第36話

「で、何があったんだ?」

 晩餐会は恙なく終わり、ダリルとアリドーシは宿まで送られた。部屋に戻るとアリドーシが神妙な面持ちでダリルに語り掛けた。

 ダリルはフロイスから聞いた話をアリドーシに共有した。すると、予想外にもアリドーシの表情に困惑の色が現れ、明らかに様子がおかしくなった。思わずダリルはアリドーシに問いかけた。

「アリドーシさん、どうしましたか?何か様子が…」

 アリドーシは少し悩むような素振りを見せながら、深く息を吸い込んで大きく吐いた。それから席を立って窓辺までゆっくりと歩み寄った。この町では木々に覆われている関係で星空を眺めることは叶わない。しかし、色とりどりのランプが星々のように瞬いて美しい光景を昼夜問わず提供してくれる。アリドーシは色とりどりに揺れるランプを眺めながら、なお視線は窓の外に向けたまま言った。

「ゴルディア国のグルヴェイグ領は俺の出身地だ。」

 その声はやはり不安を帯びていて、いつものアリドーシの声の調子ではなかった。それゆえにダリルもひどく心配した。

「俺は行商人として各地を巡っているが、家族はグルヴェイグにいる。職業柄、国々の情報へのアクセスは早い自負があった。でも、その伝染病の話は初耳だ。」

「本当かどうかは分かりませんが、フロイスさんの話によるとヒト系統への感染力が高いんだとか…」

「ダリル、お前さんには悪いが俺は明日にでもここを発つ。ゴルディアに向かう。家族の安否を確認したい。」

「はい、自分も付いていきます。」

「でも、まだ情報収集をしているところだろう。それにアイリス様もやけにお前に目を掛けてくれてるじゃないか。」

「いや、実はフロイスさんたちがジューンベリーの亡命一行とすれ違っているようなのですが、既に多くの感染者を抱えていたらしいんです。なので、自分も一刻も早く追いかけたいです。」

「そうか。それなら、明日の朝にはここを発とう。ゴルディアはここから西方だが、高山地帯に位置している。山道は混むからな。早い時間に移動を始めるとしよう。」

 アリドーシはそういうや否や向き直り、広げた自分の荷物をまとめるように片づけを始めた。ダリルはそもそもの荷物は少なかったが、急な出発となったことから、それを知らせる手紙をアイリスへ向けて準備した。ダリルは初めての異国マキーノをばたばたと後にするのであった。

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