第8話 急襲(SIDE:空)

 王都テスタリア騎士団の幹部会議をすっぽかした大聖女(実は魔女)のシエルは、フードを被って顔を隠し、城下町をブラブラと散策していた。


「へえ、さすがは王都ねぇ。しばらく見ないうちに、新しいお店もいっぱいできてるし……おやっ!?」


 商店街を歩いていたシエルの『美味しいものデリシャスセンサー』は、懐かしい甘い香りに敏感に反応した。


「こっ、この香りは……まさか、パンダ焼き!?」


 この世界に転生する前、埼玉に住んでいた頃、アメ横でパンダ焼きを買ってむしゃむしゃ食べながら、動物園でパンダを観察するというのが、推しのライブがない時の彼女の休日のルーティンだったのだ。


 王都のパンダ焼きの店はオープンしたばかりらしく、店の前には長蛇の列ができていた。


「ふふふ、久々のパンダ焼きのためなら、この程度の行列、全然余裕ですよ!」


 並ぶこと、1時間弱。やっとのことで、ソレを購入することができた。


 (パンダ焼きじゃなくてグリズリー焼きだったか……。まあ、名前は違っても中身は一緒でしょ。匂いも一緒だし。さっそく広場に行ってゆっくり食べようっと)


 彼女がグリズリー焼きが詰まった紙袋を受け取って、ホクホク顔で店をあとにした時だった。


「おーい! シエル!!」

「は!?」


 いきなりバカでかい声で呼ばれて、シエルは焦って周囲を見回した。


 そして、その声の主を発見した彼女は、予備動作ゼロノーモーションの全力ダッシュでその犯人の前に駆け寄った。


「そんな大声で呼ばないでくださいよ! 見つかったらどうするんですか!?」

「えっ、見つかるって……誰に?」


 その犯人――スズは、ポカーンとしてシエルの顔を見返した。


 (のんきにアホ面してんじゃねぇよ! 会議をサボってパンダ焼き買ってるなんて、騎士団の誰かに知られたら、私の立場がヤバくなるじゃないのよ!)


「こっちです」


 シエルは、スズに目で合図して広場に向かう。


 (とりあえず、一旦ここは離れて、人が少ない所に移動しないとね)


 広場について木陰のベンチに座ると、彼女はさっそく、グリズリー焼きの袋を開けた。


 (そう、これこれっ! この、袋を開けた時に立ちのぼる、紙袋とパンダ焼きの匂いが混ざり合った匂いが大好きなんだよねぇ、でゅふふ)


 その隣に、スズも座る。


 (ちっ、なんだよコイツは。気が散るなぁ。パンダ焼きは焼き立てホヤホヤを食べるから美味しいんだから、邪魔しないでほしいんだけど)


「……で? あなたはこんな所で、何をしているのですか? 山に住んでいると言っていましたよね?」


 ガサゴソ。


「ああ、家は火事になって、なくなっちゃったんだけど。それは別にいいとして、あんたに聞きたいことがあって来たんだよ」

「聞きたいこと……ちなみに、どんなことですか?」


 (どうせ大したことじゃないでしょ)


 シエルは紙袋からグリズリー焼きを取り出し、口に含んだ。


 (はあぁ~、幸せぇぇぇ~……って、うん? なんだ、この味は? なにゅっ!? ち、チーズが入っている、だと!? おいおい、パンダ焼きといえばプレーンが絶対正義なんだよバカタレがっ! なにド素人が余計なアレンジ加えてんだよ!?)


「ナニそのお菓子~美味しそう! 私にも分けて~」

「はあ!?」


 (おいしくねーよ、ドアホ! 最悪だ……こんなもののために、私の貴重な人生の1時間を無駄にしてしまうなんて……って、おっと、ヤバイ。思わずガチギレしそうになっちゃった。私は大聖女なんだった。笑顔、笑顔)


「スズさん。これはパ――グリズリー焼きですよ。今、王都で一番ナウでヤングな食べ物ってやつです。食べたいのでしたら、自分で買ったらよろしいのではないですか? 最低でも行列に1時間は並ばないと、買えないですけどね」


 (お前も1時間並んでから買って食べて後悔しろ! 私と同じ絶望を味わえ!)


「ええ!? そんなに並ぶんだ……じゃあシエルは、行列に1時間も並んでそれを買ったってこと?」

「ぶふぅっ!!」


 (こ、コイツッ! 野蛮人のくせに鋭いッ……そこまで瞬時に気づくとは。会議をサボってたことをゼクスにチクられたりしたら厄介だ。とりあえず、さっさと『聞きたいこと』とやらを解決して、帰らせよう)


「そ、そんなことより! あなたが聞きたいことというのは、一体なんなんですか?」

「聞きたいのは、魔剣についてだよ」


 スズはアサシンから襲撃を受けた時のことを話した。


「なるほどですね。スズさん、もしかしてですけど、その魔剣を持ってから、魔法が使えなくなったりしていませんか?」


 そう尋ねながら、シエルはグリズリー焼きをむしゃむしゃ食べた。


 (おやっ、なんか食べてるうちに、コレはコレでありな気もしてきたぞ……)


「え!? なってるよ! 前までは魔法は普通に使えてたけど、たしかにこの魔剣を持ってから、魔法が使えなくなった気がする……」


 (マジか……まさか伝説どおり、本当に魔法が使えなくなっちゃうなんて。そんなもん奪ったら、私アウトじゃん。魔女なのに魔法が使えなかったら、ただの美少女になっちゃうし。そんな魔剣イラネ。どっちにしても、私が最強なんだしぃ)


「そうですか。ということは、やはりそれは本物の魔剣かもしれませんね。伝説では、魔剣はそれを持ったものの魔力を奪い、その代償として、チート――えっと、つまり最強レベルの能力を授ける、と言われています」

「うん、たしかにこの剣はヤバイと思う……」


 (別に話を聞いた感じ、そこまででもなさそうだけど。魔剣の本当の能力もまだ解放されてないみたいだし。やっぱりザコの感性と私の感性は違うってことね)


「その色からすると七魔剣の黒――つまり、『境界の魔剣』ですね」

「境界? どういう意味?」

「さかいめ、という意味ですね」

「いや、あのねぇ……そうじゃなくて、何かすごい技とかがあるんじゃないの?」

「さあ……そこまではわかりません……」


 シエルは目を伏せ、顔をフルフルと横に振った。


 (プププ、知ってるけど教えるわけないでしょ~。コイツに教えたら絶対、面倒っちいことになるしぃ)


 その時だった。


 突然、それまで晴れ渡っていた空が暗転し、夜のような真っ暗闇にあたりが包まれると、上空に巨大な隕石が飛来し、一直線にこちらに向かって来た。


「「ゲッ、なんだアレ!?」」


 (まさか、魔王軍の攻撃!? てか、あの軌道は……王城に直撃する!?)


 隕石はものすごい速度で落下して、たしかにその軌道上には王都の中心、王城があった。


 (クソどもがっ! ゼクスを殺させるわけにはいかないのよっ!)


 シエルは隕石に向けて両手のひらをかざすと、無詠唱で魔法を発動した。


 (神の加護を受けた世界最強の魔女の力、見せてやるわ!!)


 ――『虹魔法・伍式・天魔竜衝撃』


 その瞬間、城の上空から虹色に輝く7匹のドラゴンが現れたと思うと、一斉に隕石に向かって突撃した。


 空中で大爆発が起こって隕石が砕け、激しい熱風が地上にまで吹き荒れた。

 間一髪、シエルの魔法により、国王の城は守られたのだ。


 だが、粉々になった隕石の破片が雨のように降り注いだことで、西側の城門が轟音と土煙を上げながら崩壊した。


 (し、しまった、私としたことがっ!)


「うひょおおお! シエル~!!」


 敵の攻撃を完全には防ぎ切れなかったことにショックを受けているシエルに、スズが叫んだ。目を上げると、スズは笑顔で親指を上げていた。


「ナイスぅ!!」

「……は?」


 シエルは、呆気にとられてその笑顔を見返し、青ざめた。


 (コイツ……なんでこの状況で、楽しそうに笑ってるの!?)

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