竜、蒼、黒
特設ステージは、熊型魔獣が暴れたせいで酷いことになっていた。
音響設備や照明機器等は無惨に破壊され、そこかしこに破片が飛び散っている。
客席は至る所に亀裂が走っていて、最早本来の役割を果たせない状態だ。これじゃあ、今日のライブは中止にするしかないだろう。
元ステージ中央では、体長10メートル程の熊型魔獣が相変わらず破壊を振りまいており、瓦礫の数を順調に増やしていやがる。
休憩時間だったのが幸いしたのか、避難誘導が上手くいったのか分からないが、大きな人的被害は特に出ていないっぽい。
が。
————………っ?!
見えてしまった。
ステージ裏にあたるテントの中で、たった一人取り残されて固まっている、ルナさんの姿が。
なぜ、一人で………と思ったが、何となく予想は出来た。おそらく、スタッフが何らかの理由で昼食を用意できず、スーパーアイドルを買い出しに行かせるわけにもいかないので自ら席を外したのだろう。
で、一人残されたところに魔獣出現。スタッフが戻ることも出来ず、この状態になった、というところか。
ま、それは今はどうでもいい。
今言えるのは、ルナさんが現在進行系で危険だということ。
このままでは、魔獣がいつルナさんに気付いて襲うか分からない。
「…クソっ、早く来いよ、ヒーローかヒロインさんよっ!!」
愚痴ったところで、状況は変わらない。
今、ルナさんを助けに行けるのは………俺しかいないっ!
———————————————————————
魔獣に気付かれないように、瓦礫の陰を使ってテントへ近付く。
………よしよし、成功だ。
魔獣は未だに瓦礫生成に夢中のようだ。良かった良かった。
ただ、時折小さな破片とかも飛んでくるので、油断はしない。
「…ルナさん、大丈夫ですか?」
背後から突然声をかけられたせいか、ルナさんは一瞬ビクッとなる。
「——へっ…?あ、あれ、アンタ…どうしてここに?」
「…しっ、詳しい話は後です。今は出来るだけ早くここから離れましょう。立てますか?」
「…無理。腰が抜けちゃって、動けないの。情けないところを見せちゃったわね。アイドル失格だわ…」
そう言うルナさんは、顔色が悪い。
…無理もないか。いきなり恐怖の対象でもある魔獣が目の前に現れて暴れ出したんだし。
「…仕方ないか——ちょっと失礼しますよ」
俺はルナさんの背中と膝裏に腕を回し、引き寄せながら抱き上げる。
そう、俗に言うお姫様抱っこだ。
「えっ、な…ひゃあっ?!」
ルナさんの驚いた声に反応したのか、魔獣と目が合ってしまう。
…あ、マズいかも。
すると———
『グォォォォォォォォォッ!!』
新しい玩具でも見つけたように、嬉々としてこっちに向かってくるじゃねーか!チクショウ!!
こうなったら…覚悟決めてやる!!
「早乙女ルナ!これから体験することは、決して口外するなよ!!〈
———————————————————————
昇の掛け声と共に、上空数百メートルへと跳躍する。
そこで、ルナはこれまで見たことのない光景を目にした。
昇の姿が、変化していく。
体全体に、竜の鱗のような
新緑を思わせる色合いで、兜は竜の頭をあしらったものだ。
その変化は、まさに変身ヒーローそのもの。
「あ、あんた…ヒーローだったの?!」
「いや、俺は〈連合〉には属してない。怪物退治のプロ、程度の認識で構わないさ」
数百メートルの高さから、重力で一気に地上へ着地。しかし、予想される衝撃は全くない。
それが何度か繰り返され、ルナは安全地帯と呼べそうな高台へ下ろされた。
「ちょっと、あの怪物を退治してくる。——ここで待っててくれ」
そう言って、昇は——いや、竜騎士は魔獣の元へ戻っていく。
その後姿を見送ると、ルナは改めて自分が昇に助けられたことを実感する。
…そう、自分の正体がバレることも厭わずに。
「な…何なのよ……あいつは………。ちょっと、カッコいい、じゃない……」
ルナは高鳴る胸の鼓動と共に、顔全体の体温が上昇していることを自覚したのだった。
———————————————————————
魔獣の元へ戻ると、そこには氷弾で牽制しながら相手している先客がいた。
「…ようやくお出ましか。できればもう少し早く来て欲しかったんだがな」
青空のように澄み渡る蒼の髪。
天使の羽をあしらったカチューシャ。
学校制服を少し変えたようなコスチュームにスパッツ。
一度は見たことのある彼女は、日本が誇るヒロインの一角、『プリティ・キューティー』のメンバー、氷の攻撃を得意とする『蒼の魔導師ブルーティー』だった。
「貴方…一体何者ですか?ここは日本。同盟を結んでいないヒーローの出る幕ではありません!!」
ブルーティーの横に下り立つや否や、そんなことを宣われる。
そういや、〈連合〉には一定の縄張りのような制約があったな。基本的には、問題が起こった国に所属するヒーロー・ヒロインがそれに対応することになっている。
そして、同じ国に所属しているヒーロー・ヒロインは情報としてお互いの顔を知っているのが常だ。
例外は、他国所属のヒーロー・ヒロインが個別に同盟として協力を取り付けている場合だ。
その情報も〈連合〉内で共有されているが、そもそも〈連合〉に所属していない俺はその対象外なので、彼女の言っていることは間違っていない。
「残念ながら、俺はヒーローではないんでな。ただの退治屋さ」
「そんな理屈、通用するとでも…っ!?」
ブルーティーが言い終える前に、魔獣が鋭く尖った爪で攻撃を仕掛けてくる。
が、俺達は左右に分かれて躱す。
「…っと、言い合いをしているわけにもいかんだろ。今は奴を倒すのが先決だ」
「わかっています!でも、私では相性があまり良くないみたいで、多分力不足ですね…せめてレッディーかサンディーがいれば…」
確かに、熊型のせいか、毛皮が思った以上に氷に耐性を持っていたようで、牽制の氷弾があまり効果を発揮していないようだ。
「力なら、俺が提供しよう。俺ならおそらく確実に、トドメを刺せる」
これくらいの大きさの魔獣なら、師匠の元で修行していた時に討伐経験がある。
それに、奴の背後にいる存在にも挨拶をしとかないとな。
「…今はその言葉を信じましょう。それで私は、魔獣を足止めでもすればいいですか?」
「ああ、それで頼む」
「わかりました」
ブルーティーの口から、詠唱が紡がれる。
「水よ!氷となりて、彼の者を封じる足枷となれ!〈フリージング・アース〉!!」
詠唱を終えると、両手を向けられた魔獣の足元から氷の粒が噴出し、その足を凍らせて動きを封じる。
魔獣はその拘束から逃れようとして、必死でもがき出すと、少しずつ拘束が緩んでいく。
だが、僅かとはいえ足が止まったこの瞬間を、俺は逃さない。
右手に翠緑の槍を出現させ、魔獣の頭上へ跳躍。穂先を下に向け、重力を加えた一撃を繰り出す!
「くたばれ、熊野郎!〈下り飛竜〉!!」
槍は魔獣の頭から垂直に地面へと突き刺さり、そこから離れた瞬間、衝撃が爆発的に広がっていく。
『ギャァァァァァァァァァァァァァ………』
流星の如き一撃は、轟音と共に魔獣を消滅させる。
後に残ったのは、直径約10メートルのクレーター。
「す、凄い………」
「気を抜くのはまだ早い。見ろ、話題の親玉の登場だ」
土煙が漂う中、突然現れたのは、黒い甲冑に身を包んだ、中世の騎士のようなシルエット。
俺は、その正体を〈竜の眼〉で既に掴んでいる。
「ま、まさか…黒騎士!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます