第2章-旅立ちの朝に-

第8話

 パン屋の朝は早い、早朝夜明け前には仕込みが始まる。ましてやジューンベリーは復興作業の真っただ中だ。ミンカルブレッドのパンは作業員たちにも広く振舞われるのだ。そのため朝から大仕事だ。

 厨房はパンを焼くオーブンの温度で一年を通してとても暑い。いつも汗が滲んでいる。今日も復興作業が続く市街地に昼の配給がある。いつも昼の配給はダリルが行っている。場所は旧時計台前の広場だ。

 あの日以来、ダリルとミンカルはいつもと変わらない日々を過ごしている。あの会話の内容に触れることもなくある意味では自然、またある意味では不自然な時間が流れていた。ただ、違うことと言えば、秘密裏にダリルが旅の準備を進めていることくらいであった。

 配給用のパンを台車に載せ、ダリルはミンカルに配給に行く旨を伝えて店を出た。まだ戦争が終わってそんなに時は経っていない。それでも散在していた瓦礫は概ね片付けられ、家事で焼け焦げた匂いも薄くなってきた。破壊された道や家屋、建物の修繕工事の目途も経ってきているようで、少しずつ元のジューンベリーに戻りつつあるのが見て取れた。市街地は少しずつ活気も取り戻しつつあり、まだまだ小規模であるが市場も再開しているようだった。そう市街地は…。

 ダリルはあの日以来、あえて宮殿の方には目を向けずにジューンベリーを歩いている。宮殿はまだまだ修繕に着手できる状態ではないため、凄惨な状況がそのままになっている。領主たちの生死も不明であり、それについては領民たちも心のどこかで引っかかっているところであった。

 「領主様たちは今どこにおられるのだろうか?」

 「リリー様はご無事かしら…?」

 町のあちこちで開催される井戸端会議でもこういった会話が時折挙がっているのをダリルは歩きながら耳にしている。皆、何かしら領主様たちのことを気にかけているのだ。無事でいるなら戦争が終わったのだからジューンベリーに戻ってきてもいいはずなのに、そうしないのは無事でないからではないか、そんな不安がダリルの背後にぴったりとついて回っていた。ダリルはそんな不安や心配を振り払うように、気丈に振る舞い、元気にパンを配って回った。だけれどやはり、宮殿の方は見ることができなかった。

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