第5話 出陣(SIDE:魔王軍)

 スズが逃亡した直後の魔王城。


 魔王の間では、重苦しい沈黙が続いていた。

 やがて、扉を開けて、ゲイルフォンとホブゴブリン隊長が入ってきた。


「魔王様、スズは、魔女の森に入りました」


 ゲイルフォンが報告すると、玉座に座っていた魔王は、眉をひそめた。


「そうか。それで、奴の首はどうした?」

「っ!?」


 ゲイルフォンとホブゴブリンは、玉座の前にひざまずき、青ざめて俯いた。


「も、申し訳ございません……魔女の森に入った以上、生きては出られないかと……」

「ゲイルフォン」


 魔王は、冷たい眼で自分の右腕とも言える将軍を見つめた。


「首はどうした、と聞いたのだが?」

「はっ……く、首は……とっておりません」

「なぜ?」

「ハッ……や、奴は、既に瀕死の状態でした……それに、さ、さきほども申し上げた通り……魔女の森に入った以上、もう、奴は死んだも同然……ですので……」


 ゲイルフォンの額から、ダラダラと冷たい汗が滴る。

 隣のホブゴブリン隊長は、俯いたままガタガタと震えていた。


「ゲイルフォン、つまりはこういうことかね。スズが魔女の森に入るのを見て、奴が死ぬところは確認せず、ただ帰って来たと?」

「……も、申し訳ございません……」


 魔王は、フーッと大きく息を吐いた。


「貴様にはガッカリだ、ゲイルフォン。貴様はもっと、念入りな男だと思っていたが……」

「申し訳ございません……」

「まあ、貴様が言う通り、魔女の森で奴が死んでいるのなら、何も問題はないさ。だがもし、奴がまだ生きているようなことがあれば……ゲイルフォン、わかっているな?」

「……」


 ゲイルフォンの顔は完全に血の気をなくし、汗まみれになっていた。


「もうよい。ともかく、あとはテスタリアを落とせば、世界は私のものとなる。世界を統一し、私が神となるのだ。ゲイルフォン、テスタリア攻略は、貴様に任せよう。魔王軍の将軍として、圧倒的な力を見せつけてくるのだ。今から準備すれば、今夜にでも出陣できるな?」

「ハッ……!」










「いよいよ、ですわね」


 魔王城の暗い回廊の窓から、ゲイルフォンが配下の兵士たちが出立の準備をする様子を見下ろしていると、その背後から声がした。


 ゲイルフォンが振り返ると、そこには魔王の妃、パンドラが立ち、妖艶な笑みを浮かべていた。


「女王陛下……」

「二人きりの時は、名前で呼んでと言っているでしょう?」

「そうでした……パンドラ様」


 パンドラは、ゲイルフォンの隣に立ち、彼のあごを掴んで引き寄せると、唇を重ねた。


「しばらくはあえなくなってしまいますわね。寂しいけれど、世界統一は我ら魔族の悲願……あなたなら、必ずや成し遂げてくれると信じておりますわ」

「パンドラ様……お任せください。このゲイルフォン、命にかえても、必ず人間族を滅ぼして参ります」


 その言葉を聞いて、パンドラは灰色の眼を光らせ、ニタニタと笑う。


「そうね、それを成し遂げた時、いよいよ」

「パンドラ様、今は、それ以上は」


 何かを言いかけたパンドラを制し、ゲイルフォンは周囲を見回す。


出立しゅったつの前に、あなたがほしい……待っているあいだ、あなたを忘れてしまわないように……」


 パンドラがゲイルフォンの耳元で囁くと、ゲイルフォンは目を伏せ、二人は無言でゲイルフォンの私室に消えて行った。


 そしてその様子を、柱の陰に隠れ、じっと見つめる者があった。


 パンドラと同じ青い髪の下と灰色の眼を持つ彼女は――ゲイルフォンの婚約者のイブは、その瞳に憎悪の炎を燃やしながら、ただじっといつまでも、二人が入っていった部屋の扉を睨み続けていた。

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