第28話
ここに来て、人の心の琴線に触れることが多くなったように思う。それだけ普段、人々は自然と気持ちを隠して生きているのだろう。いや、平和のうちにあってはそうした本意のようなものをわざわざ表に出すこともなく過ごしていけるからかもしれない。
国軍の到着が目前であることが正式な伝令として周知され、ダリル含め基地にいる者たちは安堵とともに士気を回復させた。国軍が到着すれば、徴兵された者たちは後ろの比較的安全な区域に下がることができるだろう。それに噂では、停戦のための話し合いに向けて使節団も派遣されたらしいとのことだった。ダリルも、ソニアも、ドラートも、その他大勢皆が早くジューンベリーに戻りたいと思っていた。
その数時間後だった。いや、数分か、数十分か。少なくとも伝令を受けた後だった。ダリルは一時的に記憶を喪失するほど狼狽した。
「A10部隊が…全滅しました。敵軍の後方支援を断つという目的のため、飛行機からの爆撃が後方部隊を中心にされたということです。特に集中砲火を浴びたのがA10部隊の区域であります。」
最初こそか細い感じで報告されていたが、途中から声色も戻りしっかりはっきりと響く声で報告がされた。
「(A10…全滅…ドラート…全滅って、全滅ってどういうこと?)」
「A8からA9までの部隊においては生存者は複数。A10部隊においては生存者なし。」
ダリルの内心の問いに呼応するように伝令が続けられた。
ダリルは初めて自分の身近な者の「死」というものを強く濃く認識した。ここに来て、多くの「死」が身近にあったはずなのに、どこか他人事のように済ませていたのかもしれない。いや、そうしないと自分を保てないと思ったのかもしれない。しかし、ドラートの死はそうやって落ち着けられるようなものではなかった。
あのおちゃらけた笑顔、いつも声を掛けてくれる優しさ、年下の弟妹たちのためにも早く帰りたいと言っていた家族思いなところ、そして何よりも死が「怖い」と言っていた声がダリルの耳をこだましていた。
飛行機が自分たちの頭上を飛んだ時、爆弾を投下してきた時、ドラートはどんな気持ちだったのだろう。想像するだけで、身の毛がよだつほどの恐怖と何もできなかった自分の無力さを感じた。
ダリルは伝令の後、倉庫の裏手に回った。得も言われぬ虚脱感を抱きながらも、とめどなく涙が溢れ出た。壁に手をどんどんと打ち付けてもドラートは帰ってこないのに、それでもドラートを死に追いやった戦争が恨めしくて、悔しくて、ダリルは行き場のない感情をただただ自身の手の痛みに変換するしかなかったのだった。
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