第26話

 自分たちの頭上をいつ爆弾を積んだ飛行機が飛んで行くのか、そんなことを考えながらも目の前の敵軍がいなくなるわけではない。ダリルたちはなおも前線での戦いを強いられていた。国軍が出動したという噂を聞きながら、皆その到着を待ちわびている様子だったが一向に到着の兆しがない。この基地に至るまでの橋が落とされた、道が破壊された、既に市街地で国軍が敵軍と衝突している。そんな根も葉もない噂が新たに立っていた。ダリルは前に進んでも後ろに引いても不安に苛まれ、まるで暗雲の中に放り出されたような気持だった。

「ダリルくん、花の種ってさ。」

「えっ?」

 ソニアがダリルに向かって唐突に何の脈絡もなく語り出した。

「いや、種ってさ、土に埋めるでしょ。それでお水をあげるでしょ。」

「う、うん。」

 ダリルはソニアが突然何の話をしてし出したのかよく分からなかった。それでも、真剣な顔つきで話すソニアの様子に気押されて黙ってソニアの方を見た。初日に半べそをかいていたソニアとは思えないきりっと鋭い眼光でソニアはダリルの方を見つめていた。

「種は土に埋められたとき、真っ暗な世界に行くんだよ。右も左も前も後ろも上も下も全部真っ暗。それでもどういう訳か必ず地上に芽を出そうと進んでくる。お水がしみ込んでくる方が土の表面だって思ってるのかもしれない、もしかしたら温度を感じ取ってて温かい方を表面だって思ってるのかもしれない。」

「うん。」

「ダリルくん、「ジニア」っていうお花があるのは知ってる?」

 確かどこかで聞いたことがある話だ。しかし、元来あんまり花について詳しくないダリルはどんな花なのかまでは知らなかった。

「「ジニア」は他のお花と比べると咲いてる期間が長いお花で、とっても綺麗なお花なんだ。僕の好きなお花の一つ。いろんな花言葉があるお花なんだけど、その中の一つに「幸福」っていうのがあるんだよ。」

「「幸福」…」

 今の自分には何の縁もなさそうな言葉だった。ダリルは幸福の意味さえ考えるのが馬鹿らしい状況に自分が置かれているように思っていた。

「ダリルくんはきっと今、種の状態に戻ってるんだよ。どこに光があるか分からない。身の回りが全部真っ暗。そう感じてるかもしれない。でも、きっと大丈夫。お水をかけてくれる人がいる。温かいのはこっちだよって教えてくれる人がいる。それらを信じて向かって行けば、また芽を出すことができる時がくる。そしたら、「幸福」の花を咲かせられる。」

 ソニアはなお真っ直ぐにダリルを見つめてそう言った。ソニアは追い込まれて困憊しているダリルを励まそうとしてくれていたのだろう。ダリルはそのことにすら今の今まで気づけていなかった。ソニアの言葉はまさに温かさを教えてくれるものだった。ダリルは目頭の奥が熱くなるのを感じた。

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