第32話
「リ…ル…ダリ…ル…おい、ダリル…。」
アリドーシの問いかけでダリルはハっと我に返った。車はすっかり停車していた。
「おい、大丈夫か?帰り道ずっと固まって動かなくなって、ぼーっと何かを考えているようだったぞ。確かに、俺が余計なことを言ったせいかもしんないけどな。すまん。」
車から降りて、ダリルはアリドーシと並んで歩いた。今見ている異国の光景も、新しい人との出会いもすべては生きているからこそできることなんだ、とダリルは思った。生きているからこそ、生きてこそいれば…ダリルはそう心の中で呟くと同時にどこか後ろ髪を引かれる思いがした。
「ダリル、そんな暗い顔ばっかするもんじゃねぇぞ。美味いもんでも食いに行こうぜ!国が違えば食べ物も違う。まだまだ新しい発見は目白押しさ!」
アリドーシは浮かない顔をしているダリルに気遣ってか、あえて大げさに元気な声を掛けた。ダリルも何かを振り払うようにぶんぶんと首を振ってアリドーシに向き直り、「はい!」と明るく返事をした。
翌日、ダリルはアリドーシの行商の仕事について回った。様々な商店を巡り、それぞれの店でアリドーシは真剣な眼差しで商品を観察し、店主から説明を受けながらそれらをメモに記していた。自分が聞いたこともないような専門用語が飛び交っている。それは材料の産地であったり、使っている塗料であったり、どれくらいのコストがかかっているかであったりと多岐にわたる内容だ。アリドーシの引き出しは本当に多く、どんな内容でも吸収していくスポンジのようであった。
昼下がり、アリドーシのリサーチが済んで商店から出たところ、アイリスの臣下の一人がダリルたちを見つけて静かに歩み寄ってきた。
「アリドーシ様、ダリル様、こんにちは。」
「おっ、あんたは確か…アイリス様の…」
「私、ヴィザリール家にお仕えしております、エビネと申します。」
「こんにちは、エビネさん。」
「アリドーシ様、ダリル様。実はアイリス様より言付けを賜っており、それを伝えるため市中を探し歩いておりました。ようやく見つけられました。」
「ほぉ、いったいどんな用件で?」
「はい、実はアイリス様より明日催される晩餐会へお二人をお誘いするようにと言われておりまして。お二人とも、ご都合はいかがでしょうか?」
「ば、晩餐会って。俺たちゃそんな貴族でもお偉いさんでもなんでもないぜ。ただの一介の行商人と…」
そう言いながらアリドーシはダリルの方をちらっと見た。確かに、今のダリルの立ち位置は不明確で、アリドーシもなんと言えば良いか分からなかったのだろう。
「パン屋兼行商人見習いです。」
と、ダリルは空かさず付け加えた。
「いえ、晩餐会と言えどもそんな肩ひじを張ったイベントではございません。ヴィザリール宮殿は領民の方々へも一般開放したりと門戸は基本開いているところですから。」
エビネは二人に優しく微笑みかけた。
「ど、どうしましょう。俺、余所行きの服なんて何も…」
ダリルは言っても仕方のないことだがアリドーシに話しかけた。
「お気になさらず。今のお召し物もとてもお似合いです。ぜひ、普段通りのままいらしてください。」
エビネはわたわたと焦るダリルを落ち着けるように言った。
「エビネさんもこう言ってくれているし、せっかくのお誘いだ。無下にもできねぇだろ。参加させていただこうぜ。」
アリドーシはダリルをちらっと見て、ウインクするように片目を閉じてそう言った。
「それでは明日、またお迎えにあがります。」
エビネは穏やかに微笑みながらダリルとアリドーシに一礼し、宮殿の方へと帰っていった。
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