悪人はどちらか

三鹿ショート

悪人はどちらか

 他者が汗水を流して得た金銭などを奪うことは、その苦労を嘲笑う行為である。

 だが、私は金品を奪う際、感謝の言葉を心中で吐くことを忘れたことは、一度も無かった。

 感謝すれば良いという話でも無いだろうが、自身の利益のみを考えて行動する盗人よりは、人間的に素晴らしいといえるだろう。

 他者の所有物を奪うという行為は、少しも褒められたものではないが。


***


 その日もまた、私はとある住居に侵入した。

 家主が職場の食事会に出席するという情報を得ていたため、常よりも余裕を持って屋内を調べることができるだろう。

 しかし、私が発見したのは、首輪を装着させられた下着姿の少女だった。

 その首輪と繋がっている鎖は、近くの柱に厳重に巻き付けられているため、逃げ出すことは叶わないに違いない。

 それに加えて、彼女の顔面や身体に、傷や痣が多く存在していることに驚くこともなかった。

 下着姿のまま首輪で繋がれていれば、どのような惨いことをされていたしても、不思議ではないからだ。

 侵入者である私を目にしても叫び声の一つもあげないのは、何が起ころうとも構わないという諦念が強いことが影響しているのかもしれない。

 虚ろな目で私をしばらく見つめた後、彼女は近くの箪笥を指差した。

 案内されたかのように箪笥の中を調べると、多くの金品を発見することができた。

 それらを鞄に詰め込んでから、私は彼女の眼前で腰を屈めると、

「教えてくれて、感謝する」

 そう告げると、私は家を後にしようとした。

 だが、数歩進んだところで、彼女に振り返った。

 彼女は無表情のまま、私を見つめるだけだった。

 人間として、彼女を救うべきなのだろう。

 しかし、彼女を解放したところで、私はどうすれば良いのか。

 然るべき機関に通報しようにも、何故そのような事態に遭遇したのか、説明を求められてしまった場合、困るに決まっている。

 だが、このまま自宅に戻り、彼女のことを忘れて生活を続けることも、出来そうになかった。

 立ち止まって悩んでいると、不意に彼女の腹が鳴った。

 せめて何か食事を与えようと思い、周囲を見回す。

 そこで、食料品の全てが、彼女の手の届かない場所に保管されていることに気が付いた。

 何処までも卑劣な家主だと思いながら、彼女に食事を与えた。

 しかし、彼女は首を横に振った。

「勝手に食事をしたと知られれば、どうなることか、分かりませんから」

 彼女がそう告げると同時に、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

 どうやら長居をしてしまったらしい。

 私は慌てて押し入れの中に逃げ込んだ。

 押し入れの扉をわずかに開き、外の様子を窺うことにする。

 帰宅した家主は、酒に酔っているためか、気分が良さそうだった。

 だが、先ほど私が彼女に渡した食事が床に存在していることに気が付くと、途端に態度を変えた。

 怒鳴り声をあげながら彼女の頬を平手で打ち、腹部を何度も踏みつけた。

 彼女は苦しげな声をあげるが、それに構うことなく、家主は暴力行為を続ける。

 彼女が胃液を吐き出しても、その手が緩むことはない。

 あまりの痛みに気絶したのか、彼女が動かなくなると、家主はおもむろに衣服を脱ぎ始めた。

 そして、意識を失っている彼女を相手に、思いのままに欲望をぶつけていく。

 それは、信じがたい光景だった。

 常に穏やかな表情を崩すことがない家主は、会社の人間からの人望を集め、近所の評判も良く、美しい恋人もまた存在している。

 しかし、非の打ち所が無いと思われている彼が、だらしない表情を浮かべ、涎を垂らしながら少女の肉体を蹂躙しているとは、誰彼も想像もしないだろう。

 その姿に、私は嫌悪感を抱いた。

 同時に、悪人は私と彼のどちらなのかと、考える。

 毎日のように働いてようやく得られた金銭を簡単に奪う人間と、一人の少女の人権を踏みにじり欲望の限りを尽くす人間の、どちらが生きるに値するのか。

 だが、考えても詮無いことだった。

 罪の軽重はともかく、私も彼も悪事を犯しているということに、変わりはないからだ。

 私は家主が行為を終え、鼾が聞こえてくるまで押し入れの中で息を殺し続けた。

 ようやく狭い押し入れから抜け出した私の目が捉えたのは、やはり虚ろな目で虚空を眺めている彼女だった。

 家主の体液で身体は汚されているが、それを拭き取ろうともしない。

 私は彼女を見下ろしながら、この哀れな少女に手を差し伸べるべきか、思考する。

 しかし、即座に、そのような愚かな考えを捨てた。

 今さら善人のように振る舞ったところで、これまでに犯してきた罪の数々を思えば、焼け石に水である。

 私は彼女に向かって謝罪の言葉を吐くと、家を後にした。


***


 ある夜、寝苦しさを覚えたために目を開けると、何者かが私の身体に跨がっていた。

 盗人が侵入を許すなど笑い話にもならないが、抵抗する気は無い。

 これまで多くの人間の金品を奪ってきたため、どれほど惨いことをされようとも、当然の報いだからだ。

 覚悟を決めた私の首に、何かが装着させられた。

 訝しむ私に顔を近づけてきた侵入者を見て、私は喫驚した。

 それは、囚われていたはずの彼女だったからだ。

 あれから数年が経過していたが、ようやく逃げ出すことができたということなのだろうか。

 だが、何故私のところへやってきたというのだろうか。

 そこで、私は己の首に装着させられたものが首輪だということに気が付いた。

 首輪に触れる私に向かって、彼女は笑みを浮かべると、

「あなたはあのとき、私を助けてはくれなかった。だからこそ、あなたには、私が経験したことを味わわせるべきだと考えたのです」

 彼女は近くの鞄から、棒状のものを取り出した。

 それで何をするつもりなのか、想像するに難くない。

 私がどのような酷い目に遭おうとも、それらは全て因果応報ではあるが、彼女の身にふりかかった行為を味わうことになるとは、想像していなかった。

 このようなことになるのならば、然るべき機関に捕まっていた方が、遥かに良かったに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪人はどちらか 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ