第5話
「俺もお前も、ジューンベリーから出る機会ってのはほとんどないからな。ジューンベリーはそれだけ穏やかで平和な町だったってことだ。それもひとえに領主様がしっかりと俺たちのことを考えてくれてたからだな。」
ミンカルはダリルの意識を逸らすため、あえて本筋とは異なる角度で話を始めた。しかし、ダリルはそうしたミンカルの策略もむなしく「西の国」のことに執心し、ただただミンカルのことを凝視していた。
「お前、行くつもりだろ?」
ミンカルは迂遠なやり取りを一気に省略し、ダリルに鋭く本質を問うた。
「…」
ダリルは黙っている。しかしミンカルにはダリルの答えは分かっていた。
「分かってるのか? この世界はものすごく広いんだぞ?ジューンベリーから出たことのないお前が、いざ西に向かったってそこでアーベントやリリー様に会えるとは思えんがな。」
ミンカルはダリルの身を案じていた。案じているが故に少し厳しめに諭すつもりであった。それは親心からくるものだった。
周知の通り、ジューンベリーは戦後間もない。そして、ダリルに限らずミンカルですら領外に出たことは片手に収まるほどしかない。はっきり言って未知の領域なのである。多くの危険が容易に予想できた。そんな前途多難が約束された道にダリルを向かわせるわけにはいかないとミンカルは思っていた。まして今回はアーベントたちに確実に会える保証もないのだ。ミンカルは自分自身に言い聞かせ、ダリルの説得を続けようとした。
「…」
「今日はやけにだんまりだな。」
ミンカルは黙りこくっているダリルに対し優しく声をかけた。説得を続けても、無駄なことは分かっていた。ダリルは幼少の頃より頑固なところがある。ミンカルがどう声を掛けようがダリル自身が納得しない限り難しいことだったのだ。
「…」
だんまりを続けるダリルの目にまた大粒の涙がたまった。
「ふぅ…。」
ミンカルは大きく息を吐くとダリルの頭に手をやり、ぽんぽんと撫でながら言った。
「ちっせぇガキんちょだったお前もすっかりでかくなりやがって。でも、まだまだガキんちょにかわりねぇな。戦争で、徴兵されても、五体満足で帰ってきてくれて、俺はうれしい限りだ。このうれしい気持ちを独り占めにゃぁできねぇな。」
「え!?」
ダリルはミンカルの突然の話に驚き、思わず声が出た。
ミンカルはなおダリルに向けて優しい眼差しを向けた。
ダリルが物心つくずっと前。オープンしたてのミンカルブレッドの前にダリルは忘れ物のように置かれていた。きっとすぐに迎えが来るだろう、ミンカルはそう思いながら一時的なつもりでダリルを店内で保護した。それから何分、何時間、何日経ってもダリルの親は現れなかった。やむなくミンカルはダリルの養父となった。しかし、独身で養育経験など全くないミンカルにとって親になることは大変だった。そこで近隣住民総出でダリルの面倒を見たのだった。
そんなダリルが今、大きな岐路に立っている。自らの思いを表明し、それに向かっていこうとしている。親としてミンカルはダリルを留めておきたかった。いつまでも自分の目の届く範囲でダリルを見守っていたかった。しかし、こういう場合背中を押すのも親の役目と自分に言い聞かせ、ダリルに話を続けたのだった。
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