第33話

「ようこそおいでくださいました。」

 迎えの車から降りるとエビネがにこやかにダリルとアリドーシを迎えてくれた。晩餐会ということだけあり、普段以上に正装をしているように見られた。ダリルはやはり余所行きの服を着てくるべきだったと後悔した。とはいえ、そういった類の服はまだ一着も持っていなかったのだが。

 案内されるがままに先日訪れた時とは異なる大広間へ通された。中央には大きな木製の照明器具が垂れ下がっており、美しい色の光が灯っている。相変わらず幻想的な雰囲気が醸し出されている。大広間へ入るとダリルは壁に掛けられた絵のうちで一枚の絵に目を奪われた。どこか懐かしいような、どこか知っているような、描かれている風景なのか、それとも描き方に覚えがあるのか。元来芸術についてはあまり知識のないダリルであったが、その絵の前で足を止めた。

「やはり、その絵が気になりますのね。」

 ダリルはおそらく絵の前でしばらく静止していたのだろう。後ろからアイリスが静かにダリルに声を掛けた。

「あ、アイリス様、本日はお招きいただきありがとうございます。」

 ダリルは我に返りアイリスに挨拶をした。

「こんにちは、ダリルさん。ようこそおいでくださいました。急なお誘いにもかかわらず、ご足労いただいてありがとうございます。実は今日はこの絵のこと含め、「ダリルさん」とお話がしたくて、いいえ、しないといけないと思ってお呼びした次第なの。」

 アイリスは真剣な表情でダリルに話を続けた。

「この絵は、アーベントというジューンベリーの宮廷画家の作品です。あなたもご存知の方です。」

「やっぱり、どこかで見たことのあるような気がしたんです。もちろんこの絵は初めてですが、懐かしいような親しみを感じるような、そんな雰囲気を感じました。」

「やはりあなたたちはとても仲が良かったようですね。おそらくダリルさんはリリーやアーベントさんを追っているのでしょう。今日はそれについて話す良い機会かと思いまして。でも、まずはせっかくですからお食事を楽しんでらして。タイミングを見て、また改めてお声がけさせていただきます。」

 そう言って、アイリスは主催側としてほかのお客様たちのところへと軽やかに向かって行った。あたりを見渡すとこの国からも他の国からもお客様が一定来ているようで、色々な話が展開されているようだ。行商人としてアリドーシもいろいろなコネクションを作るべく様々な人々と話しているようだ。

 一人になり、ダリルは再び絵に目をやった。今目の前にある絵を描いているところは目の当たりにはしていないが、それでも足繫く通ったアトリエで見た絵の様子を感じることができた。アーベントがこの絵を描いている光景が目に浮かんだ。きっと傍でリリーもその様子を見ていたことだろう。手掛かりとなる絵と出会え、本来であれば希望を抱くべきところ、ダリルは得も言われぬ黒いものに周りを囲まれるような感情を抱いた。

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