桜を見上げた。大きな桜がさわさわと音を立てて揺れている。
あの日の光景に似ていた。
私と彼女、まだ幼かった。でも2人の気持ちは本物だと信じた。
大好きで愛おしくて誰にも触れさせないと誓いたかった。
夜な夜な家を抜け出し彼女と待ち合わせしてこの森の奥までやってきた。月明かりに照らされた大きな桜は特別感があった。
彼女はおおはしゃぎで桜の木の下を走り回った。
花びらが舞って、さわさわと音が聞こえる。
そして、それから……
「大丈夫?」
「え、あ……あれ?」
気付いた時はあの桜の木から少し離れた場所に横たわっていた。
「あなたは今、何処にいるの?」
楓の言葉に身体が冷えていくのを感じる。あの日の出来事が頭を過って身体の内から何かが暴れだしそうにざわざわする。
「ここに、まだ居る?」
「ぇ」
寒気で身体が震える、ガチガチと歯が鳴って目の前がちかちかする。楓はそんな私の胸に手を当てる。
「はやく解放してあげて、もう遅いけど」
「ぅ、ぅう……」
涙がポロポロと溢れてくる。胸の中に広がる後悔が全身を駆け巡る。
「悪趣味」
「ぅぐっ」
楓の腕が水のように透明になって私の胸の中に入ってくる。
そしてそのままソレは何かを引っ張り出した……
薄れる意識の中で見えたもの、楓の手に血に染まった桜の花が乗っている。
「食べられてしまったのね」
言葉は出ない、頷くだけ。
あの日、彼女と2人でここで愛を誓おうと思った。
なのに、彼女は誓ってくれなかった……
木の根っこが彼女の足を捕らえ、そのまま地に引き摺られる。『助けて』と伸ばされた手を見ていた。
私の手を取らないなら、その手は要らない。
私以外とこの先愛を誓うのなら、それを絶つ。
地面に引き摺られた彼女を見て、私は何だか嬉しくて笑った様な気がする。
後日、その場に倒れていた私と、埋もれた彼女が見付かってここには人が寄り付かなくなった。
「ねぇ、楓……」
「なに?」
桜に触れて何かしている楓に問い掛ける。
「ゆきは、あなたの手を取ってくれるの?」
楓はゆっくりと振り返る。
「もうずっと、繋いでる」
楓の手から水が溢れる。
桜の木に水が染み込み、苦しみの声を上げた。
真っ赤に燃えるように、花びらが赤くなって散っていき、枝が腐り出した。
「おやすみ、大丈夫。良い夢を……」
楓が私の額にキスをした。
冷たい、柔らかな唇。
そしてそれから、私の意識は遠退いて……
「おい、誰だよ立ち入り禁止の看板外した奴!」
「誰か入っていったんじゃないか?」
「誰も入らないだろこんなところ……」
「あ、お嬢さん、誰か居たか?」
「何も……、ここにはもう何もないわ」
終
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