第21話

「ダメだダメだ!絶対にダメだ。」

 店先で珍しくミンカルが声を荒げていた。ミンカルの話し相手は軍服を着ていた。同じ服装をしている者自体はダリルもジューンベリー宮殿で何度か目にしたこともあったため、おそらくは領土の防衛等に従事している方々なのだろうと予想していた。

「日ごろからこういう日のために、おたくらは人員も確保してるんでしょう。なのに、どうして民間人から人員を集めにゃならんのですか。」

 ミンカルはなおも抗議している。相手も申し訳なさそうな表情をしてはいるが、話しぶりは毅然としていた。

「昨日未明、突然ジューンベリー北部の境界付近で他所の国から襲撃を受けました。我々の北方部隊からの情報によれば、その勢力は凄まじく、我々が常設している領軍の部隊数のみでは到底対応できないとのことです。なお、敵部隊についてはその数と武装具についてのみ発覚しているだけで、その出自等は現時点では不明です。」

「それは、つまり…戦争ってことか…。」

「そうです。これは侵略戦争です。間もなく領主様より通達があるかと思いますが、早急な対応が必要であるためこうして若者がいる世帯を先んじて訪問している次第です。既に国軍の出動も申請されていますが、手続きや物理的な距離の問題もあり、少し時間がかかる見込みです。しかし、それを待っているのではジューンベリーがもちません。」

「そ、そんな…」

 ミンカルの顔がどんどん青ざめていく。先ほどまで荒げていた声もすっかり語気を失い、ただただ放心状態のようだった。

「ジューンベリー領則では、こうした有事の際に、18歳から25歳の者を徴兵することについての定めがあります。できれば、我々もこうした危険に巻き込みたくはない。しかし、既にそれはもう起こってしまいました。遅かれ早かれ正式な通達が来ます。ミンカルさん。」

「そ、それは、ダリルを連れて行くってことか…?」

 聞き耳を立てていたダリルは自分の名がミンカルの口より飛び出し、どきっと鼓動が脈打った。

「はい、そうです。ダリルくんがその対象となります。」

「でも、ダリルは学校を出て以来ずっとうちで働いてる。そんな軍隊でいた経験なんてもちろん、戦ったりなんなりなんてできないぞ。」

「それは、今回徴兵される方々のほとんどがそうです。もちろん前線に立つことは「基本的には」ないでしょう。主には後方支援だと思ってください。」

「命は、身の安全は保障されるのか?」

「いいえ、されません。こればかりはお約束できかねます。」

「そんな…。」

 ミンカルは脱力し、虚空を眺めている。

「それでは、私は他の家庭にも「ご挨拶」に伺わねばなりませんので。失礼します。」

 軍服を着た者はきちっとミンカルに頭を下げ、おそらくは他の訪問先を記しているであろう帳簿を脇に抱えて退散した。


「ミンカルさん…?」

 ダリルは消え入りそうな声でミンカルに声を掛けた。ミンカルはまだ扉を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。しかし、ダリルの声を聞くと我に返ったようにぴくんと動き、振り返った。

「ダリル…。」

 ミンカルは珍しく狼狽えていた。あまり見たことがないミンカルの様子にダリルも驚いた。ダリルはミンカルの傍に寄って、ミンカルを支えるように寄り添いながら、椅子に座るように促した。

「いや、すまんすまん。突然びっくりすることを言われてな。」

 ミンカルは無理やり笑顔を作ってダリルに笑いながら言った。しかし、どう見ても無理やりだということが分かってしまうようなぎこちないものだった。

「いったい何があったんです…?」

 ダリルがミンカルに質問した。ミンカルは少し悩んだように間をおいてから、ふーっと息をついてダリルに先ほどの話を伝えたのだった。

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