第7話 『王都』
王都テスタリア。
四方を巨大な城壁で覆われたその街には、人間族の9割以上が生活している。
ここが魔王軍にとっての最後の攻略対象。つまり、人間族にとっては最終防衛ライン。ここが陥落した瞬間、魔王軍の世界統一が確定することになる。
「えっと、シエルは大聖女ってことは、やっぱり教会にいるのかな?」
商人の荷車の中に隠れて無事に城門を突破した私は(こんなに簡単に突破出来ていいのかなぁ)早速、シエルに会うために教会に向かった。
エルフとか獣人に次いで信仰心の高い人間族は、教会も立派なものを作りたがる性質がある。案の定、街の中心に近いあたりに、どでかい教会が建っていた。
「ごめんくださーい」
「こんにちは。聖テスタリア教会へようこそ」
中に入ると、受付係のシスターが営業スマイルで挨拶した。
「大聖女のシエルちゃんいますか~? あ、私、シエルちゃんの友達なんですけど」
「シエル様の? えっと、彼女はここに来ることはないですよ?」
シスターの顔から営業スマイルが消え、不審者を見るみたいな目になる。
「え、大聖女なのに、教会に来ないんですか?」
「はい、彼女は日頃から、大聖女様にしかできない『特別な役目』を果たされていますので……」
「へえ、その特別な役目っていうのは、どういうこと?」
当然のように質問すると、シスターはいよいよ怪訝そうな表情になって、ジロジロと私の全身を観察してきた。え?
「あの、あなたは一体……? なんだか、あなたからは血の匂いがしますね?」
「……急用を思い出したので私はこれで。さよなら~」
「ちょっ!? 待ちなさい!」
私はさっさと外に出て扉を閉じ、雑踏の中に飛び込んだ。
なんだよ、私ってそんなに血生臭いのかなぁ? くんくん。
と――その時、どこからともなく、今までにかいだことがない甘い香りが漂ってきた。
「何の匂いだろう?」
そういえば、お腹空いたなぁ。昨日から何も食べてないし。
人間族が作る料理は美味しいし、せっかくここまで来たんだから、何か食べようかなぁ。
甘い香りに誘われるようにフラフラと歩いて行くと、飲食店が並ぶ商店街の中で、一軒だけ異様なほど行列になっている店が目にはいった。
どうやら、この甘い香りは、あの店から漂ってくるみたいだ。
「へえ、前に来た時はこんなお店なかったよなぁ」
焼き菓子のようだが、見たことのない食べ物だ。
「でも行列に並ぶのも面倒だし……」
と思っていると、店先から一人の少女がニヤニヤしながら歩いてくるのが見えた。白いフードを被っていて顔は見えないけど、匂いと気配ですぐにわかった。
「シエルじゃん。こんなとこで見つかるなんてラッキー♪ おーい、シエル!!」
「は!?」
シエルはびっくりしたように顔を上げ、キョロキョロとあたりを見回してから、ものすごい勢いでこっちにダッシュしてきた。
「えっ、速っ!」
とても大聖女とは思えない、まるでアサシンのような身のこなしに、さすがの私もちょっとびっくりしてしまった。
「そんな大声で呼ばないでくださいよ! 見つかったらどうするんですか!?」
「えっ、見つかるって……誰に?」
私が当然の疑問を口にすると、シエルは呆れたようにハァ、とため息をついて「こっちです」と言って歩き出した。よくわからないけど、とりあえず私はあとに続いた。
商店街から一本裏に入って少し進むと、大きめの広場に出た。
シエルが広場の端っこの木陰になったベンチに座ったので、私もその隣に座った。
「で? あなたはこんな所で、何をしているのですか? 山に住んでいると言っていましたよね?」
フードの下からジト目でこっちを睨みながら、彼女は手に持っていた茶色い紙袋にガサガサと手を突っ込んだ。なんでそんなに不機嫌そうなんだよ!
「ああ、家は火事になって、なくなっちゃったんだけど。それは別にいいとして、あんたに聞きたいことがあって来たんだよ」
「聞きたいこと……ちなみに、どんなことですか?」
一応、返事はしているが、シエルの意識はその紙袋のほうにあるようだった。
手を突っ込んでガサガサやっていたと思うと、何かクマみたいな形の茶色い物体をつかみ取り、がぶりと頭からかぶりついた。どうやら、あの甘い香りの正体はこのクマの形のお菓子みたいだ。
「何そのお菓子~美味しそう! 私にも分けて~」
「はあ!?」
シエルはいきなりフードの下から悪霊みたいな顔で私を睨んだ――ような気がしたが、その表情はすぐに天使のような笑顔に切り替わった。なんだ、気のせいか。
「スズさん。これはパ――グリズリー焼きですよ。今、王都で一番ナウでヤングな食べ物ってやつです。食べたいのでしたら、自分で買ったらよろしいのではないですか? 最低でも、行列に1時間は並ばないと、買えないですけどね」
「ええ!? そんなに並ぶんだ……じゃあシエルは、行列に1時間も並んでそれを買ったってこと?」
「ぶふぅっ!!」
シエルは口からグリズリー焼きを吹き出しそうになって、口を抑えて俯いた。おいおい。
「だ、大丈夫……?」
「そ、そんなことより! あなたが聞きたいことというのは、一体なんなんですか? まさか私からパン――グリズリー焼きを巻き上げるために、王都まで出てきたわけではないでしょう!?」
「そりゃそうでしょ……。聞きたいのは、魔剣についてだよ」
そう言って、私は腰に下げていた魔剣を指差した。当たり前だけど、ちゃんと血は拭き取って、元通り包帯でグルグル巻きにしてあるよ。
「なるほど。やはりそれは、魔剣だったのですね」
「いや正直、私にもよくわからなくて。でも、この剣、どうもおかしくてさぁ」
私は、アサシンから襲撃された時のことをシエルに話した。
「なるほどですね……実は、私もあれから魔剣について調べたのですが……」
彼女はむしゃむしゃとグリズリー焼きを食べながら(いいなぁ……)、真剣な表情で私を見た。
「スズさん、もしかしてですけど……その魔剣を持ってから、魔法が使えなくなったりしていませんか?」
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