第34話
ほどなくしてダリルは促されるまま別室に案内された。そこにはダリルのほかに一人知らない者がいた。きちんとした正装に身を包み、すらりとした体躯できちっと椅子に座っていた。しかし、ダリルを見るなり立ち上がり一礼をした。
「ダリルさん、こちらオストフ家よりいらっしゃったフロイスさんです。フロイス、こちらジューンベリーよりいらっしゃってるダリルさん。昨日ぜひ会ってほしいと私が話した方です。」
「はじめまして、ダリルさん。私、西方のエーギル国はオストフ領より参りましたフロイスと申します。この度はお目にかかれて光栄に存じます。」
見た目通りの利発そうな話し方でダリルは一気にかしこまった。最近こうした人々との社交の機会を持つたびにもっとマナーだのなんだのをしっかり学んでおけば良かったと後悔している。きっとこうした領主やそれと関係の深い家の人たちは幼少の頃よりこうした勉強もしているのだろう。
「ダリルといいます。ジューンベリーというところから来ました。よろしくお願いします。」
ダリルもどうしていいか分からないなりに挨拶をし、頭を下げた。
「フロイス、昨日も話したようにダリルさんはジューンベリーからいらっしゃってます。そして、リリーのお知り合いらしいの。」
フロイスは事情を承知していたようでそう言われても特に表情も変えず、ダリルの方を向いていた。その後、アイリスとフロイスは自然と椅子に腰を掛けたのでそれに合わせてダリルも腰を掛けた。
「端的に言えば、ダリルさんはリリーたちを追いかけているようです。確か、ジューンベリー家の亡命を支援しているのはあなたの家だったわよね?」
アイリスの口から驚くべき情報がさらりと出たのでダリルはそのまま聞き流しそうになったが、自分の中で言葉を咀嚼するや否やフロイスの方に急いで向き直った。気にしすぎかもしれないが、フロイスの表情はやや曇っているようにも見えた。
「確かに、ジューンベリー家を支援しているのはうちだ。さすがに、もうオストフ領には着いている頃とは思うが。私もここへ来る道中すれ違い様に挨拶を交わした程度だ。とはいえ、それも前のこと。さすがに今頃は。」
先ほどまでと違って、何か歯切れの悪い話し方だった。
「何か含みのある言い方ね。どういうことかしら?」
ダリルの問いをアイリスが代弁するかのように問うた。
「ジューンベリー家は亡命とは言えかなりの大所帯を選択していた。無論臣下たちの意向なのだろうが…それに伴って進行は遅く、危険度も増していた。私がジューンベリー様たちとお会いした時、かなりの負傷者や病人を抱えていたように思う。それにそうではなくともかなりの疲労した様子は見て取れた。」
「り、リリーは?」
ダリルは我慢できずに割って入った。領主の娘を一介の領民が呼び捨てに呼んだことに驚いたのか、それとも別の事情があったのか、フロイスは少し驚いた様子で静止したがおもむろに続けた。
「…私が先ほど言った病人だが、まさしくリリー様のことだ。無論、リリー様だけではないだろうが、間違いなくリリー様も病魔に侵されている様子だった。持ち前の明るさゆえか笑顔を絶やすことはなかったが、それでも一見して分かるレベルではあった。」
ダリルはその話を聞いて青ざめた。しかし、青ざめているのはダリルだけではなかった。アイリスもまたその話を聞いて驚愕の様子を隠せず、少し狼狽しているようだった。
「リリーが病気って…どういうこと…。ヴィザリールで過ごしていた時はそんな様子微塵もなかったわよ。それに他の皆さんも全くそんな様子はなかったわ。」
「マキーノの西方の国、ゴルディアにて未知の伝染病が発生したようだ。特にゴルディア最大のグルヴェイグ領でそれは爆発的に広がりを見せているとの話だ。私も詳細を知っているわけではないが、ちょうどジューンベリー家の一行が到着した頃にその伝染病が発生したらしく、そこに滞在したジューンベリー家もその毒牙に侵されたということだろう。なかには、ジューンベリー家が持ち込んだとさえ言う領民もあったそうだ。」
「そんな…」
「ここからは眉唾物の話ではあるが、その伝染病は感染力が高く、とりわけヒト系統の者に感染する力が強いらしいとの話もあった。その話を受けて、念のためではあるが私もここへ来るときはグルヴェイグは迂回して来ている。」
「ジューンベリー家が持ち込んだなんて根も葉もない話にも程があるわ!」
「確かにその通りだ。しかし、そうした噂もあってかジューンベリー家はグルヴェイグ領において旗色が悪く、また領民のそうした噂をグルヴェイグ様たちも制御できずに、半ば逃げるように、追い出されるようにそこを後にしたようだ。大した支援も受けられず、感染者も発生し、私がすれ違った際にはかなり困憊している状態だったわけだ。」
フロイスは言葉を慎重に選ぶようにゆっくりと話をした。おそらくはダリルやアイリスに配慮してのことだろう。しかし、逆にその様子から本来の事態はもっと悪いのだろうということが二人には容易に想像がついたのだった。
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