第6話 『魔剣』
勇者&大聖女のカップルと別れた私が家に着くころには夕方になっていた。
まあ家といっても、森の中にあるボロっちい山小屋なんだけど。
「ふぅ~疲れたぁ」
ベッド代わりの藁の山の上に横になり、目を閉じると、すぐに睡魔がやってきた。
それからしばらく、気持ちよくウトウトしていた私は、山小屋を取り囲む殺気に気づいて目を開いた。
――ふむ、5人か。少ないな。
常人であれば気づかない微かな気配や足音も、私からすればバレバレだ。
この感じからすると、魔王軍の下っ端のアサシン(暗殺者)部隊か。おおかた、私がここに帰ってくるのを見越して、ずっと張り込んでいたのだろう。ご苦労なことだ。
私はいちいち起き上がるのも面倒なので、仰向けに寝たまま手のひらを上にあげ、風魔法のウインドカッターを放ってそいつらを一掃した。
……つもりだったけど。あれ?
奇妙なことに、私の手のひらからはウインドカッターはおろか、魔力の『ま』の字すらも感じられない。
手のひらだけではない。体から完全に魔力が消滅しているようだ。まったくのゼロ。
なぜに?
考えてみても、まったく理由はわからなかった。
この世界では、エルフや獣人をはじめ、人間やドワーフなど、日常会話ができるレベルの知性さえあれば、すべての種族が魔力を持ち、多少の訓練は必要だが、誰でも魔法を使うことができる。
まあ、鬼族に関しては、もともと魔力は低く、どちらかというと筋力特化のケースが多いけど。(おかげで、脳筋とか言われてバカにされる)しかし、だからといってさすがに魔力ゼロになるなんてことはありえない。
魔王軍を追放される前は、普通に魔法は使えていた……そう考えると、アレから今日までの記憶を失っているあいだに、私の体に何かしらの変化が起きたということだろうか?
うーん、わからん。
私が首をひねっていると、不意に小屋の中の空気がぐにゃりと歪み、次の瞬間、四方の壁を貫いて爆炎が部屋じゅうに吹き荒れた。
「ぬおっ、私の家が!?」
アサシンのくせに、なんてド派手な魔法を使うんだよ!
とっさに水属性の魔法で消火しようとするが、相変わらず魔力ゼロのため、魔法を発動することができない。
あーっ、もう、最悪ぅ!
丸太を組んで作っただけの簡素な山小屋は、早くも全体に火がまわってメラメラと燃え上がっている。
チリン、と、ベルトに括り付けた鈴が鳴った。
と同時に、私は腰に差しているあの真っ黒な剣が、グルグル巻きにした包帯ごしにもわかるくらい、全体から青白い光を放ち始めた。
えっ、もしかして、この剣……本当に魔剣?
少なくとも、ただの黒いだけの剣ではなさそうだ。そう思うと、さっきまで魔法が使えなくなってダダ下がりだった私のテンションが、一気にV字回復した。
その時、小屋の入口のドアを蹴破って、二人の黒ずくめの魔族が飛び込んできた。やはり思った通り、それは魔王軍のアサシン部隊だった。
しかし文字通り、飛んで火にいる夏の虫というものだ。
「面白い。コイツが魔剣なのかどうか、確かめてみるとしようか」
私は剣を掴み、薄汚れた包帯を破り捨てた。
あらわになった黒い剣は、今は全体が青白く発光して、魔剣というよりも聖剣みたいだった。まあ、どっちでも私的にはは一緒だけど。
二人のアサシンが、私の左右から同時に飛び掛かってきた。
やれやれ、『魔法が使えない』なんていうのは、私にとって、実際は痛くもかゆくもない。もともと魔法なんて、そんなに得意じゃないし。私が一番得意なのは――。
青白く光る剣を両手で握り、全身をバネにして、一気に横殴りに剣を振るう。
「もともと、こっちが専門だからなぁーッ!」(はい、脳筋って言うの禁止ね~)
青白い軌跡が横一線に走り、二人のアサシンの胴体を同時に一刀両断した――瞬間、剣の青白い光が、巨大な二本の腕の形に変化して、それぞれがアサシンの心臓をえぐり出し、握りつぶした。
「!?」
完全に予想外だった私は、その腕がこっちにまで襲い掛かってくるような気がして、剣を手放そうとした。だが、手を離すよりも早く、青白い手は消滅し、光はまた剣の形に戻った。
「ええっ……なに、これ……?」
背中に冷たい汗が伝う。私は青白く光る剣を、まじまじと観察した。その刃には、見たこともない文字らしき紋様が無数に描かれていた。
「この剣、めちゃくちゃヤバイ!!」
興奮しすぎて、語彙力が死んでしまった。
私は残りの敵を求めて、燃え盛る小屋からダッシュで外に飛び出した。
この剣を、もっと試したい――そう思ったのだ。
私が入口から出るのを待っていたかのように、二人のアサシンが左右から同時に飛び掛かってきた。
だけどね。
低レベルの魔族が私に接近戦を挑むなんて、カエルが蛇に飛び掛かるようなもの。つまり、自殺行為!
そいつらの剣の突きが私に届くまでの一瞬に、私は四回攻撃を放ち、二人の腕と首を斬り落とした。と同時に再び青白い腕が現れて、二人の心臓をえぐり出した。
もう一人は――と、気配のするほうに顔を向けた私に、一筋の稲妻が飛んで来た。
あっ、しまった! 魔力ゼロってことは、敵の魔力も感知できないってことか!
完全に不意をつかれた形になった私は、稲妻を受ける覚悟をした。まあ、ちょっとビリビリするけど、死にはしないはず。
だが、結論から言うと、その稲妻が私の体に届くことはなかった。
なんと、剣の青白い光が稲妻の上を逆走し、それを放った術者のもとに一瞬で飛んでいくと、あっという間にそいつの心臓をえぐり潰したのだった。
それによって稲妻は狙いがずれ、明後日の方向に飛んで行って消えた。
いやいや! マジで危険すぎるでしょ、この剣。心臓大好きオバケだし。というか――。
「これ絶対、本物の魔剣だよね!?」
これほど魔剣っぽい剣は未だかつて見たことがない。なんで私がそんなものを持っているのかという疑問は残るが、伝説の魔剣について、もっとしっかり大聖女に聞いてみたほうがいいかもしれない。
私はすっかり焼け落ちた我が家に背を向けた。家がこんなになってしまっては、スローライフどころでもない。最悪、家はなんとかなったとしても、魔王軍に狙われていたら、おちおち寝ることもできない。
「あいつら、ふざけやがって。そんなに早く殺してほしいなら、望み通り殺してやるさ」
私はまだ煙を上げている我が家に背を向けて、麓にある人間族の王都テスタリアに向かった。
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